第141話 魔族襲来②~sideアーノルド~

「馬鹿を言うな。さすがは兄上を殺害しようとした、シャーレット家の一員だけのことはあるな。人間であることまでやめてしまったのか」


 僕は帯剣している剣を引き抜き、ナタリーに突きつけた。

 人間であることをやめてしまった者に、慈悲を与えるつもりはない。

 ナタリーは別段恐れることもなく、それどころか、さらに甲高い笑い声をあげた。


「兄上を殺したって……あんたこそ、お兄様を殺そうとしてたじゃない」

「僕は兄上に相応の身分を与えただけだ」

「無人島に追放したんでしょ? 普通、王子様が無人島で生きて暮らせるわけがないじゃない!」

「その点は、王族の一人として助成金は送るようにしている。定期便や使用人を送っているから不自由はしないはずだ」


 僕の言葉に、ナタリーはぷっと吹き出した。

 可笑しな冗談でも聞いたかのような反応だ。彼女はけたたましい声で爆笑する。


「あははははははは、その助成金なら第二側妃が財務官とつるんで懐に入れているわよ。あなたを王にする為に、何度もエディアルドを殺そうとしていた女よ? エディアルドの為にお金を送るようなことさせるわけないじゃない? 使用人たちも今頃、貧困に苦しんでいるんじゃないの?」

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「そんな馬鹿な事があるのよ。先王を殺したのだってあの女だもの」


 あまりにも信じられないナタリーの言葉に、僕は一瞬凍り付いた。

 言って良いことと悪いことも分からないのか!? 侮辱にも程がある!!


「殺したのは暗殺者だ!! 何故僕の母上が父上を殺さなければならない!?」

「それもあなたを王様にするためよ。先王はエディアルドを王にすることを望んでいたみたい。それを知った第二側妃は先王を殺したのよ。それもあなたを王にする為。あなたが王様になれたのは、ぜーんぶあの女がお膳立てしていたからよ」


 ナタリーは可笑しそうに笑いながら、不意に右手を挙げた。

 それに反応するかのように手先にとまったのは、蝙蝠の羽を持った小さな人型の魔物だ。

 ナタリーは羽が生えた小人のような生物を肩の上に乗せて言った。


「この子が城の中の声を伝えてくれる魔石を置いてくれたのよ。その魔石ごしに、ディノ様はテレス達の様子を全部聞いていたみたい」


 片手に余裕で乗るくらい小さな魔物だ。

 いくら王城が厳重とはいっても、ネズミよりもまだ小さい魔物が侵入していることまでは想定していなかった。

 しかもあんな小さな生物が運ぶ魔石だから、我が城に設置している傍受の魔石よりもまだ小さい魔石なのだろう。

 ナタリーは魔物の頭を指で撫でながら言った。


「魔石は全部伝えてくれたわ。特にディノ様はテレスの行動が面白かったみたいで、ずっと聞いていたみたい」

 

 母上の部屋のどこかにも傍受の魔石が置いてあったということか。おそらくすぐに見つかるような場所には置いていないのだろう。

 ナタリーの肩に乗っていた小さな魔物は、すぐに飛んでいなくなった。


「テレスは、隙あらばエディアルドを殺そうとしていたし、王妃には自分が送り込んだ薬師に毒を盛らせていた。極めつけは、暗殺者を雇って先代の国王も殺しているんだから。ディノ様も相当驚いていたわよ。魔力さえあれば、いい人材だったのにって、残念がってたわね。私的にはあんなオバさん仲間にしたくなかったから良かったけどね」

「嘘だ……!!」

「アーノルド様って、何にも知らないのね」


 どこか哀れむような目で冷笑するナタリーに、僕の怒りは頂点に達した。


 許せない……母上を愚弄するなんて!

 母上が兄上を殺そうとしていたなんて有り得ない。

 王妃様や、それに父上まで殺したなんてとんでもない話だ。


 だけど、先ほどまで庭先で楽しげに貴族たちと談話していた母親の顔を思い出す。

 王太后になってから、あの人は僕に会いに来る日が極端に少なくなった。

 僕よりも、お気に入りの貴族たちと会う日の方が遙かに多かった。

 あの満ち足りた幸せそうな顔を思い出した僕は、何故か胸が抉られる感覚に陥った。


 有り得ない……母が父を殺しただなんて。


 嘲笑いまくるナタリーに、僕は唇を噛みしめ彼女に駆け寄った。

 そして剣を振り上げ彼女を斬ろうとするが、不意に脇腹に激痛を覚えた。


「……!?」


 恐る恐る自分の右脇腹を見ると、黒い刃が腹を貫いていた。

 誰かが後ろから僕を刺したんだ。ナタリーの時もそうだったけど、人の気配を感じなかった。

 一体誰が……?

 振り返り、その人物を認めた僕は息を飲む。


「カー……ティス……」


 何故、お前がここにいる?

 今まで何処に行っていたんだ!?

 そんなに憎悪に満ちた目で僕を見るなんて……それほどまでに恨んでいたのか?

 だけど僕の疑問に答える人間はいなかった……疑問すら口に出すことが出来ないくらいダメージを受けたのだから当然だ。

 ナタリーの怒鳴り声が響き渡る。


「ちょっと! アーノルド様は殺さないでって言ったじゃない!」

「お前が斬られそうになったから助けたのに、何だ、その言い草は。この人を仲間にするのは無理だ。自分の正義を信じて疑わずに生きてきた人だからな」

「そこを私が説得していたトコじゃないの。アーノルド様は私がずっと狙っていた王子様なのよ」

「知ったことか。そんな時間の余裕はない。早く片を付けないと、城内は強力な清浄魔術がかけられているから、長期戦は分が悪い」

「どうりで息苦しいと思った! 清浄魔術をかけている魔術師を探し出して、殺しちゃえばいいじゃない」

「魔術師じゃなくて、半永久的に清浄魔術の効果が持続する魔石が、城内の各所に設置されている。魔石を探し出して破壊するにしても、時間がかかりすぎる」


 清浄魔術が常にかかっているこの場所は、魔族や魔物にとっては害になるのか。

 そういえばナタリーの肩にとまっていた魔物も、すぐにこの場から去っていた。

 二人の会話を聞いて僕は、王城だけじゃなく、王都のあらゆる箇所に浄化作用のある魔石が地中に埋め込まれていたり、柱に取り付けられていることを思い出した。

 家を建てる時は必ず、そういった魔石を取り入れなければならない、と法律で決まっていた。

 あの法律を作った祖先は、こうなることを予想していたのだろうか? 

 森に出てきてまで街に出てくる魔物など滅多にいないし、魔族がこの大陸にいた時のように瘴気が漂っているわけじゃないので、僕は建物にわざわざ浄化作用の魔石をつけなくとも良いと考えていた。新たに家を建てる者も魔石を取り付けると費用がかかるという理由で、魔石を付けるのを嫌がっていた。

 僕はそんな国民達の要望に応え、その法律を変えることにした。

 つい最近建てられた建物の中には魔石が取り入れられていない建物もある。

 そういえば神殿も魔石は不要だからという理由で、柱に埋め込まれていた魔石を取り出し、市場に売りに出していなかったか?

 相当な高額な値で売れたと、神官長は喜んでいたけれど。


 浄化作用を持たない家や神殿にもし魔物が攻めてきたら……?


 僕は……僕は何てことをしてしまったのだろう?

 平和が永遠に続くなんて、何故思い込んでいたのか。

 ナタリーは愉快そうに笑い続けながら言った。


「まぁ、いいわ。次は聖女の番。あの女を捕らえろって、ディノ様に頼まれているからね。私的にはとっとと殺しちゃいたいけど」

「私はテレスと馬鹿貴族どもを掃除しておく」

「あははは、もう逃げてんじゃないの? ああいう奴らって凄い逃げ足が速いから」


 甲高い声で愉快そうに笑うナタリーの声が頭の中でガンガン響き渡る。

 躊躇なく僕を刺してきたカーティスは、無表情でこっちを見下ろしていた。


 なんでお前が……


 問いたくても、声にならない。

 だけど向こうは、今まで聞いたことがないくらい冷たい声で、僕の耳元に囁いてくる。


「アーノルド陛下、残念ながらナタリーの言っていることは本当ですよ。私自身、命じられていましたからね。隙があればエディアルド殿下を殺すように、と」

「……っっ!!」

「あなたは何も知らなかったんですよ」


 

 嘘だ……お前が兄上の殺しを命じられていた? 

 母上が命じた? 

 これは悪い夢だ。 

 たのむ……頼むから夢であってくれ! 

 

 だけど無情にも黒の刃によって貫かれた腹の痛みは、これが紛うことない現実であることを訴えてくる。


「痛そうですね。この闇黒剣は光の勇者であるあなたを斬りつけて、とても喜んでいる。この剣は私を主に選んだ。あなたが女神に選ばれた光の勇者なら、私は闇の勇者です」



 そう言ってカーティスは僕の傷口を靴で踏んできた。

 脳天を突き抜けるような激痛が走る。

 あまりの痛みに気が遠くなる。


 兄上……っっ!!


 僕はその時、真っ先に思いついたのは、大事に思っていた母上でもなく、愛しく思っていたミミリアでもない。そして恋心を抱いたクラリスでもない。

 一時は疎ましく思っていたし、愚かだとも思っていた。何故、クラリスがあの人の元に行ったのか納得もできなかった。

 だけど、今なら納得できる。

 認めたくなかったけど、心を入れ替えてから、毎日のようにウィストと剣の稽古に励んだり、勉学にも勤しんでいたのか、成績も向上していたし、魔術も上級魔術の試験に合格するほど実力を伸ばしていた。

 そして、軍事に力を入れていたのも、この国を守る為だったことを知った今、僕は兄上に謝りたくて仕方がなかった。

 だけど。もう遅い。

 僕は兄上が差し伸べてくれた手を振り払ってしまった。


「ちょっと、アーノルド死んだの?」

「もう虫の息だ。このまま放って置いても死ぬだろう。早いところ他の人間も片付けるぞ」

「あーあ。残念」


 カーティス達の会話はそこで終わった。

 この場から去ったみたいだ。僕にとどめを刺さなかったのは、彼なりの情けだったのか、それとも単に時間がなかったのか分からない。


 僕は、このまま死ぬのか……。

 目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 意識が遠のく中、僕は遠い昔のことを思い出していた。


『アーノルド、本ばかり読んでないで、一緒にあそぼう!!』

『うん!!兄上、今日は何をしましょうか?』

『そうだなぁ……おい、そこの仏頂面した奴。名前は? ふうん、カーティスか。じゃあお前も来いよ』


 そういえば、三人で一緒に遊んでいたこともあったんだ。

 今までずっと忘れていたけど。

 僕たち、いつから一緒に遊ばなくなったのだろう?

 一緒に笑い合っていた時もあったのに。

 

 兄上……………………。

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