第5話   叔父との戦い

 家族の復讐だ。


 喪服を着たいと思ったら、レオンが作りだしてくれた。


 アリエーテは漆黒のワンピースを身につけた。



「お嬢様、今日は決戦の日ですから、しっかり食べて戦いに備えましょう」



 パトークが朝食の料理を並べて、ニッと笑う。


 昨夜、なかなか眠れないアリエーテは、レオンと話している間にいつの間にか眠っていた。


 目覚めてから、ずっと緊張しているアリエーテに、屋敷の仲間は普段より明るく接してくれる。



「はい」



 出かける前から怯んでいたら、レオンに連れていってもらえなくなる。


 アリエーテは、並べられた料理をしっかり食べ始めた。


 隣に座るレオンが、ホッと息をついたように、料理を食べ始めた。


 食事を終えると、普段と同じように身だしなみを整えて、レオンが来るのを部屋で待つ。


 フルスはアリエーテに化粧をすると、「お待ちください」と言って部屋から出て行った。


 窓の外は晴天だ。今日も暑そうな天気だ。


 去年の夏は、もう両親は、毎日蒼白な顔をしていた。


 鉱山の崩落事故で、大勢の人が亡くなって、遺族が押し寄せてきた。人々は「人殺し」と叫び、その保証金を払うために、母は結婚指輪以外の装飾品を売り、家具や絵画や置物も値段がつくものは全て売ってしまった。高級なドレスもすべて売ってしまった。


 ガランとした屋敷の中は、どこか寂しかった。


 家族から笑顔が消えていった。そんな時に、経営していた会社が傾き始め、多額な借金を残して、倒産した。家には、もう売る物はなかった。両親は親戚縁者を頼り、金策をしていた。残酷な日射しのような毎日だった。屋敷に雇っていた者達は、最初の崩落事故の時に、皆に紹介状を書き、辞めてもらった。だから、家の掃除をするのも料理を作るのも、アリエーテと姉の役目だった。


 二人で買い物に出かけて、廃品になるような野菜やパンを低賃金で譲ってもらい、二人でスープを作り、家族で硬くなったパンを食べた。兄は日雇い労働者になり、毎日、肉体労働をしていた。兄が稼いできたお金で、日々暮らしていた。


 伯爵家とは名ばかりの家だと噂されるようになり、肩身の狭い生活をしていた。それでも家族で一緒に暮らしていて幸せだった。どうにか立て直しができないか、両親はいつも相談していた。


 親戚縁者は、誰もお金を貸してはくれなかった。


 返済する手立てが見つからないのだから、仕方が無い。伯爵家を返上し、屋敷を売り、農家でもするかとまで話が出ていた。そんな中で我が家にやって来たのが、叔父だった。


『アリエーテを教会に出家させれば、伯爵家の格もあがるし、大金が国王陛下からいただける。聖女になれば、毎月、決まった金額のお金も支払われる』と叔父が言った。


 両親は駄目だと言った。兄と姉が救いを求めるようにアリエーテを見た。


 アリエーテは、兄妹達の眼差しを見て、テーブルの上の食事を見て覚悟を決めた。


 両親も兄妹達もアリエーテに教会に行ってくれとは誰も言わなかった。


 それはきっと、優しさだと思った。


 教会から迎えの馬車が来たとき、母は『ごめんなさい』と謝った。父も『すまない』と謝った。兄妹達は黙って見送っていた。


 アリエーテは『お世話になりました』とお礼を言った。


 もう二度と会えないのだから、遠くにお嫁に行くのと同じだと思った。


 聖女様になれば、素敵な王子様と結婚できると言われていた。


 そう、お嫁に行くのと同じだと自分に言い聞かせた。


 馬車に乗り込んだアリエーテを家族は泣きながら見送った。


 幸せになって欲しい。


 アリエーテはそのために教会に入った。


 両手を握りしめ、真っ青な青空を見上げる。


 伯爵家の令嬢でなくても、農家の娘になっても良かった。


 それでも、母を想うと、そんな苦労などしてきたことのないお嬢様だ。洗濯一つできない。料理すら作れない母が農作業などできるはずもなかった。


 姉にしても同じだった。


 伯爵家のお嬢様としての教育は受けてきたが、家事労働の仕方など習ったことはない。せいぜい美味しい紅茶の淹れ方程度だ。その紅茶すら買えない。


 見よう見まねで作った料理は、正直言えば、美味しくない。


 出家すれば、家政婦を一人くらいは雇える金額は、毎月、支払われるだろう。


 アリエーテは家族の為に、なんとしても聖女になろうと心に誓っていた。


 せっかく聖女になれたのに、殺されてしまうなんて、この世に神はいるのだろうか?


 悪魔がいるのなら神だっているはずなのに、アリエーテを救ってくれるのは、信仰してきた神ではなく、悪者だと教育されてきた悪魔だ。


 右目を隠して、左目で景色を見ると、うっすらと気付かない程度に魔方陣が見える。


 今はその目が愛おしい。


 アリエーテに安らぎを与えてくれて、毎日、毎食、美味しい料理を食べさせてくれる。


 左目だけはなく、全てをレオンに与えてもいいとアリエーテは思っている。



 喪服を着たアリエーテは、悪魔のようで美しかった。


 腰まである美しい黒髪に、青い瞳。


 どの時代のアリエーテも、青い瞳をしていた。


 まるでわたしを探してと言っているように、同じ魂に同じ美しい顔立ちをしていた。


 1000年追い求めて、やっと手に入れたアリエーテには、一つの穢れができてしまった。


 今は家族の復讐の為だけに生きているとは思えないが、魔界に連れて行くならば、この穢れを人間界で清算してからでないと、アリエーテは魔界に行くとは言わないだろう。


 家族の為に身を売ったアリエーテは、家族の幸せだけを祈っていた。


 毎日、神に祈りを捧げていたのに、人間界の神は仕事をしていないのかと思える。


 死神手帳に新たに刻まれたアリエーテの死因は、400年前の死因と同じだという。


 生きたまま心臓を貫かれ、防腐処理をされて、人形にさせられた。


 そんな姿は二度と見たくはない。


 悪魔より残酷な事をする人間達は野蛮で、道徳心がない。


 私欲のためにアリエーテの家族を殺し、家を乗っ取り、今度はアリエーテを人形にしようと考えるなど、野蛮な男に、アリエーテの姿は見せられない。


 アリエーテが生きていると思われたら、危険だ。


 勿論、その前にアリエーテの叔父の存在を抹殺するつもりだが、できれば、アリエーテは連れていきたくはない。


 それでも、アリエーテは復讐の現場を見たいと望んでいる。


 レオンはそこまで考えて、心に引っかかりを感じていた。


 死んだと思われているアリエーテの名前が、どうして死神手帳に名前が載るのか、不思議でならない。


 教会の火事の時に、誰にも分からないようにレオンはアリエーテを連れ出した。生きていると思われることの方が不思議だ。


 死因はアリエーテの自殺ではなく、アリエーテの死因の中で一番、レオンが衝撃を受けた死に方だ。


 裏切るなら誰だ?


 レオンは、フルスとパトークとリムネーと死神のグルナと最終的な打ち合わせをしている。


 レオンは冷静に考える。



「アリエーテを馬車に乗せたまま結界を何重にも張る。その馬車を天空に留めて姿を消してアリエーテに復讐の現場を見せてくれ」


「畏まりました」


「普通の人間なら、数分で始末できるだろう」


「フルス様だけでも簡単にこなせる仕事だな」



 グルナは楽観的だ。



「グルナ、まさかと思うが、あの叔父に悪魔か死神が憑いていないだろうな?」


「えー、そこまでは分からん」


「あの叔父の周りで、死者などたくさん出てはいないだろうな?」


「わからん」


「おまえは、何のためにここに連れて来られているのかが分かっていなかったのだな?」


「旦那、そういうことは、早めに言っておいてくれないと俺も頭の片隅にも思ってもいなかったよ」


「阿呆!」


「とにかく、何が起きてもおかしくはない。慎重に事を進めてくれ」


「イエッサー」



 3人は声を上げる。



「アリエーテは必ず、守ってくれ」


「全力でお守りいたします」



 フルスは深く頭を下げる。



「30分後に出発する。各自、最終準備をするように」


「イエッサー」



 3人は本来の軍服に着替えている。


 レオンは、アリエーテの部屋に向かった。


 一番怪しいのは、あいつしかいない。



「アリエーテ、部屋に入るぞ」


「はい」



 ノックの後に声をかけると、愛らしい返事が聞こえた。


 扉を開けると、アリエーテは窓辺に立っていた。



「そろそろ出かけるぞ」


「はい」

「緊張しているのか?」


「はい、それはもちろん緊張はしています」


「アリエーテは馬車の中から、屋敷の中を見ていてくれ。アリエーテに何重にも結界を張り、馬車にも結界をしっかり張る。その馬車をフルスが上空に上げる」


「そんな事ができるのですか?」


「ああ、フルスもパトークもリムネーも一流の魔法が使える魔族だ。信頼してもいい」



 アリエーテは頷いた。



「お願いします。それからお願いがあるのですけれど」


「なんだ?」


「屍が転がった屋敷を焼き払って欲しいの」


「燃やしていいのか?」


「はい。家族はもういません。穢された家を更地にしてください」


「約束しよう」


「お願いします」



 アリエーテは、今度は頭を下げた。



「アリエーテの家族を葬った奴らを殺したら、一緒に魔界に来て欲しい」


「わたしで良ければ、この身を献げます」


「食べたりしない。安心していろ」


「はい」



 レオンは漆黒の帽子をアリエーテにかぶせた。


 万が一、顔が見られないように警戒している。


 200年ごとに転生してきたアリエーテは、いつも目の前で命を失ってきた。


 今度こそ、この命の灯火を消してはならない。


 レオンはアリエーテを抱きしめた。



「どこにも行かないでくれ。これ以上、俺の手からすり抜けて行くな」


「わたしがまた死んでしまったら、また追いかけてくれますか?」


「もう追いかけたくはない。どうか死なないでくれ」



 祈りのようなレオンの言葉に、アリエーテはそうありたいと思った。


 今のレオンの為にできることは、ただ頷くことだけだった。



「アリエーテに魔術をかける」


「はい」



 レオンはアリエーテを腕に抱きながら、何重にも結界を張っていった。

 



 3人の軍服の姿を見ても、アリエーテは驚かなかった。


 これが本来の彼らの姿なのだと思っただけだった。


 フルスは女性でありながら、軍服がよく似合っていた。


 馬車にレオンが魔術をかけている。幾重にも結界を張り、この馬車は他人から見えないようになっているらしい。


 窓からじっとレオンを見つめるアリエーテに、レオンはウインクを残して、アリエーテの屋敷だった場所に降りていった。


 フルスが、アリエーテの傍らに浮かんで立っている。


 アリエーテは屋敷を見た。


 魔術のお陰なのか、屋敷の中が見える。両親を殺した男達が殺されていく。レオンが腕を払っただけで、体がずれるように切れて、床に崩れ落ちる。そうしながら、レオン達は屋敷の中へと進んで行く。叔父以外、呆気なく皆死んだ。後は叔父だけだ。


 叔父は父が使っていた書斎にいた。階段を上げって、父の部屋を開けると、叔父は驚いた顔をした。



「何者だ?」と声まで聞こえる。



「ただの悪魔だ」


「悪魔だと?」



 叔父は笑った。



「アリエーテが契約したのか?」


「さあ、誰だろうな?死んだ者は他にもいるだろう?」



 レオンとパトーク、リムネーが一斉に魔術を放った。


 その瞬間、叔父の姿が消えた。



「わしも死神と契約しておるんだ」



 味方だと思っていたグルナが、叔父を抱えていた。



「グルナ、裏切ったのか?」


「この主人は美味しい魂をくれるんだよ。すまないな旦那」



 グルナに向かって、魔術が放たれる。



「おいおい、大勢で平等じゃないぞ」



 グルナは、叔父を抱えて、逃げ惑う。


 そうして、レオンが放った火球が当たる寸前に、グルナは消えた。


 屍の山となった屋敷にレオンは火を放って、すぐにアリエーテの元に戻った。



「叔父さんはグルナさんと契約をしていたのね?」


「ここも、屋敷も危険だ。他に屋敷を移ろう」


「うん、家族を殺した男達を殺してくれありがとう」


「あんなのは、雑魚だ。グルナと結託した奴を殺さねば、この先も命を狙われる」

馬車の周りに、パトークとリムネーもいる。


「撤退して、家の移動をする」


「イエッサー」



 瞬きをする間に、馬車は屋敷に到着していた。



「レオン様、どこに家を移しましょうか?」


「レオン、魔界に行ってもいいわ」



 アリエーテは迷っているレオンに伝えた。


 叔父の事は許せないが、家族を直接殺した男達は殺されて、もうアリエーテの思い出の家も火を放たれた。



「グルナがいる限り狙われる。俺が一番衝撃を受けたアリエーテの死の再現をしようとしている」


「レオン様、死神協会に連絡を入れましょう」



 パトークがレオンの指示を待っている。



「知らせに行ってくれるか?俺はアリエーテから離れられない。目を離した隙を狙ってくるだろう」


「では、行って参ります」



 パトークの姿が消えた。



「アリエーテ、魔界に行ってもいいのか?」


「レオンが悲しむ姿を見たくはないの」


「魔界が必ずしも安全な場所ではないが、守る者も増える。アリエーテが人間界に未練がなくなったのなら移動しよう」


「すぐに準備をいたします」



 フルスとリムネーが屋敷の中に入っていった。


 アリエーテはレオンに結界を張られた姿のままレオンに連れられて、屋敷の中に入った。



「叔父さんはいいのか?」


「死神と契約している叔父さんは、人間ではないわ。死神になったのよ。レオンに守ってもらって生きているわたしは、レオンが満足できる時間をプレゼントしたいの。もし、わたしが死んでしまっても、一緒に過ごせる時間は、きっと良い思い出になるわ。わたしもレオンと一緒にいたいの」


「アリエーテ」



 レオンはアリエーテを抱きしめる。



「アリエーテは王妃の妹だったんだ。王妃もアリエーテを見たら、きっと喜んでくれるだろう。魔王も力を貸してくれるだろう」


「わたしが息絶えるまで、わたしを守って。わたし、レオンを好きになってしまったみたい。少しでも長く、レオンと一緒に過ごしたいの」


「アリエーテ」



 レオンは頬にキスをして、アリエーテをまた抱きしめた。



「レオンは引っ越しの準備をしなくてもいいの?」


「俺は身一つだ。すべて魔術でしてきた。俺の使命はアリエーテを守ることだ」


「守られてばかりで、ごめんなさい。でもレオンに会えて、とても嬉しいの」


「人間界の世界も、もう見られなくなるだろう。しっかり目に刻んでおくといい」



 そう言うと、レオンはアリエーテを窓辺に連れて行った。



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