第2話   穏やかな日々

 痩せて不健康な顔色をしていたアリエーテは、健康的な顔色になってきた。


 毎日の食生活で改善されてきたのだろう。


 日替わりのように、美しい洋服を着せてもらい、穏やかな生活が続いている。


 ドレスが出来上がり、レオンが試着するように言った。


 フルスがアリエーテにドレスを着せて、お化粧もしてくれた。



「とてもお似合いですね」



 アリエーテには姉がいた。


 フルスは実の姉より優しいが、姉が帰ってきたような気持ちになれて嬉しい。



「ありがとう」


「どういたしまして」



 フルスが扉を開けると、そこには、レオンがいる。



「アリエーテ、とても綺麗だ」


「レオン、ありがとう」



 レオンに手を引かれて、アリエーテは1階に降りる。


 ダンスホールに立つと、料理人のパトークがバイオリンを弾き始めた。


 それに合わせて、レオンとダンスを踊る。


 アリエーテも社交界デビューをしているので、ダンスも踊れるし、伯爵令嬢としての教育を受けてきたので、礼儀作法も勉強もしてきている。


 ただ、アリエーテが学んだ中で、魔界は敵で魔族は野蛮で危険だと教わった。


 けれど、実際に一緒に暮らしてみると、レオンもフルスもパトークもリムネーも優しい。今まで学んできたことは、すべて嘘かもしれないと思い始めていた。アリエーテを棒で叩いたシスター達は人間だったけれど、そんな人間よりずっと紳士的で誠実だ。


 アリエーテは、今は家族のような皆が好きだ。


 何曲かダンスを踊り、レオンはアリエーテを包むように抱きしめてくる。



「このまま魔界に連れて行きたい」


「レオン、まだ復讐が終わってないわ。だから、まだ魂を食べさせてあげられないわ」



 レオンは微かに微笑んだ。



「やはり復讐をしてからではないと魔界に行かないのか?」


「最初の約束よ」


「そうだったな」



 レオンの眼差しは、いつも優しく屋敷の中では、執事としてではなく、まるで恋人に触れるようだとアリエーテは感じていた。


 甘えれば抱きしめてくれるから、この屋敷にきてから、寂しいと思った事はない。


 まるでお嫁に来たようだと、時々思い。そうして家族の事を思いだし、復讐をしなくてはと、心に刻む。


 幸せを感じるほど、罪悪感も抱いてしまう。



「レオン、家族を殺したのは誰かしら?指示を出したのは、間違いなく叔父だと思うの。叔父が自ら殺すかしら?一度に4人も」


「順番だったかもしれないし、誰かを雇った事も考えられる」


「叔父なら、雇ったような気がするわ。あの人は自分で動かないわ」


「調べてみよう。アリエーテは身を隠しているんだ。聖女として、また捕らわれてしまう」


「捕まってもいいわ。復讐できるなら」


「駄目だ。アリエーテ」



 レオンはアリエーテを戒めるように、目に刻んだ印を表面に浮かせた。



「あっ」



 アリエーテは左目を押さえ、膝をついた。


 涙が浮かび流れていく。


 微かな痛みと視覚異常。目の前に魔方陣が見える。



「復讐が終わるまで、左目を見えなくするぞ」


「レオン、目を元に戻して。痛いし、見えないわ」


「痛みは慣れるだろう」


「でも、見えないのも嫌よ。レオンの言うとおりにするわ。だからお願い」



 左目を押さえているアリエーテを見る目は、どこか辛そうだ。



「アリエーテは、この屋敷で復讐の日を待つといい」


「……わかったわ」



 すっと目の痛みが消えていくと、アリエーテは左目を押さえていた手を放した。


 視界が広がっていく。


 瞬きを何度かすると、普通に見えるようになった。


 涙が流れた後を、片膝をついたレオンがハンカチで拭き取ってくれる。



「罰は与えたくはない。俺はアリエーテを愛おしいんだ」


「わたしを愛おしいの?」


「駄目か?その魂を追いかけ続けて、やっと捕まえた。どうか、このまま俺の傍にいて欲しい」


「……レオン」



 額にキスをされて、抱きしめられる。


 レオンは何度もアリエーテの髪を梳いている。


 サラサラと髪が動き、まるで宥めるように頭を撫でられる。



「……わたしの魂をおいかけてきたの?」


「アリエーテはどの時代でも、すぐ死んでしまうんだ。手に触れる前に消えてしまう。今世では先に捕まえることができた。どうか、もう俺を置いて死ぬな」


「……レオン」


「他の誰かに殺されたくもない」


「わかったわ」



 レオンの一生懸命の眼差しに、アリエーテはレオンの手を握った。


 どんな人生をレオンは見てきたのだろう?


 切なさがにじんだ眼差しに、抵抗はできなかった。



「どうかお願いします」



 手を握ったまま、レオンに頭を下げた。


 レオンは微笑んだ。


 握りあった手を引かれ立ち上がると、窓辺に寄っていく。


 窓越しに美しい満月が輝いていた。


 いつの間にか、フルスもパトークもいなくなっていた。


 レオンが立った場所に、ソファーが出てきた。


 手を引かれて、そこに二人で並んで座った。


 景色はとても美しい。満月の光りに照らされて、レオンの手がアリエーテを引き寄せ、アリエーテはレオンに凭れ掛かるように座っていた。


 罰を与えられたのに、どうしてか穏やかで、幸せだった。



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