第142話 忿懣の聖女~sideミミリア~
何で思い通りに動いてくれないの!!
本当に苛々するっっっ!!
あ、私はミミリア=ボルドール。
聖女、または聖なる乙女って呼ばれていたりするけれど、聖なる乙女だって苛つくことはあるのよ。
小説の筋書き通りだったら、アーノルドが亡き国王の代わりに即位した時、私が王妃として指名される筈だった。
それなのに、何故か玉座に座るアーノルドの隣には
それにあの悪役たち!!
今は無人島にいるらしいの。王様の命令に素直に従ったらしいけど、ホントに信じられない!
何、理不尽な命令に素直に従っているのよ。普通の王子や貴族のお嬢様だったら、無人島に追いやられたら怒るでしょ!?
小説だったら父親である国王がエディアルドに無人島の領主になることを命じるのよね。ようするに馬鹿な息子を勘当したわけなんだけど。
エディアルドは王命にぶち切れて、国王を斬ろうとするの。でも衛兵たちに取り押さえられて、牢に入れられてしまう。
投獄されたエディアルドを助けるのが魔族のディノなのよね。
でもこの世界ではその国王が誰かに殺されたっぽいので、次の国王になったアーノルドが、兄であるエディアルドにウェデリア島の領主になることを命じたわ。そしてエディアルドは何の抵抗もなく、その命令を受け入れたの。
エディアルドの無人島行きを反対したら、その理由も言わなきゃならなくなるし。つまり私が小説を読んでいることもアーノルド達に話さなきゃいけなくなる。
ここは小説の世界です。だから筋書きどおり動いて! って言う馬鹿、いないでしょ。頭がおかしい女だって思われたくないわよ。女神のペンダントも、廃墟の宮殿も全然興味ないから、別にいいけどさ。
あのエディアルドは変だわ。
毎回毎回小説とは違う行動に出ている。
まず私に一目惚れしていないトコからして間違っているし! クラリスを婚約者に指名しているのも間違っているし!
しかも何でアーノルドの命令を素直に受け入れているわけ? 真っ向から逆らいなさいよ!!
本当に使えないキャストだわー。ナタリーも何か知らないけど行方不明だし。
それにクラリス=シャーレット。
思い通りにならない悪役令嬢はいらないから、信者に始末させようとしたのに、どうも失敗したみたいね。
護衛の中に四守護士のイヴァンとエルダがいたみたいだから仕方がないけど、信者も使えないわ。
しかもアーノルドの奴、国王になったとたん、クラリスにプロポーズしたそうじゃない。自分の妃になれって。
あんな浮気男だとは思わなかったわ。
最近、アーノルド王の仕事が忙しいのか、私と会う回数がどんどん減っていた。
ほんっと、男って馬鹿!! あーあ、アーノルドじゃなくてアドニスに乗り換えようっかな。
「あ……あの聖女様。お茶を持ってまいりました」
そのアドニスが紹介してくれた私のメイドは、がたがた手を震わせながらお茶をもって来る。
あたしの信者で緊張しているのは分かるけど、いつまで震えているのよ!? いい加減慣れなさいよ!!
舌打ちをしながら彼女が持ってきたティーカップをひったくる。
あーっっ、しかも温いし!! この前入れた紅茶が熱かったから、思い知らせる為に、そのお茶を彼女に引っかけてやったけど、熱いお茶を掛けられたくないからって、極端に温くするなんて。
温いお茶だけど喉を潤したら、気持ちは少しばかり落ち着いたわ。
するとノックもなしに、騎士が私の部屋に駆け込んできた。
「せ……聖女様っっ!訓練中に怪我をしてしまって。それに服もやぶれてしまったのです。今の将軍が、ほんっとうに訓練が厳しすぎて」
「それで?」
「え、だから、その」
「それくらいの怪我、自分で治したら? 破れた服も自分で縫えるでしょ」
「でも聖女様の力ならこれくらいの傷朝飯前」
「私はまだ修行中なの。そんなの出来ないわ」
「!?」
何、驚いた顔しているのよ。
聖女だって最初はただの人なのよ。修行前の聖女に過大な期待をしすぎなのよ。
「俺が描いていた聖女と違う」
「あんたが勝手に思い描いていただけでしょ。理想を私に押しつけないでよ」
勝手に失望している騎士に、私は大きな溜息が漏れたわよ。騎士は何かぶつぶつと言いながら出て行ったわ。
本当に私の周りって使えない人間ばっか。
何で小説の通りにならないのよ。
◇◆◇
ある日、アーノルドの側近、カーティスが王城に来なくなったわ。
いなくなる前の日、二人は大げんかしたのよね。
アーノルドは、全然仕事が出来ないカーティスのことを怒っていたわ。そしたら、カーティスが逆ギレしたの。
私も使えない使用人しか周りにいないから、アーノルドが怒りたくなる気持ちはよくわかるけどね。
浮気はムカつくけど、この時ばかりは彼を励ましておいたわ。
それから、カーティスの馬鹿は新人騎士達に爆破魔術をくらわせるという、とんでもない八つ当たりをしてから、城を飛び出していったの。
それ以来、姿を見せなくなったわ。
ちょっと怒られたくらいで、部下に八つ当たりをして、仕事を休むなんて情けないわ~。仕事が出来ない自分が悪いのに。
カーティスがやっていた仕事もやるようになって、アーノルドは今まで以上に忙しくなった。
そうするとますます、アーノルドと顔を合わせることがなくなって、退屈な日が続くの。
宰相の仕事ならカーティスなんかより、アドニスに任せれば良いのよ。小説でもそうだったんだから。
でも、クロノム公爵が宰相を辞めて、自分の領土に戻っちゃったから、アドニスもこっちに来ることがないみたい。
あーあ、本当につまんない。
いっそのこと魔物の軍勢でも攻めてくれないかな。
その方がスリルもあるし、私も追い込まれないと力が目覚めないみたいだから。
いつものように部屋でのんびりお茶とお茶菓子を楽しんでいた所、元信者のメイドが真っ青な顔をして、部屋に駆け込んできた。
ノックもなしになんなの!?
私がそう怒鳴ろうとしたが、その前にメイドが私にすがってきて涙目で訴えてきた。
「聖女様、聖女様お助けくださいっ!! 私の故郷の村が魔物に襲われて」
「魔物の一頭や二頭、村に現れることなんてよくあるでしょ。国王陛下に強力な兵士を派遣するよう頼むことね」
「一頭や二頭ではありません!! 数え切れないほどの魔物の大群が私の故郷を荒らし、そしてここ王都に向かってきているのです」
魔物の軍勢が王都に向かってきている!?
つ、ついにきたのね。
ヒロインである以上避けられない道だわ。
私はテラスを出て王都の様子を見回す。
うわ……すごい数の鳥。あ、鳥じゃなくて空を飛ぶタイプの魔物達だわ。
王都は既にパニック状態で、避難している人々でごった返している。
小説では皆、王都から出て、神殿に避難しようとするのよね。でも、今魔物がやって来ている方向に神殿があったはず。
ということは神殿には逃げられないってこと? こんな細かい設定まで小説と違うだなんて。
人々は街中の祈りの場である教会に集まっている。そういえば、教会にも強い清浄魔術のバリアが張られているのよね。
王都の街並みの向こう、丘陵から見えるのは魔物の軍勢。
既に王都に到着している、空飛ぶ魔物たちは街の一部を襲っている。魔物と戦っている騎士たちもいるわね。
所々火事になっている場所や、魔物によって壊された建物もあるわ。
黒炎の魔女と闇黒の勇者が魔物を率いて、王都を攻めているんだわ。
黒炎の魔女はクラリス……いえ、ナタリーかもしれない。
でも闇黒の勇者は誰なのかしら? やっぱりエディアルドなの?
無人島に追いやられた恨みで、今頃になって復讐しにきたのかしら。
この際悪役が誰かなんてどうでもいいわ。筋書き通りになれば。
私は魔族の軍勢に向かって思いっきり両手を広げた。
さぁ、今日こそ目覚めて。私の力。
私のアーノルドへの愛が、あの魔物の軍勢を滅ぼすのだから。
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