第4話   死神のグルナ

 突然、外から激しい振動が伝わってきて、キッチンからパトークと傍にいたフルスが、外に飛び出していった。



「アリエーテ、危険だ。傍から離れるな」


「う、うん」



 レオンがアリエーテを抱えて、屋敷の中央に連れて行き、アリエーテに何重にも結界を張った。



「そこにいてくれ」


「レオンは?」


「傍に必ずいる」


「うん」



 レオンの顔は緊張している。


 外で3人が戦っている。


 爆撃の音がする。木が倒れて、森が燃えている。


 大きな窓から、衝撃が伝わり色が見える。


 森は赤く。窓の外は灰色に染まっていく。



「誰?叔父さん?」


「いや?これは……」



 レオンは静かに歩き始めて、扉を開けた。


 屋敷の中に砂埃が入ってこないのは、結界が張ってあるからだろう。



「レオン様、侵入者を捕まえました」



 パトークが長い灰色の髪をして、白く汚れたスーツを着た男の襟元を掴んで連れてきた。


 パトークの後から、フルスとリムネーも部屋の中に入ってきた。



「張られていた結界を破って侵入してきましたので、攻撃しました」



 リムネーが報告する。



「3人とも良くやった」


「はっ」



 3人とも敬礼すると、リムネーは外に出て行った。


 リムネーは植木職人の姿をしているけれど、この屋敷の門番をしていることは、気付いていた。


 アリエーテは何重にも張られた結界の中で立っていた。傍にフルスが並ぶ。



「お嬢様、大丈夫ですか?」


「……はい」



 フルスはにっこり微笑む。


 ボロボロに叩きのめされた男を、パトークが床に放り投げた。


 ベチャッと潰れるように、男が床に倒れた。



「何をしにここに来た?グルナ」


「1000年越の恋の成就を祝いに来てやったのに、この仕打ちはないだろう?旦那」


「それをリムネーに伝えたか?」


「いや、死神くらい魔界の宮殿でも入れてくれるぜ」


「ここは人間界だ。いくら魔界からの客でも警戒はする」



 グルナはよたよたと立ち上がる。


 灰色だった髪が、漆黒になり、その髪は腰まであった。白く汚れたスーツが漆黒の色を取り戻していく。ネクタイは真っ赤だ。どこかで見たことがあるとアリエーテは思って、そういえば、教会を脱走したとき、レオンの横に並んだ男だと思い出した。



「アリエーテは死神手帳に名前が載っているのか?」


「ああ、今生も約1年後に聖女様として死ぬ運命だったが、手帳から名前が消えた」


「そうか」


「だが、しかし、また記録が載ったから、それを教えに来てやった」


「何だと?死因は何だ?」


「400年前の死因を覚えているか?」


「ああ」


「それと同じだ。すぐに魔界に連れて行け。ここにいれば、同じ事が起きる」



 レオンの眉間に皺が寄る。



「グルナ、おまえはアリエーテの家族の魂を狩ったか?」


「ああ、手帳に載っていたからな。魂を拾って転生の手続きをした」


「死因は何だったんだ?」


「極秘事項だ」



 レオンは、グルナにいきなり魔術で作った火の塊を投げつけた。



「うぉ、レオン様、いきなり無茶な攻撃はしてくるな。俺が消滅してしまう」


「答えろ」


「刺殺死体だった」


「原因は?」


「死神協会にバレると、始末書書かなくちゃならなくなる」


「もみ消してやる」


「さすが旦那、それなら答えてやる」



 レオンがグルナの腹に蹴りを飛ばした。



「ぐへ」



 レオンはごろんと床に転がって、急いで立ち上がり、恭しく頭を下げた。



「話させていただきます」


「早く話せ」


「首謀者はヘーネシス・アルカ・ピガース。その手下5人だ。食事に睡眠薬を混ぜて眠った所を襲われた。部屋が汚れるからと言って、庭に運び出し、一人ずつ胸を刺し殺していった。無抵抗な人間を殺す悪党は、胸くそ悪い」


「手下は屋敷に出入りしている男達か?」


「そうだ。ヘーネシス・アルカ・ピガースは、そのまま亡骸を庭に並べて、第一発見者として通報した。現場検証から賊に入られたのだろうと判断された。亡骸は無縁墓地に捨てているのを見た」



 アリエーテは語られる家族の最後の姿を想像して、その場で膝をつき、涙を流しながら、祈りを捧げ始めた。



「旦那、アリエーテお嬢さんを殺すのもヘーネシス・アルカ・ピガースだ。近づけさせるな。また次の転生を待つことになるぞ」


「グルナ情報提供感謝する」


「1000年も追い続けた魂だ。死神協会でも死神一同、アリエーテお嬢さんの魂を探していた。旦那の執念を応援しているんだ」


「晴れてアリエーテを我が物にしたら、礼に窺うと伝えてくれ」


「今度こそ、死なせるなと死神一同言っている。すぐにでも魔界に行ってくれ」


「アリエーテの復讐をしなくては、アリエーテは魔界には行かないだろう。無理矢理連れていっても、心残りが残る」



 今度はグルナが眉間に皺を寄せた。



「俺は死神協会から、レオン様に至急知らせるようにと指令を受けてきている」


「それなら、魂の回収を手伝ってくれ」



 グルナは死神手帳を開いて、ヘーネシス・アルカ・ピガースという名前を探している。



「今、名前が載った。日付は明日か?」


「早いほうが良いだろう?」


「奴らは薬も飛び道具も使う。念には念を入れた方が良いだろう?乗りかかった船だ。俺も回収しながら手伝ってやる」



 レオンの顔に笑みが浮かぶ。



「こんな時くらいしか、借りは作れんからな」


「借りは倍にして返してやろう」


「よっしゃ、そんじゃ、俺も大暴れさせてもらおう」



 テンションをあげたグルナは、床に座りこんで祈りを捧げているアリエーテ前まで歩いて行く。



「近づくな、グルナ」



 その首根っこを掴んで、レオンはアリエーテからグルナを遠ざけるように投げた。



「うへ」



 グルナはまた床に潰れたように横になった。


 涙で濡れた顔をあげたアリエーテの傍らに、レオンは立つと、厳重にかけた結界を解いた。



「アリエーテ、聞いての通りだ。辛かったな?どうやらアリエーテは命を狙われるらしい。もう二度と死に顔は見たくはない。できるだけ早く魔界の俺の屋敷に連れ帰りたい。だから、復讐は明日、家族を殺した奴を始末し、全てを清算してやる」


「ありがとう、レオン」



 アリエーテはレオンの手を握る。



「わたしにも何かできることはあるかな?」


「命を狙われているアリエーテには、護衛にフルスを付ける。できれば、屋敷で待っていてほしい」


「見ていたいの」


「それなら近くで見ていられるように、何重もの結界を張っておこう」


「お願いします」



 アリエーテは握った手を胸に抱いて、頭を下げた。


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