第144話 王都帰還①~sideエディアルド~

 俺の名前はエディアルド=ハーディン。

 現在は無人島公爵となり、領地であるウェデリア島で充実した日々を過ごしていた。

 無人島は魔石の宝庫でもあった。

 紅い魔石、青い魔石、黄金色の魔石……これだけでも、相当な財力を築くことができる。それに良質な薬草も豊富で、クラリスやデイジー、あとヴィネも手伝い、沢山の万能薬を作ることができた。

 珍しい魔物も沢山生息しているが、ここの魔物は比較的大人しくて、小型の魔物は人間に懐いている。

 執事が言うには、元々先々代の国王の別宮だっただけに、島の各所に浄化作用のある魔石が置かれているらしい。あと宮殿の周辺には強力な防御効果がある魔石も置かれている。

 王城や宮殿にもこういった様々な魔石が置かれているからな。

 浄化や防御効果の持続は、魔石によって様々で、一日保つものもあれば、一年保つものもある。長く保つもの程高価になり、半永久的に保つ魔石は約一億ジーロするらしい。


 小説によると魔族の皇子ディノは、魔物が住む森や山に瘴気を放つ黒い魔石を置いている。

 瘴気を吸った魔物は凶暴化し、しかもディノの命令に従うようになってしまう。

 だけど、この島はたまたま魔石が置かれなかったのか、置かれたとしても強力な清浄魔術によって浄化されたのか、魔物達はとても大人しく人間にも友好的だ。

 俺たちも友好的な魔物たちはむやみに狩れないので、周辺の島に行って凶悪化した魔物を退治して、実戦の経験を積んでいた。


 そんなある日、アブラハムから剣が完成したという手紙がメールドラゴンによってとどけられた。

 俺たちはさっそくユスティの帝都マリベールへ行き、鍛冶屋ロックスを訪れた。

 

 重厚な鍛冶屋の扉を開いた瞬間出迎えたのは、三本の剣だ。

 天鵞絨が敷かれた台座の上に、大剣と細剣、そして虹色の光沢を放つ長剣が並んでいた。

 真ん中に置かれた虹色の光沢を放つ長剣が、恐らく俺の剣なのだろう。

 両脇の剣よりも一際輝いている。

 もちろんウィストの大剣も、ソニアの細剣も名剣と呼ぶに相応しい存在感と輝きがある。

 だけど俺の剣はその中でも特に際立った輝きを放っていた。

 俺は恐る恐る剣を手にとる。

 


「……!?」



 一瞬、視界が強烈な白光に支配された。

 俺が持った瞬間、剣が光ったのだ。小説ではアーノルドが勇者の剣を持った瞬間、剣が光り出したが、まさにそれと同じ現象だ。


「剣が、お主が持ち主であることを認めたようじゃな」


 アブラハムは満足げに頷いた。

 まるで剣に意志があるような言い方だ。


「全く不思議なことじゃない。名剣と呼ばれる剣には魂がこもっている、と言われているからの。そこの二人も剣を持ってみい」


 ウィストは大剣を、ソニアは細剣を手にすると、剣がきらきらと輝く。俺の目から見ても剣が嬉しそうにしているのが分かる。

 ウィストとソニアは感動のあまり目を潤ませ、アブラハムの方を見た。


「こんな素晴らしい大剣を……ありがとうございます」

「まるで本当に剣が生きているよう……アブラハム様、本当にありがとうございます」


 まっすぐな目をした騎士達のお礼に、アブラハムは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 鍛冶師として、一番嬉しい時なのだろうな。

 俺もアブラハムの前に立ち、一礼して言った。


「この剣は我が分身だと思い、生涯を共にしたいと思います」

「その言葉を聞いて剣も喜んでおるようじゃ。このドラゴンネストの剣は儂にとっても生涯の最高傑作となるじゃろう」


 ドラゴンネストの剣。

 勇者の剣がジュリアークという鉱石で出来た剣だから、ジュリアークの剣。

 この剣はドラゴンネストという鉱石で出来た剣だから、ドラゴンネストの剣か。

 アブラハムは俺の目をまっすぐ見て、力強い口調で言った。


「貴殿が大きな使命を背負っておることは薄々分かっておった。この世界を……よろしく頼みましたぞ」


 アブラハムの言葉に、俺は頷いた。

 俺自身は大きな使命を背負ったつもりはないのだが、それでもその一端を担っていることは確かだからな。

 アブラハムはクラリスの方を見た。


「お嬢さんの武器もあるのじゃぞ」

「私も、ですか?」

「うむ。セリオットに頼まれての。全くお礼が出来ていなかったから、この精霊樹の枝でクラリスの杖を作って欲しいと頼まれたのじゃ」

「私は何も……むしろエディアルド様の方が」

「俺にはもう伝説級の武器があるからな。それにこの精霊樹の枝は魔術師の杖を作るための、最高クラスの材料だから、クラリスに相応しいと思ったんだろ」


 それに、あいつクラリスに気があったみたいだしな。

 俺の婚約者だと分かっていたから、すぐに身を引いたけど、惚れた女性の為に密かに力になりたい気持ちはあるのだろう。

 クラリスが手にした杖は抜けるように白く、指揮棒と同じくらいの長さがあった。先端にはビー玉サイズの紫魔石がはめ込まれている。

 手に持ちやすい細身の杖。

 アブラハムは剣だけじゃなく、魔術師の杖を作ることも出来るらしい。

 クラリスが杖を手に持つと、紫魔石が呼応したように輝きはじめる。

 杖も生きている、ということなのかな。

 クラリスが手に持つ精霊樹の杖をじっと見詰めていると、窓を叩く音がしたので、そちらへ顔を向けた。

 窓の向こう、小さなドラゴンが顔を覗かせている。

 メールドラゴンだ。

 俺は窓をあけ、メールドラゴンが首に提げているバッグから、手紙を取り出した。

 出先にいる俺にわざわざ届けるということは、急ぎの知らせなのだろう。

 俺はすぐに手紙を広げ、読み始めた。


 

「……王都に魔族の軍勢が攻め込んだらしい。今は撤退したみたいだが」



 俺の言葉に、その場にいたクラリス、ソニア、ウィストは息を飲んだ。

 俺は以前、ハーディン王国に魔族が攻めてくる未来の出来事を、クロノム公爵に話していた。ただ、この世界は自分が読んでいた小説の世界だと説明してしまうと、かなり嘘くさく聞こえてしまうので、同じ夢を何度も見ると言いかえた。

 歴史書にも、女神の神託の一つとして、同じ夢を何度も見ることがあるという記述が書かれているので、夢という設定は、小説の世界と説明するよりは説得力があった。

 その俺の神託が当たったことが手紙には書かれていたのだ。


 国内の状況はクロノム公爵や、ロバート元将軍から報告を受けていた。

 アーノルドが国王として即位してからは、平和な時代に軍の強化も不要、宮廷魔術師や宮廷薬師の人材開発助成金も不要と、俺が考案したものはすべて棄却された。

 唯一の救いは、イヴァンがロバートの意志を継いで軍強化に力を注いでくれたこと。

 それも騎士団の間では不満の声が上がっていたみたいだが。


 削減された軍事費や助成金は、テレス妃やミミリアが使い込んでいるのではないか、と噂されていた。

 二人の生活が以前にも増して派手になってきたからだ。毎日のようにサロンを開き、そのたびに着ているドレスやアクセサリーも違うのだという。


 そんな最中、王都に魔物の軍勢が攻めてきたのだ。

 王都の一部は攻めてきた魔物達に破壊されたが、イヴァンが鍛え上げた精鋭部隊の活躍により、魔物達はそれ以上の侵攻はできず撤退を余儀なくされた。

 

 思った以上に、イヴァンはがんばってくれたみたいだな。

 王都にはあらゆる場所に浄化作用のある魔石が置かれているからな。瘴気をまとった魔物達は、長時間王都に滞在することができなかったのだ。

 破壊された建物は、魔石を設置されていない建物ばかりらしい。

 現在、王都は魔物の軍勢に取り囲まれた状態。

 魔石の効力もあって、今の所は手出ししづらい状況だが、それもいつまで続くか分からない。

 このまま瘴気をまとった魔族たちに居座られたら、浄化作用のある魔石の効力も、早めに底を尽きる可能性がある。瘴気を浄化するのにはそれだけのエネルギーが必要になるからだ。

 魔石の効果が薄れると、魔物が攻めてくる隙が生じてしまう。

 イヴァンが鍛えた精鋭部隊が活躍したものの、兵士の半数は負傷し、戦えない状況らしい。


 

 アーノルドは今頃後悔しているだろうな。

 軍事費を削減したことで、軍関係の貴族達を敵に回してしまったことを。

 その結果、王都の一部は破壊され、犠牲者も出たのだ。

 クラリスは俺に尋ねてきた。


「魔族の軍を率いているのは誰なのかしら?」

「まだそこまでは書かれていない。今、情報を集めている所だろう」

「……」


 魔物の軍勢が攻めてきたということは、誰かが黒炎の魔女、闇黒の勇者に君臨したことを意味している。

 黒炎の魔女はやはりナタリーなのだろうか。

 あの娘にそこまでの魔術の才能があったとは思えないが、ディノがなんとか引き出したのかもしれないな。魔族の皇子直々に迎えに来ているのだから、相当な才能はあったのだろうし。

 そして、本来は俺がなるはずだった闇黒の勇者。

 でも俺は闇黒の勇者にならなかった。つまり違う誰かが闇黒の勇者に選ばれたということだ。


「王都に戻る時が来たようだな」


 俺の言葉に、その場にいた全員が心得たように同時に頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る