第125話 オペラ鑑賞①~sideエディアルド~

 アドニスはワインをもう一杯飲んだ後、自分の部屋に戻っていった。

 入れ替わるように、空から甲高いドラゴンの鳴き声が聞こえてきたので、見上げるとクロノム家が飼っているメールドラゴンが舞い降りてきて、テラスの手すりにとまった。

 メールドラゴンは、ドラゴン科の魔物の中では一番小さい飛空生物で、中型犬サイズのドラゴンだ。

 こいつはクロノム家やウィリアム家、シュタイナー家から預かった手紙をこちらに寄越してくれる。

 メールドラゴンがどうやって、俺たちの位置情報を知るかというと、ドラゴンの首輪につけられた赤い魔石と、胸ポケットにつけているピンブローチにはめ込まれた赤い魔石が共鳴し合い、人間には聞こえない音波を発生させるらしい。ドラゴンたちはその音波を手がかりに、俺の元にやってくるわけだ。

 だから俺がどこに移動しても、メールドラゴンは必ず手紙を届けてくれる。

 

 メールドラゴンの首には赤い鞄がぶら下げられていて、その中に手紙が入っている。

 ハーディン王国の政治・経済・軍事の状況を伝える内容の手紙かと思いきや、ピンクのアマリリスが描かれ、銀のラメが散りばめられた封筒だった。


 ……これは母上からの手紙だな。


 クロノム公爵から俺のユスティ行きを聞いたのだろうな。

 俺が勇者の剣を探す旅に出ると聞いたら、きっと反対するだろうから、クロノム公爵は、見聞を広めるための外国旅行へ行っている、と母上には伝えているらしい。


 手紙の内容は、マリベールは暑い所だから水分補給に気を付けるように、とか、いざという時には、外交官の○○に頼るように、とか、もし皇帝陛下にお会いするようなことがあればよろしく伝えてくれ、といった内容の他に、マリベールのオペラは素晴らしいから是非一度見に行くようにと書かれていた。

 しかもそこのオペラ劇場の館長に、席を用意しておくように手紙で伝えてあるから、好きな時に行きなさい、と書かれていた。


 オペラか……なかなかここに来ることもないし、一回見に行くのも良いかもしれないな。



 


 ◇◆◇


 ユスティ帝国に来てから一週間。

 クラリスとのデート先はオペラ劇場になったわけだが、当然護衛が必要になってくるのでソニアとウィストも一緒に行くことに。

 あとデイジーとコーネットもオペラ鑑賞が好きらしく、共に行くことになった。


 こいつはダブルデートどころか、トリプルデートだな。


 アドニスは集まった帝国内の情報を整理しておきたい、という理由でオペラ劇場行きを辞退しているが、本当は俺たちに気を遣ってくれているのかもしれない。

 セリオットはオペラには興味がないので、ホテル内でのんびりするとのこと。

 ヴィネとジョルジュも、子供は出入り禁止の劇場にジンを連れていけないから遠慮しておくとのことで、六人でオペラ劇場へ行くことになった。

 

 六人乗りも可能な大型馬車を予約し、待機させている所だが、女性陣がなかなかホテルのロビーに現れない。準備にだいぶ手間取っているようだ。


 オペラ劇場へ行くと決定するが否や、デイジーはクラリスとソニアを連れて、ホテル内のブティックに飛び込んだ。

 劇場に着ていくドレスを急遽、購入することになったのだ。

 ブティックでは社交界に出る為のヘアメイクも承っている。そうなると、準備も何かとかかるようで……。


 三人ともいざという時の為に、ドレスは持参していたのだが、コルセットで締め付けるハーディ王国仕様のドレスは、常夏の国マリベールではあまりにも暑かったのだそうなると、準備も何かとかかるようで……。

 ブティックでは社交界に出る為のヘアメイクも承っているようだ。




「「「お待たせしました」」」


 女性陣全員が声をそろえて言った。

 

 おめかしを終えた彼女たちを見た俺たちは、思わずその姿に見入ってしまう。

 気のせいか背景がキラキラ輝いている。

 ユスティ帝国――特にマリベールのドレスはハーディン王国のものとだいぶデザインが異なる。

 こっちのドレスはわりと前世でも女優が映画祭の時に着ていそうな、マーメイドドレスが主流だ。マリベールは暑い所だから、コルセットで身体を締め付けるようなドレスは嫌われ、露出度が高い服を着ている女性が多い。

 マーメイドドレスは女神ジュリも好んで着ていたようで、実際に絵画に描かれた女神様も肌を見せた、大胆な衣を纏っていることが多い。故に露出度が高めなデザインでも神聖なデザインという扱いなのだ。


 


 クラリスは胸元を大胆に見せたVネックの水色のドレス、裾は浅めのスリットが入っている。

 本人はもう少し露出度低めのドレスを希望したらしいが、クラリスの体型に合うドレスの中で一番マシだったのが、そのドレスしかなかったらしい。

 何か羽織るものが欲しいと希望したら、ブティックはショールを出してくれたのだが、どう見ても透け感がある。

 デイジーはオフショルダーのドレスでスリットは入っていない。

 一番大胆なのはソニアでホルターネックの紺のドレスに、片足には深めのスリットが入ったデザインだ。

 背中もざっくりと開いていて、三人の中では露出度が一番高い。

 横にいるウィストの顔が真っ赤になっている……おいおい、大丈夫か? こいつ、ちゃんと護衛できるのだろうか。しかも好きな女性が大胆な格好をしているのが嬉しくもあり、複雑なようで。


「そ……ソニアちゃん。そんな軽装備で大丈夫? それに帯剣してないみたいだけど」

「今回は短剣を使うことにしたの。ほら、ここにちゃんと装着できるベルトがあるのよ。便利よね」


 そう言って、ドレスのスリットをまくる。そこには革製のガーターベルトに短剣が装備できるようになっていた。

 女性の足をじっと見るわけにはいかないので、俺はすぐに目をそらした。

 ソニアは新アイテムをドヤ顔で見せているが、好きな娘の太股を間近で見てしまったウィストは慌てて自分の鼻を押さえつけていた……あれは鼻血が出たな。

 一方、コーネットはデイジーの元に歩み寄り、頬を赤らめて言った。


「よ……良く似合うよ。デイジー」

「ほ、ホントですか。あ、あの、コーネット様。今日はお隣の席に座ってもよろしいでしょうか」

「も、もちろんだ。俺も君と一緒に見たいと思っていたから」


 嗚呼……青春。

 初々しくて泣けてくる。コーネット、普段の一人称は“私”だが、デイジーの前では“俺”なんだな。

 コーネットが旅行の同行を希望したのは、様々なアイテムを手に入れたいという気持ちもあっただろうが、この旅を機にもっとデイジーとの仲を深めたいという気持ちもあったのだろうな。

 俺は応援しているぞ、コーネット。あの鋼鉄の宰相を攻略するのは、魔王を攻略するより至難の業だと思うが。

 


 クラリスは一応、肩にショールを羽織っているが、胸元も背中も見せるデザイン 否、魅せるデザインだ。

 ショールは透け感があるので、隠れているようで隠れていない。そのチラリズムがなんとも言えずもどかしく、俺の胸の鼓動がどんどん早くなる。


 ――――落ち着け、落ち着くんだ。エディアルド=ハーディン



 少し離れた場所で壁に手をついて、一度深呼吸をする俺に、クラリスは「?」と首をかしげていた。


 

 オペラ鑑賞に集中出来るだろうか……ちょっと自信がないな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る