魔族襲来

第139話 苦悩する国王~sideアーノルド~

 僕の名前はアーノルドハーディン。この国の国王だ。

 本来なら第一王子であり、王妃の子である兄上、エディアルド=ハーディンが国王になってもおかしくはなかった。

 だけど兄上は国王になることを辞退し、僕に国王の座を譲ると国民に宣言した。

 僕はあのプライドの高い兄上が国王の座を辞退するとは思わなかったので、とても驚いていた。

 幼い頃から、兄上は勉学や魔術の成績が思わしくなく、傲慢な所もあったから、使用人や平民たちにも評判が悪かった。兄の所業を見るたびに、国王になるのは僕しかいない、と思うようにもなっていた。

 でも最近は心を入れ替えたのか、勉学や魔術も向上し、あんなに見下していた平民の魔術師を師と仰ぐようになり、使用人や同じ学園に通う生徒たちの評判も良くなった。

 だから余計に国王の座を辞退した兄上の考えが分からなかった。


 図らずも国王の座に就いた僕は、まず兄上が行ってきた政策を見直すことからはじめた。

 今はもう国同士の争いもなく、平和な世の中だ。それなのに軍強化を図る兄の考え方はあまりにも危険だったので、手始めに軍事費を大幅に削減した。

 兄上はさらに宮廷魔術師や宮廷薬師の育成の為に、助成金を今までの倍に増やすと父上の前で進言していた。

 宮廷魔術師長と宮廷薬師長に媚びを売っても無駄だ。

 これ以上魔術師や薬師を増やしてどうする? 人件費の無駄だ。だから助成金は今までの二分の一に減らすことにした。そして宮廷に仕える役人たちの給与も高すぎると判断したので、減給することにした。


 僕が国王になった時点で、宮廷魔術師長と宮廷薬師長をはじめ半数の魔術師と薬師が城を去って行った。

 人員は元々削減するつもりだったから問題ないのだけど、上級魔術師と上級薬師が半数も残らなかったのは予想外だった。

 ロバートが将軍を辞してしまった為、僕は以前から目を掛けていた四守護士の一人、イヴァンを将軍に据え、エルダを副官に据えた。


 しかしロバートの意志を継いでいるイヴァンは、騎士達に厳しい訓練を強いているのだという。

 平和な世の中に余計な軍強化は不要だ、と僕はイヴァンに言い聞かせるのだけど、イヴァンは頑なに首を横に振る。


「陛下とて厳しい訓練を経ているではありませんか。我々騎士が陛下よりも楽をしてしまっては示しがつきません」


 僕は別に訓練が厳しいと感じたことはなかったから。なまじ僕が出来すぎたばかりに、騎士たちのハードルが上がったみたいだ。

 ごく一部の騎士はそんな厳しいイヴァンの訓練にやり甲斐を感じているみたいだけど、多くの騎士達の間ではイヴァンへの不満の声は高くなる一方だ。イヴァンの真面目さは好ましく思うのだけど、騎士達の意見も無碍には出来ないし悩ましいところだ。



 もっと問題なのはカーティスだ。

 クロノム公爵が宰相を辞した為、カーティスの父親であるマーティス=ヘイリーを宰相に据えた。だけど、ヘイリー伯爵は宰相に就任して、数ヶ月で倒れてしまった。原因は過労、だという。

 どうも他の臣下たちの仕事も請け負ってしまっていたらしい。

 今は宰相補佐をしていたカーティスが父親の仕事を引き継いでいるけど、仕事のペースがあまりにも遅い。

 執務室には日に日に書類が増えているのに、それがなかなか片付けられていないし、臣下にも的確な指示を出すこともできない。具体的な政策も出せず、問題が浮上しても慌てふためくだけ。

 マーティス=ヘイリー伯爵に頼り切っていた臣下たちは引き続き、カーティスに自分たちの仕事を押しつけているようだった。

 

 結局僕が臣下に指示を送り、政策や解決策も打ち出している。宰相に仕事を押しつけるような無礼かつ無能な臣下は当然解雇。

 正直、宰相なんて地位、いらないな。祖父は宰相なんか置いていなかったみたいだしね。


「陛下、あいつらを解雇してくださってありがとうございます。今の状態であいつらの仕事まで押しつけられたら、私まで倒れてしまう所でした」

「…………」

 

 その前にお前が宰相としての自覚を持て!

 お前の父親もそうだったが、他の臣下たちに仕事を押しつけられている時点で、宰相としての威厳があまりにも乏しいじゃないか。

 あまりの不甲斐なさに、僕はついに堪り兼ね、モニカ宮殿までくっついてくるカーティスを怒鳴りつけた。


「本当にお前は使えない奴だな!! 何故、君はクロノムのように処理ができないんだ!?」


 怒鳴ったのがミミリアの部屋に入った時だったから、彼女は目をまん丸にして驚いていた。

 彼女に怒鳴った所なんか見せたことなかったかなら。

 うかつだったけど、今はこの苛立ちを落ち着かせることが出来ずにいた。

 カーティスは震えた声で言い訳を言う。


「す、すいません。まだ慣れていないもので」

「僕の側近なら、いつまでも甘えたことを言うんじゃない!!」


 

 マーティスはクロノムほど早く処理はできていなかったけど、コツコツと実直に仕事をこなしていたと思う。

 だけど、他の人間がする仕事を請け負うことも多く、眠らずに仕事を続けていた日もあったようで、過労で倒れてしまった。

 マーティスは、上の地位に就くにはいかんせんお人好しすぎた。


 カーティスは急遽、父の代理として宰相の座に就くことになり、大変なのは分かる。

 だけどもうすぐ僕が即位してから半年近く経つのだし、いい加減仕事に慣れて欲しい。

 僕だって最初は父上の公務を引き継ぐのに大変だったけど、半月で慣れたよ。

 すると、カーティスは兄上と僕を比較するようなことを言い出したのだ。


「エディアルド様は私に対してそんなことは言わなかった」

「兄上がお前の無能さに気づくわけがないだろ」

「……」



 その場に居合わせたミミリアも呆れたようにカーティスを見ている。

 カーティス……あんなに兄上のことを馬鹿にしていたくせに。

 都合が悪くなると、向こうの味方になるわけか。こんなどうしようもない奴だったとは思わなかったな。


「不満なら今すぐ宰相を辞めればいい」

「…………!?」

「元々、宰相という地位はハーディン王国にはなかった。あとは僕が全部やるから、君は一度王政から離れるといい」

「わ……私を捨てるのですか?」

「なんでそう言う解釈になるんだよ? 一度、王政から離れて頭を冷やせっていっているの」

「……っっ!!」



 カーティスは悔しそうに唇を噛んでから、扉を叩きつけるようにして出て行った。

 僕は大きな溜息をついて、思わず額に手を当てる。

 ミミリアはそんな僕を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。


「あんな使えない部下がいると、アーノルドも大変ね」

「……」


 聞くところによると、ミミリアは王妃教育もまともに受けておらず、聖女として神殿に祈りに行くこともろくにしていないのだという。

 僕は何度か、ミミリアに注意をしたけれど、都合が悪くなると彼女は泣き出すのだ。


 以前は彼女の抱擁に癒されていたけど……今は何だかウザったい。そんなこと口が裂けても言えないけど。

 小一時間後、イヴァンが僕の元に駆け込んできて報告をしてきた。


「カーティス=ヘイリー卿が若手の騎士達に重傷を負わせました」

「え……!?」

「以前から稽古と称し、度が過ぎた打ち合いをしていたことがあったので、注意してきたのですが」

「そんなことがあったのか!? 何故、早く報告してくれなかったんだ!?」

「陛下も多忙の身。私のみで解決したかったのですが……申し訳ございません!!」

「……」



 イヴァンの話によると、カーティスは新人の騎士たちに、爆破魔術で攻撃をしたのち城を出て行ったそうだ。

 若手の騎士達に当たり散らすほど、宰相という重責に堪えられなかったのか。

 これは僕の人選ミスだ。

 もっとベテランの臣下を選ぶべきだった……でもそのベテランたちも、仕事を部下にまかせるような人間ばかりだ。

 誰だったら良かったのだろうか? やはり宰相という役職自体、廃止するべきだったのか。


 そしてカーティスは、翌日から城に来なくなった。

 頭を冷やしに侯爵領の邸宅に帰ったのかと思ったけど、知らせによると実家には戻っていないとのこと。実家であるヘイリー家にも連絡をしてみたけど、執事が言うには一週間戻って来ていないという。

 いくら待っても城に来ることもなく、実家にも自宅にも戻る気配はない。

 カーティスは完全に消息を絶ってしまった。


 ……宰相という地位は彼には大役すぎたみたいだ。もし、戻って来たら、今度は彼に相応しいポストを考えよう。

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