第143話 聖女の力~sideミミリア~

 空を飛ぶ魔物達が軍勢よりも一足先に王都に降り立ち、民家や施設を壊しはじめている。

 特に新しい建物が壊されているような……魔物って、新しいもの好きなのかしら?

 王都を警備する騎士団たちが魔物たちと戦っている。自分たちよりも一回り大きな身体の魔物たちに苦戦しているみたいだわ。

 こちらに向かってくる魔物の軍勢たちに立ち向かうのは、イヴァンが率いる実行第一部隊。

 騎士と魔術師で編成されたその部隊は、国内で一番強い部隊だって聞いている。

 イヴァンたち騎馬隊は正面から攻撃、魔術師たちはフライドラゴンに乗り空から攻撃をする。

 フライドラゴンに乗った魔術師達が呪文を唱えると、いくつもの雷が生じ、敵に命中する。

 軍勢の一部が一掃されたわ……やるわね、イヴァンの部隊。遠くからだとよく見えないけど、馬に乗って戦っている騎士団たちも、襲い掛かってくる魔物を次々とたおしているみたいね。


 私が思わず第一部隊の戦い振りに見入っていた時。

 

「ギガ・ダークフレム!!」


 甲高い声と共に私の視界は黒一色になった。

 え……何……どういうこと?

 視界が黒い紗がかかったような状態。ふと自分の両手を見て見ると、指先まで真っ黒な炎に覆われているのに気づいた。

 手だけじゃなくて、身体全体が黒い炎に覆われている!? 


 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱いっっっっ!!


 ちょっと、どういうことぉぉぉぉ。

 魔物たちが攻めてきたら、私の力は目覚めるんじゃなかったの!? 何でこんな熱い思いをしなきゃなんないのよ!!

 確かに小説では、ヒロインは悪女によって黒い炎に焼かれそうになるシーンがあったけど、その時はアーノルドが庇ってくれたから。

 え……なんで私がもろに黒い炎を食らっているわけ!?

 

「やだ、あっけなーい。反撃の一つでもくるかと思ったのに」


 クスクス笑う声がしたので、振り返ると黒いドレスを纏った黒髪の女が、とても可笑しそうに笑っている。

 誰……? クラリス? ?

 クラリスは黒髪じゃないし。あ、でも小説では闇の力を得た時、髪の毛が黒く変色したんだっけ。

 でもクラリスに雰囲気は似ているけど、顔が全然違う。意地が悪そうなそのぎょろ目……どっかで見たことがあると思ったら、ナタリーじゃない。

 やだ、あんたが黒炎の魔女なわけ!? 予想はしていたけど、最悪!! 


「とりあえずディノ様に、あんたを捕まえておくように言われているから」

「!?」


 そういえば小説でもディノは聖女をすぐには殺さず、捕まえようとしていたわ。

 理由は確か……嫌だ、思い出したくなかったわ。

 聖女に魔族の子供を産ませる為に攫おうとしたのよ。ディノは自分の配下となったエディアルドとミミリアをくっつけようとしていた。

 強力な魔族の子供を産ませる為に。

 でも確かディノ自身が聖女に心を奪われて自分の妻にしようとするのよ。

 闇の皇子、挿絵を見た限り顔は良かったけど、悪役の妻なんて嫌よ!! 



「黒炎追加しとくわね。ギガ・ダークフレム!」


 ナタリーが呪文を唱えた瞬間、私を覆う黒炎が火柱をあげた。

 私の身体は更に熱をあげることになる。

 

 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱いぃぃぃぃぃ……!!!


 こ、このままじゃ黒焦げになっちゃうっっ!! 

 早く目覚めてよ、私の力。この黒炎を振り払ってちょうだい!! 


 私は両手を組んで祈り始めると、突如身体から熱さが消失した。

 温かい光が身体からあふれ出すのを感じる。

 白いベールのような光を身体に纏ったような状態になった私は、黒い炎を寄せ付けなくなった。

 しかも黒炎の魔女は光に弱いみたいで、とても眩しそう。

 もっと大きな光をちょうだい!!

 そうしたら目の前の魔女も、それから魔物軍団たちもやっつけられるから。

 だけど光はそれ以上広がることなく、私の身体は一気に疲れがのしかかってきて、だんだん気が遠くなっていった。

 そ、そんな……。

 こんな所で気絶しちゃったら、私どうなっちゃうの?

 このまま魔物の餌食になるのは嫌!!

 

 その時、視界が黒一色だったのが真っ白に塗り替えられる。私の周りが白一色に変わったの。

 ようやく力が発揮されたのね!!

 だけど変だわ。自分の手がだんだん透明になって消えていくような? ?

 白一色の景色が急激にまぶしくなり、私が思わず固く目を閉じた時。

 ナタリーのヒステリックな声が聞こえた。



「ちょっと!どこへ逃げるの!?」




 ◇◆◇


 目の前を覆っていた真っ白な光がなくなり、視界が良くなった時、王城のテラスだった目の前の景色は別の景色に変わっていた。

 あ、もしかして瞬間転移した!?

 小説でもあったのよ。ミミリアが魔物に襲われてピンチになった時、聖なる力が突然発動して、別の場所に移動するシーンがあったわ。

 あれが発動したのね、ラッキー!!


「……っっ!?」


 不意にぞくぞくっと寒気を感じたので私は思わず自分自身の身体を抱きしめた。

 寒……ここ、どこなのよ。

 周りを見回すと森……?

 舗装された石畳の道……どこかで見たことがあるような。その道の先は……あ、神殿だ!

 良かった、転移先って神殿だったのね! よし、神官長に助けてもらわなきゃ!!

 服もボロボロだし、髪も無茶苦茶だし。身体も煤だらけ。お風呂……お風呂に入りたい!!


 神殿の中に駆け込むと、いつもは夜でも明るくしてある広間が薄暗い。

 神官の姿もないわ。

 元々静かな場所ではあるけど、お祈りの声も聞こえない。人の気配がしないのもおかしいわ。

 皆どこへ行ったのかしら?

 周りを見回しながら歩いて居ると、足になにかを引っかけてしまい私は倒れた。

 だ、誰よ!? こんな所に物を置いたのは!?

 何が置いてあるのか確認するため、目を凝らして置いてあるものを見た。


 ……人形? しかも人間サイズの。


 一瞬、そう思ったけれど、頭から血が流れているのを見た時、それが人形ではなく人の死体であることが分かった。


「あ……あ……」


 よく見ると至る所に人が倒れている。皆、神官服を着た人たち。

 嘘……皆、死んでいる?

 何、この地獄絵図は。この物語ってそんな話じゃなかった筈よ!!

 

 コツ……

 コツ……

 コツ……



 広間に響くのは足音。

 誰かが近づいて来ている。神官なのか、信者なのか分からないけど、とにかく何がどうなっているのか状況を尋ねなきゃ。


「あなたは誰? 何がどうなっているのか教えて。神官だったら、神官長呼んできてちょうだい」

「……」


 足音が近づいてくるだけで、私の質問には答えてくれそうもない。何よ、神官でも信者でもないってこと? 

 思わず私は後ずさりをする……なんか嫌な感じがする。

 でも、ここは神聖の場だから悪い人は寄せ付けないって、神官長は言っていたわ。

 足音がさらに近づき、その姿を見た時、私は息を飲む。


「神官長ならここにいるよ」



 薄暗い部屋の中でも顔が分かる程の距離に足音が近づいた時、私は息を飲んだ。

 さらっと揺れる黒髪、グレーの肌に黒い瞳。

 闇夜の皇子……そんなタイトルが私の中で思い浮かんだ。


 嘘、魔族?

 じゃあ、この男はまさか魔皇子ディノ!? 


 まるで夜の精霊のように綺麗な顔。だけど彼に纏わり付く黒い空気は、気持ち悪いほど甘くて胸焼けがする。いくら美形でも私の気持ちはときめかないわ。

 だってそいつはとんでもないものを持っていたの。


「はい、神官長だよ。聖女さま」


 そう言って彼は手に持っていたものを私に突きつけてきた。

 恐怖に戦いた顔のまま固まっている神官長の表情。

 目は白目を剥いていて、薄暗い部屋の中に映えるくらい青白い顔。

 首から下は…………ない。

 どこから見てもないわ。マジックでもなんでもない。

 私は神官長の生首を、突きつけられたのよ。


 あまりのことに私は悲鳴をあげた。

 何故神殿に魔族の皇子がいるの!?

 小説だったら神殿は女神様の加護もあって、いつも浄化されているから、魔物や魔族は近づくことができない筈なのに。


 何で、何で、こんな所まで小説と違うのよぉぉぉぉ!!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る