第2話 家族の死
☆
教会に叔父が面会に来た。
「アリエーテ、元気か?」
「はい、なんとか過ごしています」
「そうか、よかった」
叔父は、我が家と付き合いはなかった。叔父を訪ねたのは、お金を借りるためだった。叔父は同じ伯爵家だけれど、家の格式は我が家の方が上だった。叔父は母方の従兄にあたる人だった。辺境に小さな屋敷を構えていて、伯爵家としては末端だった。ギャンブル好きな叔父の家は、野蛮な男達が集まっていると噂があり、父は縁を切っている状態だった。
そんな叔父に、恥を忍んでお金を借りに出かけた父だった。それ以来、叔父は我が家によく足を運ぶようになった。アリエーテは、この叔父を好きではなかった。
教会に入れられた事もあるが、それ以前に、子供頃からこの叔父を嫌っていた。
アリエーテが幼かった頃、お金を借りに来たことがあった。
屋敷の中をじっと見る叔父の目が、絵画や置物一つずつ吟味しているようで、気持ちが悪かった。他の兄妹達には受け継がれなかった青い瞳を持つアリエーテを見る目も、舐めるように見られて気持ちが悪く、背筋が震えた。
親戚付き合いをしなかった両親が、叔父の家に出向くと言ったとき、とても嫌な予感がした。
「今日は、なにか?」
何も言わない叔父に焦れて、アリエーテは叔父に尋ねた。
「実は、屋敷が襲われた」
「……どちらの?」
叔父の家が襲われたのかと思ったが、叔父の表情は冷静に見えた。
「アリエーテの父上、母上、兄妹達は皆殺しになった」
「……え?」
アリエーテは呆然と叔父の顔を見る。
叔父の顔は無表情だった。
「アリエーテだけでも無事で良かった」
「それは、本当の事なのですか?」
「ああ、残念だけど本当の事だ」
「……そんな」
家族の幸せのことだけを考えて教会に入ったのに、何のために身を売ったのか分からなくなった。
「だから、アリエーテの後見人を私がすることになった」
「……後見人」
要は教会から支払われるお金の受取人だ。
「葬式はきちんとあげて、郊外に墓も造った。安心してくれ」
「家族が死んで安心なんて、できないわ」
叔父は苦笑した。
「賊が入ったようだ。屋敷が焼かれなくて良かったが……」
「屋敷はどうするの?」
「わしらが移り住んだ。安心しろ」
「……え」
家を乗っ取られたのだと思った。
「叔父さんが殺したんじゃないの?」
「わしは借金の肩代わりをしてやろうと思ったほど、アリエーテの家族の事を思っていた」
「でも、肩代わりはしてないわ。わたしが身を売って返したわ」
「アリエーテは良い子だったな。聖女になって、わしも誇りに思うぞ。せいぜい、国のために務めよ」
そう言うと、叔父は面会室から出て行った。
アリエーテは椅子に座ると、テーブルに肘をつき顔を覆って泣いた。
きっと叔父に殺されたのだろう。
普通だったら殺人現場に、わざわざ移り住んだりしないだろう。
両親が叔父の家に尋ねていく前に、教会に入ってしまえば良かった。
自分の無知さが厭わしい。
教会に入ればお金がもらえると知っていれば、両親が金策に走り回る前にアリエーテは、自ら教会に入っただろう。
復讐したいと思っても、アリエーテは教会から出ることはできない。
面会室にシスターが入ってきた。
「お部屋に戻りなさい」
アリエーテは涙を拭くと、立ち上がり部屋に戻った。
部屋に戻り、家族の冥福を祈った。
☆
アリエーテはすべて嫌になった。
幸せになって欲しいと思っていた家族が死んで、何のためにここにいるのか分からなくなった。
聖女様になったら、死ぬまで祈り続け、身につけていた服まで脱がされ、無縁墓地に捨てられる。
聖女様の秘密も知って、夢を見ることもできなくなった。
夕食を終えて、入浴をすませると、アリエーテは唯一持っている聖女の服を身につけて、深夜になるのを待った。
ここを出て、家族のお墓に行きたいと思った。
郊外の墓地とは、どこだろう?聞いておけば良かった。
皆が寝静まった深夜に部屋を出て墓地を通って、わずかな隙間から外に出た。
家族に会いたい。
ただその思いだけで、深夜の暗い道を歩いた。
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