第2話 穏やかな日々
☆
痩せて不健康な顔色をしていたアリエーテは、健康的な顔色になってきた。
毎日の食生活で改善されてきたのだろう。
日替わりのように、美しい洋服を着せてもらい、穏やかな生活が続いている。
ドレスが出来上がり、レオンが試着するように言った。
フルスがアリエーテにドレスを着せて、お化粧もしてくれた。
「とてもお似合いですね」
アリエーテには姉がいた。
フルスは実の姉より優しいが、姉が帰ってきたような気持ちになれて嬉しい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
フルスが扉を開けると、そこには、レオンがいる。
「アリエーテ、とても綺麗だ」
「レオン、ありがとう」
レオンに手を引かれて、アリエーテは1階に降りる。
ダンスホールに立つと、料理人のパトークがバイオリンを弾き始めた。
それに合わせて、レオンとダンスを踊る。
アリエーテも社交界デビューをしているので、ダンスも踊れるし、伯爵令嬢としての教育を受けてきたので、礼儀作法も勉強もしてきている。
ただ、アリエーテが学んだ中で、魔界は敵で魔族は野蛮で危険だと教わった。
けれど、実際に一緒に暮らしてみると、レオンもフルスもパトークもリムネーも優しい。今まで学んできたことは、すべて嘘かもしれないと思い始めていた。アリエーテを棒で叩いたシスター達は人間だったけれど、そんな人間よりずっと紳士的で誠実だ。
アリエーテは、今は家族のような皆が好きだ。
何曲かダンスを踊り、レオンはアリエーテを包むように抱きしめてくる。
「このまま魔界に連れて行きたい」
「レオン、まだ復讐が終わってないわ。だから、まだ魂を食べさせてあげられないわ」
レオンは微かに微笑んだ。
「やはり復讐をしてからではないと魔界に行かないのか?」
「最初の約束よ」
「そうだったな」
レオンの眼差しは、いつも優しく屋敷の中では、執事としてではなく、まるで恋人に触れるようだとアリエーテは感じていた。
甘えれば抱きしめてくれるから、この屋敷にきてから、寂しいと思った事はない。
まるでお嫁に来たようだと、時々思い。そうして家族の事を思いだし、復讐をしなくてはと、心に刻む。
幸せを感じるほど、罪悪感も抱いてしまう。
「レオン、家族を殺したのは誰かしら?指示を出したのは、間違いなく叔父だと思うの。叔父が自ら殺すかしら?一度に4人も」
「順番だったかもしれないし、誰かを雇った事も考えられる」
「叔父なら、雇ったような気がするわ。あの人は自分で動かないわ」
「調べてみよう。アリエーテは身を隠しているんだ。聖女として、また捕らわれてしまう」
「捕まってもいいわ。復讐できるなら」
「駄目だ。アリエーテ」
レオンはアリエーテを戒めるように、目に刻んだ印を表面に浮かせた。
「あっ」
アリエーテは左目を押さえ、膝をついた。
涙が浮かび流れていく。
微かな痛みと視覚異常。目の前に魔方陣が見える。
「復讐が終わるまで、左目を見えなくするぞ」
「レオン、目を元に戻して。痛いし、見えないわ」
「痛みは慣れるだろう」
「でも、見えないのも嫌よ。レオンの言うとおりにするわ。だからお願い」
左目を押さえているアリエーテを見る目は、どこか辛そうだ。
「アリエーテは、この屋敷で復讐の日を待つといい」
「……わかったわ」
すっと目の痛みが消えていくと、アリエーテは左目を押さえていた手を放した。
視界が広がっていく。
瞬きを何度かすると、普通に見えるようになった。
涙が流れた後を、片膝をついたレオンがハンカチで拭き取ってくれる。
「罰は与えたくはない。俺はアリエーテを愛おしいんだ」
「わたしを愛おしいの?」
「駄目か?その魂を追いかけ続けて、やっと捕まえた。どうか、このまま俺の傍にいて欲しい」
「……レオン」
額にキスをされて、抱きしめられる。
レオンは何度もアリエーテの髪を梳いている。
サラサラと髪が動き、まるで宥めるように頭を撫でられる。
「……わたしの魂をおいかけてきたの?」
「アリエーテはどの時代でも、すぐ死んでしまうんだ。手に触れる前に消えてしまう。今世では先に捕まえることができた。どうか、もう俺を置いて死ぬな」
「……レオン」
「他の誰かに殺されたくもない」
「わかったわ」
レオンの一生懸命の眼差しに、アリエーテはレオンの手を握った。
どんな人生をレオンは見てきたのだろう?
切なさがにじんだ眼差しに、抵抗はできなかった。
「どうかお願いします」
手を握ったまま、レオンに頭を下げた。
レオンは微笑んだ。
握りあった手を引かれ立ち上がると、窓辺に寄っていく。
窓越しに美しい満月が輝いていた。
いつの間にか、フルスもパトークもいなくなっていた。
レオンが立った場所に、ソファーが出てきた。
手を引かれて、そこに二人で並んで座った。
景色はとても美しい。満月の光りに照らされて、レオンの手がアリエーテを引き寄せ、アリエーテはレオンに凭れ掛かるように座っていた。
罰を与えられたのに、どうしてか穏やかで、幸せだった。
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