第4話 死神のグルナ
☆
突然、外から激しい振動が伝わってきて、キッチンからパトークと傍にいたフルスが、外に飛び出していった。
「アリエーテ、危険だ。傍から離れるな」
「う、うん」
レオンがアリエーテを抱えて、屋敷の中央に連れて行き、アリエーテに何重にも結界を張った。
「そこにいてくれ」
「レオンは?」
「傍に必ずいる」
「うん」
レオンの顔は緊張している。
外で3人が戦っている。
爆撃の音がする。木が倒れて、森が燃えている。
大きな窓から、衝撃が伝わり色が見える。
森は赤く。窓の外は灰色に染まっていく。
「誰?叔父さん?」
「いや?これは……」
レオンは静かに歩き始めて、扉を開けた。
屋敷の中に砂埃が入ってこないのは、結界が張ってあるからだろう。
「レオン様、侵入者を捕まえました」
パトークが長い灰色の髪をして、白く汚れたスーツを着た男の襟元を掴んで連れてきた。
パトークの後から、フルスとリムネーも部屋の中に入ってきた。
「張られていた結界を破って侵入してきましたので、攻撃しました」
リムネーが報告する。
「3人とも良くやった」
「はっ」
3人とも敬礼すると、リムネーは外に出て行った。
リムネーは植木職人の姿をしているけれど、この屋敷の門番をしていることは、気付いていた。
アリエーテは何重にも張られた結界の中で立っていた。傍にフルスが並ぶ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「……はい」
フルスはにっこり微笑む。
ボロボロに叩きのめされた男を、パトークが床に放り投げた。
ベチャッと潰れるように、男が床に倒れた。
「何をしにここに来た?グルナ」
「1000年越の恋の成就を祝いに来てやったのに、この仕打ちはないだろう?旦那」
「それをリムネーに伝えたか?」
「いや、死神くらい魔界の宮殿でも入れてくれるぜ」
「ここは人間界だ。いくら魔界からの客でも警戒はする」
グルナはよたよたと立ち上がる。
灰色だった髪が、漆黒になり、その髪は腰まであった。白く汚れたスーツが漆黒の色を取り戻していく。ネクタイは真っ赤だ。どこかで見たことがあるとアリエーテは思って、そういえば、教会を脱走したとき、レオンの横に並んだ男だと思い出した。
「アリエーテは死神手帳に名前が載っているのか?」
「ああ、今生も約1年後に聖女様として死ぬ運命だったが、手帳から名前が消えた」
「そうか」
「だが、しかし、また記録が載ったから、それを教えに来てやった」
「何だと?死因は何だ?」
「400年前の死因を覚えているか?」
「ああ」
「それと同じだ。すぐに魔界に連れて行け。ここにいれば、同じ事が起きる」
レオンの眉間に皺が寄る。
「グルナ、おまえはアリエーテの家族の魂を狩ったか?」
「ああ、手帳に載っていたからな。魂を拾って転生の手続きをした」
「死因は何だったんだ?」
「極秘事項だ」
レオンは、グルナにいきなり魔術で作った火の塊を投げつけた。
「うぉ、レオン様、いきなり無茶な攻撃はしてくるな。俺が消滅してしまう」
「答えろ」
「刺殺死体だった」
「原因は?」
「死神協会にバレると、始末書書かなくちゃならなくなる」
「もみ消してやる」
「さすが旦那、それなら答えてやる」
レオンがグルナの腹に蹴りを飛ばした。
「ぐへ」
レオンはごろんと床に転がって、急いで立ち上がり、恭しく頭を下げた。
「話させていただきます」
「早く話せ」
「首謀者はヘーネシス・アルカ・ピガース。その手下5人だ。食事に睡眠薬を混ぜて眠った所を襲われた。部屋が汚れるからと言って、庭に運び出し、一人ずつ胸を刺し殺していった。無抵抗な人間を殺す悪党は、胸くそ悪い」
「手下は屋敷に出入りしている男達か?」
「そうだ。ヘーネシス・アルカ・ピガースは、そのまま亡骸を庭に並べて、第一発見者として通報した。現場検証から賊に入られたのだろうと判断された。亡骸は無縁墓地に捨てているのを見た」
アリエーテは語られる家族の最後の姿を想像して、その場で膝をつき、涙を流しながら、祈りを捧げ始めた。
「旦那、アリエーテお嬢さんを殺すのもヘーネシス・アルカ・ピガースだ。近づけさせるな。また次の転生を待つことになるぞ」
「グルナ情報提供感謝する」
「1000年も追い続けた魂だ。死神協会でも死神一同、アリエーテお嬢さんの魂を探していた。旦那の執念を応援しているんだ」
「晴れてアリエーテを我が物にしたら、礼に窺うと伝えてくれ」
「今度こそ、死なせるなと死神一同言っている。すぐにでも魔界に行ってくれ」
「アリエーテの復讐をしなくては、アリエーテは魔界には行かないだろう。無理矢理連れていっても、心残りが残る」
今度はグルナが眉間に皺を寄せた。
「俺は死神協会から、レオン様に至急知らせるようにと指令を受けてきている」
「それなら、魂の回収を手伝ってくれ」
グルナは死神手帳を開いて、ヘーネシス・アルカ・ピガースという名前を探している。
「今、名前が載った。日付は明日か?」
「早いほうが良いだろう?」
「奴らは薬も飛び道具も使う。念には念を入れた方が良いだろう?乗りかかった船だ。俺も回収しながら手伝ってやる」
レオンの顔に笑みが浮かぶ。
「こんな時くらいしか、借りは作れんからな」
「借りは倍にして返してやろう」
「よっしゃ、そんじゃ、俺も大暴れさせてもらおう」
テンションをあげたグルナは、床に座りこんで祈りを捧げているアリエーテ前まで歩いて行く。
「近づくな、グルナ」
その首根っこを掴んで、レオンはアリエーテからグルナを遠ざけるように投げた。
「うへ」
グルナはまた床に潰れたように横になった。
涙で濡れた顔をあげたアリエーテの傍らに、レオンは立つと、厳重にかけた結界を解いた。
「アリエーテ、聞いての通りだ。辛かったな?どうやらアリエーテは命を狙われるらしい。もう二度と死に顔は見たくはない。できるだけ早く魔界の俺の屋敷に連れ帰りたい。だから、復讐は明日、家族を殺した奴を始末し、全てを清算してやる」
「ありがとう、レオン」
アリエーテはレオンの手を握る。
「わたしにも何かできることはあるかな?」
「命を狙われているアリエーテには、護衛にフルスを付ける。できれば、屋敷で待っていてほしい」
「見ていたいの」
「それなら近くで見ていられるように、何重もの結界を張っておこう」
「お願いします」
アリエーテは握った手を胸に抱いて、頭を下げた。
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