第137話 充実した無人島生活①~sideクラリス~
セリオットを無事、皇帝陛下の元へ送り届け、目的のジュリアークの剣を手にした私たちは、翌日、全員泥のように眠っていた。
ダンジョンをクリアした後、二百人以上の兵士を相手にし、それから皇帝陛下と謁見だもの。
あんなに密度の濃い一日を過ごしたのは初めてよ。
それから三日後。
私とエディアルド様は久しぶりにホテルのテラスでゆっくりお茶を飲んでいた。
勇者の剣は手に入れたものの、エディアルド様たちの剣が出来上がるまでは、まだまだ時間がかかる。
魔石を使った剣の鍛造は、普通の剣を作るよりも日数が掛かるらしい。
その間にしておくべきことを、話し合っていた。
「ウェデリア島の廃墟宮殿にある女神のペンダントも手に入れたい。俺の領地へ行くことにしよう」
女神のペンダント。
女神の声が聞こえると言われるアイテムだ。
小説では主人公ミミリアが強く祈ると、女神が助言してくれたけど……あの無信心なミミリアに使いこなせるとは思えない。
ただ、女神のペンダントに関しては少し謎が多いの。
勇者の剣と違って、文献には詳しく書かれていないアイテムなのよ。むしろ、ペンダントのことに触れていない書物の方が多い。
私たちも小説を読んでいなかったら、ペンダントの存在には気に留めていなかったのかもしれない。
小説ではあたかも聖女専用のように書かれていたけど、数少ない文献によると老人がペンダントに祈って孫の病気平癒を願ったことや、砂漠の国の王女が祖国に恵みの雨をもたらすよう祈り、願いを叶えたことが書かれていたので、勇者の剣と違って聖女専用のアイテムじゃないのかもしれない。
ミミリアじゃなくても使える可能性があるのなら、取りに行く価値はあるわよね。
私たちはウィリアム家の商船に送ってもらい、領地であるウェデリア島に向かうことにした。
面積は日本の島に例えると石垣島ぐらいかしら?
ほとんど森林や山地で、住める平地は十分の一しかないみたいなの。
先々代の王が住んでいた宮殿も、そのまま放置された状態だし、さぞ立派な幽霊宮殿なのだろう、と私たちは予想していた。
けれども船が島に近づいてきた時、意外と整備されている港にまず驚いた。
そして無人島である筈の島で、五、六の人々が手を振っている。
いずれも王宮のメイド服や使用人の制服を着ているものだから、私たちは目を点にした。
「「「お帰りなさいませ、公爵様」」」
声をそろえて出迎えてくれたのは、エディアルド様も見覚えのある顔だったらしい。
瞬きを繰り返してから、彼らに尋ねる。
「君たちは確か以前、俺に仕えてくれていたな」
「はい。テレス妃殿下によって仕事を追われまして……ですが、アーノルド陛下の計らいで、新たな仕事場としてこの場所を仰せつかりました」
「アーノルドが……しかし無人島に配属されて、大変だったのではないか?」
「船も定期的に通りますので買い物にも困ることはありませんし、この島は真珠が沢山とれるんですよ。それに魔石も豊富で、それらを売ったおかげで、公爵家の財政も潤っていると執事が申しておりました。こちらとしては、いままでに無くゆったりとした気持ちでお仕事もできて、今は最高な気分です」
……確かにメイドたちの肌つやの色がいいわ。
しかもちゃんと執事が公爵家の財政管理をしてくれているのね。
それにしても、使用人も送って、船の定期便も通るようにしてくれるなんて、アーノルド陛下は一応、エディアルド様のことを気に掛けているのかな……まぁ、二股男で、単細胞な所はあるけれど、根っからの悪人じゃない。
――――だから困るのよね。
私は家族に殺されかけたし、心底憎まれていたから、両親や異母妹のことはとっくに見捨てている。
アーノルド陛下はエディアルド様を馬鹿にしている所はあったけれど、憎んでいるわけじゃない。エディアルド様を殺そうとしたのも、テレス妃であって、アーノルド陛下は関与していない。
いっそのこと清々しいくらい悪人だったら気が楽だったのにな。
廃墟だと思われていた宮殿はきちんと手入れもされているのか、噴水付きの立派な庭園があり、翡翠色の屋根が美しい白煉瓦の豪邸は、森林を背景にまるで絵のように際立っていた。
出迎えてくれた執事は品の良さそうな老紳士だ。
部屋の中も驚くほど綺麗で、廃墟だったであろう宮殿を徹底的に掃除し、改装したのが良く分かる。
ちゃんと皆が泊まる部屋もあって、それぞれ気に入った部屋に泊まって貰うことにした。
私の部屋はどんな部屋かな?
エディアルド様と共に、執事に付いていくと……。
「こちらが、公爵様と奥様の部屋です」
「「!!!???」」
ま、まだ奥様じゃないし!!
へ、部屋が一緒!? エディアルド様と!?
目の前には大きなベッドがでん、と置かれている。
広々とした部屋にクローゼットやチェストが二つずつ。
私とエディアルド様は、同時に顔が紅くなってしまった。
確かに最近ではホテルでも部屋で一緒に食事をすることも多くなったし、どちらかの部屋に長く過ごすことも多くなった。
でも寝る時はさすがにまだ別々で……。
「ありがとう、快適そうな部屋だね」
え、エディアルド様!?
あっさり私との同室を受け入れていますけど、それでいいの!?
エディアルド様は私の方を見て、クスッと笑っている。
「クラリスもこの部屋でいい……?」
小首を傾げて尋ねてくる。
何、その可愛い仕草。 ちょっと反則じゃないの!
「クラリス、どう?」
「どう?……って……そ、そんな……」
婚約の段階で、相手の家に寝泊まりするのは風聞が悪いと言われている。特に王族の婚約者だからといって王城に泊まるなんてもってのほか。
だから私はシャーレット家の人間達が捕らえられた後は、王城からは離れた場所に建つエミリア宮殿に寝泊まりすることになった。
けど、それはあくまでエディアルド様が王城に住んでいた王子だった時の話。
今、エディアルド様は一貴族となった。
貴族と貴族の間の結婚となると事情が変わる時がある。婚約が正式に公表され、挙式が決まった段階で、結婚は確定したことになる。その家のしきたりに慣れるために式を挙げる前から、相手の家に入る令嬢も少なくないの。
私たちも婚約が公式に発表された時点で結婚は確定している。本来ならハーディン学園を卒業後に結婚式を挙げる予定だったし、それはまだ無効になっていない筈。
少なくともアーノルド国王からそういうお達しはきていない……単にそこまで頭が回っていないだけかもしれないけど。
そう考えると私とエディアルド様が同じ部屋で暮らすのも、別におかしいことじゃないわけで。
いや、色々ごちゃごちゃ考えちゃったけど、とにかく! 心の準備がまだ出来てないの!
私はニコニコ笑う執事に言葉がつまる……今の自分の気持ちを訴えたいけれど、優しそうな執事の笑顔を見てしまうと、考えている事とは違う言葉が出てきてしまう。
「あ…………その……いいお部屋ですね」
「気に入って頂けて幸いです」
結局、嬉しそうな老執事の前で、真正面から断ることができなかった。
老執事が恭しくお辞儀をして部屋を去ると、私とエディアルド様は、二人きりになってしまった。
「……」
「……」
普段、そこまで意識したことがなかったのに、今日はむちゃくちゃエディアルド様のことを意識している。
向こうも同じ気持ちなのか、お互いに言葉が出てこない。
私は周りを見回してみる。
大きな窓の向こうは、真っ白なバルコニー。
そこからは一面の海が見渡せる。
家具も寝具も白で統一されている。
寝具……ベッドは多分、キングサイズぐらいあるんだろうな。
二人で寝ても十分に広い。
「あ、暑いな。 ちょ、ちょっとシャワー浴びてくる」
「う、うん。あ、暑いもんね。私も浴びようかな」
「え……っっ!?」
「え……あ……あ、そ、その、エディーが先に浴びてきて! 私は後で浴びるから!!」
「あ……うん……そ、そうだな!!」
わーん、何を言ってるのよ、私は。
今の感じじゃ、一緒にお風呂に入りたがっているみたいじゃない。
でも、近いうち家族になるんだし、お風呂に一緒に入るくらいならいいのかな。
でも、心の準備が出来ていないのよ!! 心の準備が!!
「じゃ、じゃあ、俺、先に入るわ」
まるでロボットのようなぎこちない動きで手を挙げるエディアルド様。
あ、あんな彼、初めて見るかも。
いつもは積極的に抱きしめてくれるし、キスもしたりしてくれるけど、一緒にお風呂にはいるというのは、彼にとってもまだハードルが高いみたいね。
けれども、これから先のことを考えたら、少しでも長く、エディアルド様と同じ空間で過ごした方がいいのかもしれない。
もし、魔族との戦争で死んでしまったら、あの時エディアルド様と一緒に過ごせば良かった、って絶対後悔することになるから。
もちろん死ぬつもりは一切ないですけどね!
だけど人生は、何が起こるかわからない。
戦争のない平和な日本で生まれた時でも、思わぬ形で死んでしまったんだもの。
今度は絶対に後悔の無いように生きたい。
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