第4話 400年前
☆
400年前に、やはりアリエーテは転生してきた。
今度は魔女の家系の3女だった。
女ばかりの姉妹の末の娘で、繊細な魔術を使い人間や魔界に住む者たちの、体の治療を主にしていた。
医師という名は、その頃はなかった。
魔術で、病気や怪我を治していた。
母親と娘達は、治癒魔法を使い、ささやかな賃金をもらい生活していた。
出会ったのは、アリエーテが15歳の時だ。
魂の気配を感じても、どこに暮らしているのか探すのに、どうしても時間がかかる。
3女の中で、一人だけ青い瞳をしていた。美しい顔立ちは少しも変わっていない。
穏やかで優しい性格をしていて、治療をするときも謙虚でいて、それでも凜としていた。
レオンは、今度は遠くから見守っていた。
今回のアリエーテは人間ではなく魔族だ。簡単に死ぬことはないだろう。
気がかりなのは、アリエーテの父親だった。父親は働かずに、4人の稼ぎを元にギャンブルをしていた。母親はそんな父親を嫌い、毎日のように喧嘩をしていた。
3人の娘達は、夜になるとひっそり部屋に入り、早めに眠っていた。アリエーテも部屋のベッドの中で、夫婦げんかを聞きながら、いつの間にか眠りに落ちる生活をしていた。
美しい黒髪で、腰まであるストレートの髪を、一つに束ねて、アリエーテは野草を山に取りに出かけた。親子4人で出かけても、どうしても山の中で離れがちになってしまう。その時、レオンはアリエーテの前に姿を現した。
わざわざ魔術で腕を切り、遭難者のフリをした。
「どうかなさいましたか?」
蹲るレオンを見て、野草を入れるカゴを置き、近づいてきた。
「熊に襲われた」
「見せて下さい」
アリエーテはレオンの手をそっと掴むと、傷口を晒した。
「まず浄化をして穢れを取ります」
そう言うと、手を翳し、慈愛の光りを灯す。
体の底から温もりが伝わってきて、懐かしさと嬉しさにレオンは胸が痛くなった。
治癒を施す眼差しは、真っ直ぐで、少しの穢れもなかった。
レオンは夢中で、アリエーテを見つめた。
「傷を塞いでいきます」
アリエーテの手から、先ほどとは違う温もりが肌にあたる。
慈愛の温もりで、レオンの腕の傷は、傷跡も分からないほど綺麗に治った。
「もう痛くありませんか?」
「ああ、ありがとう」
「良かったですわ。この山は時々熊が出るんです。鈴をつけておくと熊と遭遇することも少なくなると言われています」
そう言うと、アリエーテは腰にぶら下げていた鈴を外した。
「どうぞ、おつけになってください」
「でも、あなたの分がなくなってしまいます」
「家に戻れば、予備はたくさんありますから大丈夫ですわ」
アリエーテは優しく言うと、レオンの腰のベルトに鈴を付けてくれた。
「お嬢さんの名前を教えてくれるか?」
「アリエーテと申します。治癒魔法士をしております」
「お礼をしたい」
「心配には及びません。山で怪我をしていれば、助けるのは治癒魔法士としての当然のことでございます」
アリエーテは礼儀正しくお辞儀をすると、野草の入ったカゴを持ち、「それでは」と頭を下げた。
「すまない。下山の道を知らないんだ」
「それなら、ご一緒いたしましょう」
アリエーテは美しく微笑んだ。
「どうぞ、こちらです」
レオンはアリエーテいる場所まで少し走って、一緒に歩いて山道を歩いた。
歩く度に鳴る鈴の音が、レオンの心を弾ませた。
それから、レオンはアリエーテの診療所を訪ねるようになった。
「お礼」という言葉は、便利な言葉だった。
果物に花を添えて、時々、アリエーテを訪ねた。
アリエーテと心を通わすことができていると分かった。アリエーテの16歳の誕生日に、レオンは求婚した。アリエーテは頬を染めて頷いた。
やっと結婚できると思った。
アリエーテは家族にレオンを紹介すると言った。
約束の日にアリエーテの診療所に向かうが、診療所は閉まっていた。
心配になって、アリエーテの家を訪ねた。
すると、泣きはらした顔の母親がレオンを出迎えた。
「レオン様ですか?」
「はい。アリエーテと今日、約束していました」
「アリエーテは死にました」
「……どうして?」
「主人がアリエーテを借金の形に売ってしまったのです。それで……」
語られる言葉が信じられなかった。
アリエーテの青い瞳は美しかった。漆黒の髪は腰まであり、ストレートで腰の上で揺れる髪も美しかった。体つきも指の先からつま先まで、まるで人形のように美しかった。
アリエーテは魂を抜かれた人形にされていた。
売られていった家に忍び込むと裸のアリエーテが飾られていた。青い瞳を開いて、今にも動き出しそうな姿で立っていた。
「アリエーテ」
傷は背中に一つ穴を開けられていた。心臓を貫かれ、防腐処理をされたのだろう。
レオンは怒りで屋敷を燃やした。
その屋敷の地下は賭博場になっている。地下に潜っていた人たちも、アリエーテの父も、アリエーテを人形にした家主もすべて燃やし、人形になったアリエーテを抱きしめた。この美しい姿を、誰にも見せたくはない。どうかまた生まれ変わってきて欲しい。
その願いを込めて、人形になったアリエーテを燃やした。
さぞかし怖かっただろう。
さぞかし痛かっただろう。
さぞかし悲しかっただろう。
火を放ったレオンは、燃えるアリエーテを見ながら涙を流した。
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