第一章 アリエーテ

第1話   聖女の仕事

 瞑想中に学んだことで、この世界は魔窟という洞窟で魔界と繋がっていることを知った。魔窟にはスライムやゴブリンが住んでいて、魔界を守っている事を学んだ。聖女様は、その魔窟の制御の祈りをしているらしい。


 スライムやゴブリンの力を抑え、この世界に魔族の力が及ばないようにしている。


 祈りは早朝と夕方に行われる。


 北の森の近くに国営ギルドがあり、そこで冒険者が魔窟の退治の依頼を受けて、倒すことで賞金をもらっていることは噂で聞いていた。


 冒険者がスライムやゴブリンを倒しやすいように、遠隔で魔窟の力を抑えているのだろう。


 アリエーテは魔窟の制御の仕方と和平の祈り、病気や怪我の治癒の方法を一緒に学んだ。


 呪文を歌のように歌って唱える。


 歌を歌っていたら、教会のシスターに叱られた。



「むやみやたらに歌う物ではありません」


「すみません」



 この教会には、シスターがたくさんいる。シスターは聖女になれなかった女性が結果的になっているらしい。どこか嫉妬めいた視線で見るシスターを、アリエーテはあまり好きではない。



 聖女になるための瞑想を行う場所は、石を積まれた高い建物で行われる。その建物の頂上の部屋は懲罰室になっているらしい。そこに入れられないように気をつけなさいと、聖女見習いになったときに、この教会の年老いたシスターに注意を受けた。


 聖女達は一人部屋を与えられている。背の高い建物の横に2階建ての建物があり、そこで暮らしている。聖女が多かった頃は、聖女様以外は大部屋で雑魚寝だったらしい。今は聖女よりシスターの方が多く、聖女は優遇されているようだ。


 聖女様は祈りを捧げるために、多忙になるが、聖女達は特にやることもなく、部屋で過ごしたり、散歩に出かけたりしている。


 敷地の中にいれば、何をしていても咎められることはない。自由にできることは嬉しいが、特にすることもなく、図書室のような場所もない。


 教会なので、祈りを捧げる教会もあるが、教会は墓地の奥にひっそりある。


 アリエーテは毎日、墓地の横を通り小さな教会に出かける。


 教会には、いつも誰もいない。墓地も古い物が多く、訪れる者もいない。墓守の小屋が墓地の奥にある。小さな教会までの通路は、木々が茂りわずかな距離でも気分転換になる。


 墓地を歩いていたら、傷ついた猫が横たわっていた。


 墓地にはカラスが多い。カラスに襲われたのだろう。


 猫を覗き込むと、まだかろうじて生きている。ここで見逃してしまったら、すぐに死んでしまうだろう。


 アリエーテは傷に手を翳すと、治癒の歌を歌った。


 呪文のような歌だが、徐々に傷が塞がっていく。


 息絶えそうだった猫がゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


 もうしばらく歌っていたら、猫は起き上がった。



「良かったね」



 アリエーテは猫を撫でた。


 柔らかい毛並みをしている。白い猫で耳の先がわずかなブラウンになっている。目の色はオッドアイで、右が黄色で左が水色をしている。


 どこかのお屋敷から忍び込んできたのかもしれない。



「もう帰りなさい。ここは危険よ」



 猫はニャアと鳴くと、トコトコと墓地の方に歩いて行った。時々、立ち止まり、猫は振り返っている。その姿は可愛らしい。


 その後ろ姿を見送って、アリエーテは教会の中に入った。


 教会の椅子に座って、神に祈る。


 お父様達は借金を返済できて、元気に暮らしているだろうか?


 気に掛かるのは、家族の事ばかりだ。


 お母様は寂しがってはいないだろうか?


 末の娘のアリエーテを溺愛していた家族は、アリエーテが教会に行くと決めたとき悲しんでくれた。


 父はアリエーテに謝罪した。


 いつか年頃になったら、お嫁に行かせたかったと母と一緒に泣いた。


 教会の壁に掛けられた時計を見ると、いつの間にかお昼近くになっていた。


 お昼ご飯の時間に食堂に集まらないと、シスターに叱られるので、アリエーテは教会から出ようとした。


 ちょうど葬儀が行われていた。


 あれは集団墓地だ。身寄りのない者がそこに入れられると聞いたことがあった。


 アリエーテは運ばれてきた屍が棺ではなく、怪我人を運ぶための簡易の棒を二つ並べ布で巻かれた物であることに、違和感を覚えた。


 まるで近くから運ばれてきたような感じがした。


 教会の扉を少しだけ開けて、じっと埋葬の様子を見ていた。



「ミリアン、お疲れ様でした」



 ミリアン?


 その名前は、聖女様の名前と同じだった。


 シスター達は祈りを捧げている。時間にしたら、1~2分だろうか?


 墓守が、ミリアンを抱き上げた。


 垂れ下がった長い髪が墓守の陰から見える。着ている物は、聖女様のドレスでもワンピースでもない。裸にされた若い女性。ミリアン様だった。


 墓守は裸のミリアンを抱き上げたまま、無縁墓地の大きな穴の中に落とした。


 ドサッとした重い音がした。


 シスター達が墓地から立ち去っていく。墓守は無縁墓地の蓋を閉めている。


 聖女様は、素敵な王子様が現れて、幸せな結婚をするんじゃなかったの?


 まるで野良猫を捨てるように、裸にされて穴に捨てられた。


 目の前で見たことが信じられない。


 アリエーテは誰もいなくなった無縁墓地に近づき、祈りを捧げた。


 聖女様は死ぬまで祈り続け、無縁墓地に捨てられる運命だと知った。


 毎日、休むことも許されず、魔窟を鎮めるために祈りを捧げていたのに。


 なんて哀れな最期だろう。


 今まで祈りを捧げていた聖女様は、この墓地の中に捨てられたのだろう。


 お昼を告げる鐘が鳴って、アリエーテは食堂に向かった。


 食欲はなかったけれど、時間に行かなければ、シスターに叱られる。


 食事の時間に、次の聖女様が発表された。


 選ばれた聖女は、大喜びして涙まで浮かべていた。


 彼女も同じように死ぬのだと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る