第126話 オペラ鑑賞②~sideエディアルド~

 マリベールオペラ劇場


 馬車から降りると出迎えたのは絢爛豪華な建物だ。

 ライトアップされたオペラ劇場は夕闇の空を背景に、異様に白く映えた宮殿だった。正面は八つの巨柱がそびえ立っていて、俺は思わず上を見上げてしまった。

 入り口をくぐるとレッドカーペットが敷かれたエントランスホールが広がる。中央に立つコンシェルジュに、名を告げたら、向こうは緊張した面持ちになり、すぐに案内してくれた。

 母上の手紙がちゃんと劇場の館長に届いていたみたいだな。


『誰……?』

『特別席の方へ向かって行くわ』

『外国の王族、貴族の方ね……素敵ね』


 他の客たちの注目を浴びるのは、俺たちが外国人なのもそうだが、女性陣の華やかさが際立っているせいだろう。

 もちろん俺の婚約者が一番可愛くて美しいのだが、デイジーやソニアも、前世で言えばアイドルや女優並の容貌だ。

 …………ま、男性陣も容姿はいいぞ? コーネットも地味だが端正な顔だちだし、ウィストも精悍さと可愛さが同居したような爽やかイケメンだ。俺も地味な前世とは段違いに秀麗な顔に生まれ変わって、有り難いなと思っている。

 しかし如何せんドレスの華やかさ、というのは男にはないからな。

 兎に角、俺の婚約者の美しさがユスティ帝国でも認められるのはとても誇らしいことだ。



 案内されたのはバルコニー席で、舞台がよく見える席だった。

 俺は最前列の席に着くと懐中時計に目をやる。

 開演時間まであと十五分か……女性陣が準備に手間取っている時はどうなるかと思ったが、余裕で間に合ったな。

 ふとクラリスが何か考え事でもしているのか、舞台をじっと見たまま黙っていたので、俺は声をかけた。


「どうした、クラリス」

「あ……いえ……ちょっと気になることがあって。こんな時に話すことじゃないのは分かっているんだけど」

「気になること?」


 俺の問いかけに、クラリスは頷く。

 護衛であるソニアとウィストは、席には座らずバルコニーの両脇に立っていた。

 コーネットとデイジーは少し離れた後ろの席で、楽しそうに話をしている。

 彼らに聞こえないよう、こちらに顔を近づけ、声をひそめてクラリスは俺に尋ねる。


「エディー、セリオットは、やはりあのセリオット=クラインなの?」

「ああ、間違いない」


 周囲に聞こえないように、小さな声で話さないといけないとはいえ、か、顔が近い。

 し、しかも胸の谷間も近い。

 俺は極力冷静を保つために、さりげなく視線を会場の方へやる。


「私、外伝を読んでいないから、詳しくは知らないのよ。本編では仲間に裏切られ、ダンジョンに置き去りにされて死んだ冒険者がセリオットだったこと。彼が幽霊になって勇者たちを案内すること、それからバングルの下に、蛇の入れ墨が隠れていたことが書いてあったのは記憶しているのだけど」

「じゃあ、セリオットが皇族だったことも知らないんだな」

「こ、皇族……」



 外伝を読んでいないのならば、クラリスが驚くのも無理はない。どっから見ても平民の兄ちゃんだからな。

 セリオットが実は皇族の人間だったという事実は外伝にしか書かれていない。本編ではただダンジョンに詳しい幽霊としか書かれていなかった。



「あの蛇の入れ墨はユスティの皇族のみに刻まれるものだ。少し後付けっぽい設定だけどな」


 小説の本編では、アーノルド一行が亡霊となったセリオットの協力を得て、古代人が作り上げたダンジョンをクリアし、勇者の剣を手に入れる。

 ここまではクラリスも知っている小説本編の話だ。

 ここからは運命の愛~聖女ミミリア王妃の戦い~というタイトルの、外伝の話になる。


「外伝によると、セリオット=クラインは、れっきとした皇族の血を引く皇子ということが判明する。彼が死んだのはユスティ帝国第一王子、ヴェラッドの策略だった」

「さっきジョルジュたちを襲撃した冒険者たちの依頼主がヴェラッドだったものね」

「ああ、小説の通りにいけば、セリオットはあいつらと冒険する羽目に陥っていたわけだ」


 悪徳冒険者たちはセリオットとパーティーを組まないよう、他の冒険者たちを脅していたからな。

 同じようなノリでジョルジュたちも脅したら、返り討ちにあったわけだ。


「セリオットは、仕方なくヴェラッドの手先である冒険者たちと共にダンジョンに挑んだ。ヴェラッドにセリオット暗殺を命じられていた冒険者たちは、ダンジョン内にある小部屋にセリオットを閉じ込め、置き去りにした」

「……」


 クラリスは何とも不快な表情を浮かべる。

 あの連中は大金の為に、セリオットをダンジョンの小部屋に閉じ込めた。どんなに助けを呼んでも救助がくることはなく、セリオットは狭い部屋の中、空腹と喉の渇きに苦しみながら衰弱して死んでいった。


「ヴェラッドは、皇太子候補のライバルだった兄弟たちを殺し、皇帝である父親も殺そうとした。皇帝は亡くならなかったが意識不明の重体となり、ヴェラッドは事実上最高権力者となった。そして聖女を手に入れる為にハーディン王国に攻めてくる」

「聖女を手に入れる?」

「舞踏会でミミリアを一目見て気に入ったというのと、聖女を恋人にすれば勇者の力が手に入るとも思ったのだろう」


 惚れやすいヴェラッドは妃以外にも、男女問わず多くの愛人を囲っていた。

 そういえばアドニスも以前口説かれていた、とか言っていたな。

 ミミリアはヒロインだけに愛らしく美しい顔をした女性だ。しかも彼女を手に入れれば勇者の力が手に入る。何としても手に入れたいと思ったのだろう。

 


「最終的にアーノルドの聖剣に胸を貫かれ、ヴェラッドは倒れた。図らずもセリオットの仇を取ることにもなるんだ」

「え……じゃあ、外伝ではハーディン王国とユスティ帝国は戦になるの?」

「ああ。なかなか人間くさくてドロドロした展開に読者がついて行けない感じになっていたな」


 相手が魔物の時は戦のワンシーンもファンタジーとして読むことが出来るが、相手が人間となると、戦のワンシーンは急にリアルなものとなる。

 それについて行けない読者がいても、それは仕方がないことだ。


「皇帝の第四皇妃であるニア妃は小国の王女だった。彼女はセリオットを生んで間もなく亡くなった」

「……」

「自分の先が長くないと予感していたニア妃は、我が子が皇太子候補の争いに巻き込まれることを恐れ、子供が生まれたらすぐに、その子を連れて後宮を去るように専属騎士に告げたんだ」

「そ、そんなこと許される筈が……」

「皇室には死産と伝えたらしい。皇帝や有力貴族の協力もあって、女性騎士は生まれたばかりの皇子を連れて後宮を去った」

「皇帝陛下も協力していたの?」

「皇帝とニア妃は唯一、恋愛で結婚した仲だったそうだ。惚れた女の子供は何としても死なせたくなかったのだろう」

 

 セリオットは、皇帝にほったらかしにされた、と思っているけどな。

 幼い頃は父親の温もりを求めていたこともあっただろうし。

 しかし皇帝は皇帝で、セリオットの存在をひた隠しにするために、表だった手助けは出来なかったのだろう。


「第二皇子、第三皇子を排除したヴェラッドは、これで皇太子候補は自分だけだと思っていたが、皇帝の腹心だった臣下から、もう一人皇子がいることが知らされた」

「それがセリオットだったのね」

 クラリスの問いに俺は頷いた。

「ヴェラッドは死に物狂いで皇子の行方を捜し、セリオットを見つけ出したわけだ。すぐにでも暗殺者を差し向けたかったが、皇帝がヴェラッドの動きに注視していた為、皇室直属の暗殺者を使うことができなかった。だからあの冒険者たちを雇ったのだろう」


 本来だったら死ぬ筈だったセリオット=クライン。

 彼は女性騎士、ボニータ=クラインの息子として育てられた。

 名ばかりの貴族だったボニータの実家は使用人どころか、両親も亡くなっていた。

 女性騎士は皇子と二人、帝都の片隅で慎ましい生活を送っていたという。



「……アブラハムさんも外伝の登場人物だったのね」

「ハーディン王国とユスティ帝国の戦争が起こる前に、マリベールに訪れた四守護士が、新しい武器を手に入れるエピソードがあってな。その時に、魔石と金属を掛け合わせ、強力な武器を作り上げたドワーフ族のことは書かれていた」

「エディーがここに来たのは、勇者の剣を取りに行くことだけが目的ではなかったのね」

「ああ、俺自身の剣を手に入れるのが最大の目的だ。だけど、セリオットと出会えたことで、新たな目的ができた。勇者の剣を手に入れた後、セリオット=クラインを無事に皇帝の元へ送り届けることにする」


 セリオットの存在によって、反第一皇子の勢力が勢いづいて、ヴェラッドの勢力が削がれるからな。

 セリオットは皇帝が本気で愛した女の息子。

 恐らく皇帝からも庇護を受けることになるだろう。

 

「セリオットを皇太子にするつもりね」

「そこまでは介入できないが、ヴェラッドの邪魔はしてやろうと思っている。あいつを皇太子にさせはしない」

「ふふふ……そうやって何かを企んでいる顔って悪役王子そのものね」


 くすくすと笑うクラリスの笑みは何だか妖艶で、彼女の方こそ美しい悪役令嬢そのものだ。

 しかも彼女は少し甘えるようにこちらにしなだれかかり、こちらの顔を覗き込んできた。


「エディー……あまり無茶はしないでね」

「心配するな。負ける戦はしない主義だ」

「そうかしら? ドラゴンを一撃で倒そうとしている人がよく言うわ」

「あれは勝つ戦だよ」


 俺は肘掛けの上にあるクラリスの手に自分の手を重ねた。

 ここが劇場の客席じゃなかったら、彼女を抱きしめて、キスをしていたところだ。

 心配してくれる気持ちが嬉しい。クラリスへの愛しい気持ちが溢れる。

 同時に生まれてくるのは邪な気持ちだ……彼女の全てが欲しくてたまらない。


 荒れ狂いそうになる欲望の波を沈めるべく、俺は一度深呼吸をしてから、懐中時計を取り出し時間を見た。

 あと五分で開演か。

 ただ、時間通りに開演するかどうかは分からないな。日本のように時間厳守の国だったらいいけどな。

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