第138話 充実した無人島生活②~sideクラリス~

「クラリス」


 エディアルド様が、浴室のドアからちらっと顔を覗かせる。

 まだ、シャワー浴びていなかったのね。

 ドアの向こうは、多分素っ裸なんだろうな。

 あああ……想像しない!


「何? エディー」

「その……」

「ん?」

「……ろうか?」

「よく聞こえないわ。何て言ったの?」

「しょに……ろうか?」

「よく聞こえないって」


 聞き返す私にエディアルド様は一度顔を引っ込めて、思い切り咳払いをした。

 それからもう一度ドアの隙間から私の方を見て、はっきりとした口調で言ったのだった。


「一緒に風呂、入ろうか?」

「…………………………」



 ◇◆◇



 小一時間後。

 ラフな格好に着替えた私たちは、リビングルームにやってきた。

 そこでは皆が思い思いに寛いでいる光景が見られる。

 ジョルジュはジン君に魔術書の読み聞かせをしている。ヴィネはソニアとデイジーと一緒に何やら楽しそうに話をしている。アドニス先輩とコーネット先輩も楽しげに笑い合っているわね。

 一方、私とエディアルド様は、まだ顔の火照りがおさまらずにいた。


 入ってしまった……一緒にお風呂に。


 お互いの背中を洗って、同じ湯船に浸かって。

 お風呂もすごく広々としていたし、気持ち良かったなぁ。一緒の湯船に浸かっていた時、何だか夫婦になった感じがした。

 背中を洗った時に見たエディアルド様の背筋。非の打ち所がないくらいバランス良く鍛えられていて、理想的な後ろ姿だった。写真家だったら、撮りたいと思うような。

 もちろん腹筋もシックスパックだったし、胸筋も引き締まって。それから……あああああ、それ以上は言えない!!


 思い出せば思い出すほど、恥ずかしくなって、今は顔が火照った状態だ。


 と、とにかく何事もなかったかのように私たちはソファーに腰掛けた。

 向かいに座るヴィネ、それからジョルジュは、意味深な笑みをこっちに向けているけどね。

 そんな目で見ないでよ、居心地悪いから。

 私たちがソファーに腰掛けた時、先ほどの老執事が天鵞絨の箱を持って私たちの元にやってきた。

 

「お部屋の掃除をする際、このようなものが出てきました」

「「!?」」



 私とエディアルド様は同時に目を見張った。

 涙の形をした水晶に、鳥の羽が生えたデザイン。

 女神のペンダントだ。

 

「使用人の一人が、隠し部屋を発見しまして、そこも掃除しようと入りましたところテーブルの上にこのペンダントが置いてあったようです」


 ……貴重なレアアイテム、あっさり発見される。


 そ、そりゃそうね。この宮殿は小説と違って廃墟じゃないもの。隅から隅まで掃除していたら、偶然秘密の部屋を見つけることだってあるわよね。

 女神のペンダントは私がもっておくことにした。



「しばらくは、ここを拠点に活動をしようかと思う」



 エディアルド様の言葉に、全員が頷いた。

 少なくともエディアルド様とウィスト、ソニアの剣が出来上がるまでは、まだ時間がかかるみたいだからね。

 待ち時間の間、ここで魔物の軍勢と戦う準備をした方がいいわよね。


「ジョルジュには引き続き、俺の護衛兼師匠として働いて貰いたいが、ヴィネの店もあるし、難しいか?」


 現在、ジョルジュはヴィネと共に薬屋を切り盛りしているものね。

 するとヴィネが首を横に振って言った。


「あの店はしばらく休業するよ。何しろ、今レニーの街は領主様が頼りないのか、ちょっと荒れていてさ。落ち着くまで、しばらく旅を続けようかな……って思っていたところさ」



 そうだった。

 シャーレット領は、お父様が捕まったことで領地を取り上げられ、王国領になったのよね。

 領地の一部は侯爵となったカーティスに与えられたみたいだけど……彼にはまだ侯爵領主の座は荷が重いかもしれないわね。


「そういうことなら、ジョルジュとヴィネは、俺とクラリスの師匠として、ここに住み込みで働いて欲しい」


 エディアルド様の言葉にヴィネとジョルジュは快く頷いてくれた。

 すると、それを聞いたウィストとソニアは同時に手をあげる。



「エディアルド様、自分も専属護衛としてここに居させてください!」

「私もクラリス様の専属護衛として、ここに留まりたく思います!」


 ウィストとソニアも、ウェデリア島に留まることを希望する。

 一緒にいてくれるのはとても頼もしいし、有り難いけれど本当に良いのだろうか? 

 二人だったら、もっと華やかな場所で活躍できると思うのだけど。


「この地はまだまだ未開の地が大半を占めていると聞きます。是非、冒険に行きましょう!」

「私は周辺の島もを探索したいです!!」


 ……あ、この島を冒険したいという下心もあるのね。

 エディアルド様は親指を立てて、「採用」と一言言った。


「私はしばらくの間、クラリス様と薬の研究をしたく思います」

「自分もエディアルド様とクラリス様と共に、魔術のスキルを上げたいと思っています」


 デイジーとコーネット先輩もここに残ることを希望する。

 残る一人はアドニス先輩だ。

 皆が妙に期待した目でアドニス先輩に注目するものだから、アドニス先輩は苦笑いを浮かべて手を挙げた。


「妹をこの島に置いていったら、父に殺されるからね。僕もここに留まろうとは思っているが、これだけ一度に滞在するとなると、エディアルド公爵に迷惑がかかりそうですね」

「俺は迷惑じゃないけど……」


 エディアルド様はちらっと執事の方を見る。大変なのは使用人たちよね。

 執事も困ったように額に汗を拭いている。


「では我がクロノム家からも何人か使用人を呼び寄せましょう」

「た、助かりますー」


 執事は両手を組んで目に涙を浮かべ胸の前で両手を組んだ。

 何だかアマリリス島での生活が再び帰ってきたみたいね。

 今回はジョルジュやヴィネも一緒だ。

 だけど前回と違って、バカンスじゃないのが残念。今回は魔族との戦いに備えた準備をこの場で進めて行くわけだから。


「アドニス、ハーディン王国の様子について報告してくれないか?」

「御意。騎士団についてはイヴァン=スティークの指導により、実力が向上した騎士が増えている一方、イヴァンの方針に不満を抱いている者も多いようです」



 イヴァンはストイックだものね。私が騎士団の弱体化を指摘した時も、嫌な顔一つせずに真摯に受け止めてくれていた。

 アーノルド陛下にくっついていた貴族たちは、ろくな人たちがいなかったけれど、イヴァンとエルダは良い臣下だと思うわ。


「少し驚いたことなのですが、ここ最近、カーティス=ヘイリーの実力向上が目覚ましいようですよ。魔術も上級魔術師クラスの実力はあるんじゃないか、と言われています」

「ほう? 本来の主人に仕えるようになって張り切っているのか?」


 エディアルド様は素直に感心している。

 本当に意外ね、あのカーティスの実力が上がっているなんて。学園のダンジョンの時には、何にも出来なかった人だけど、ちゃんと精進していたってことかしら?

 小説でも主人公と一緒に戦っていた人だし、元々秘めたる実力はあったのかもね。


「あの四守護士と張り合えるくらい、実力が向上しているようで……ただ、気になるのは最近、稽古と称して、部下である騎士たちを痛めつけていることがあるみたいですね」

 アドニス先輩の報告を聞いて、エディアルド様は溜息をつく。

「部下に当たり散らすとは……カーティスはどうやら宰相補佐の激務に忙殺されているみたいだな」

「補佐ではありませんよ」

「は?」

「父親が倒れたので、今は彼が宰相らしいです」

「!?」



 ……えええ!? 

 ど、どういう事!? いくら宰相補佐をしている息子だからって、そのまま宰相の仕事を引き継がせる!? 

 まだ一八歳の少年じゃない……あ、でも、アドニス先輩も小説では似たような年に宰相継いだんだっけ?

 小説ではクロノム公爵の後を引き継ぎ宰相となった冷徹の公子の役どころを、ヘイリー親子が担ったってことになるのかしら?

 いや、それにしても、アーノルド陛下が国王になるまでは普通の学生だったカーティスには荷が重すぎるわよ。

 他に人材がいなかったのかしら? 


 前から思っていたけれど、テレス側の人たちの頭の辞書の中には、適材適所って言葉がないの? 

 

 早くもきしみを見せている新王政……何だか先が思いやられるわね。

 原作通りなら、魔族の襲来まであと五ヶ月以上の期間はあるけれど、時間通りに来るとは限らない。もしかしたらもう少し早く来る可能性もあるし、遅く来る可能性もある。

 出来れば後者であってほしいけどね。

 とにかく戦にそなえて出来るだけのことはやっておきたいと思っている。


 特に私は――――

 鞄の中から、ダンジョンで手に入れたお宝の一つ、クリア・フレムの書を取り出す。

 セイラが編み出した、攻撃魔術と浄化魔術を組み合わせた混合魔術を覚えていこうと思う。

 この魔術はきっと、魔族の皇子ディノとの戦いの時も役に立つはずだから。




 こうして私たちの無人島生活は始まった。

 出だしだけ書くと凄く過酷に思えるけれど、生活はとても優雅なもので、設備の整った宮殿、優しくて気が利く使用人たちに囲まれ、ダンジョンで得た宝やウェデリア島でも採掘できる魔石も高く売れるものだから、お金に困ることもない。

 おまけに薬の原料にもなる様々な薬草も豊富だから、沢山の回復薬のストックを作ることも出来る。

 近くの離島には強い魔物も生息していて、実戦訓練にはもってこいの場所だった。

 私たちはとても充実した無人島生活を送ることになるのだった。




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