第109話 国王崩御、そして……~sideクラリス~
国王陛下崩御
それは病の兆しもなく唐突なことだった。
昨夜、国王陛下はお気に入りの踊り子と共に、一夜を明かしたらしい。
とても妖艶で美しい、その踊り子は翌朝、扉の前で護衛をする近衛兵にこう伝えたのだという。
「国王陛下の伝言です。今日は疲れている故、お昼まで起こさぬよう仰せになっておりました」
踊り子の伝言を伝え聞いた侍従は、正午に寝室を訪れ国王陛下に声を掛けた。しかしなかなか返事がないので、近くに寄ってその顔を覗き込んでみると、目を見開いたまま動かない国王陛下の姿がそこにあったという。
慌てて宮廷魔術師長と宮廷薬師長を呼びに行ったところ、国王は既に息をしていなかったという。
執事から一連の報告を聞いたエディアルド様はさすがにショックが隠せなかったようで、零れそうになる涙を隠すかのように右手で目を覆った。
私は席から立ち上がり、そんな彼を後ろから抱きしめる。
「あの謁見の時が最後になるなんて……一度、ゆっくり話がしたかったんだ。王と王子としてじゃなくて、父と子として」
「エディ……」
「ごめん、もう少ししたら立ち直るから」
「無理に立ち直ろうとしなくてもいいのよ。お父様を亡くしたのだから」
「いや……泣いてばかりもいられない……」
私と違ってエディアルド様は、父親に愛されていた。
周囲はアーノルド殿下ばかりをもて囃していたけれど、国王陛下は息子達のことを平等に接していたそうだ。
前世の記憶が蘇ってからゆっくり話をしたことがなかったエディアルド様にとって、父親の突然の死はかなりショックだったようだ。
身内が亡くなっても、悲しむことすら儘ならないエディアルド様……今の私は、そんな彼に寄り添うことしかできなかった。
◇◆◇
エディアルド様は宣言通り、小一時間もしたら何事もなかったかのように毅然とした態度でエミリア宮殿を後にした。
私もエディアルド様の未来の妻として、共に王城へ向かう。
国王陛下崩御の知らせを聞き、駆けつけたのか外にはウィストとソニアが待っていた。
彼らは護衛として私たちの後に続く。
王城にたどり着くと、側近であるカーティスがロビーで待ち構えていた。
「アーノルド様はもう王の寝室へと向かって……」
カーティスの言葉が終わらない内に、私は奴の頭を叩いたわ。
本当にこんな時でもアーノルド殿下と比べるって……ないわ。
「侯爵令嬢とあろうお方が、なんと乱暴なことを」
「お黙り」
「――――」
抗議しようとするカーティスを私は一言と、ひと睨みで黙らせてやった。
ウィストとソニア、それからカーティスは王の寝室の前で待機。
私とエディアルド様のみが、陛下の対面を許された。
王の寝室にはクロノム公爵をはじめ、ロバート将軍、宮廷魔術師長と宮廷薬師長がいた。
国王陛下の手を取るアーノルド殿下、その側で大袈裟に泣いているミミリア。テレス妃も負けじと大袈裟に泣いている。
……二人とも、自分は悲しんでいますアピールが凄い。
「父は何故亡くなったのですか?」
エディアルド様がそばに居る宮廷薬師長に尋ねると、彼は何とも言えない顔で「毒です」と答える。
「毒を飲んだのか?」
「いえ、飲んだわけでは無く、血管に針をさして直接身体に毒を送り込まれたようです」
注射器のようなものね。
この世界にも注射器は存在するけど、医療にはそこまで活用されていない。大抵は飲用するか、魔術で治すかで事が済むから。
この世界での注射器は実験で使われることが多い機材で、薬師の調合にもよく使われている。
「まさか暗殺に使われるとは……」
宮廷薬師は愕然とした口調で呟く。
前世だったら、ドラマなどで見たことがあるような殺し方だけど、この世界では極めて珍しいことなのね。
現在、国王陛下の部屋に出入りしていた踊り子が行方不明らしい。昨年の舞踏会に踊り手として王城に呼ばれた時に国王陛下が、その踊り子を見初めたみたいなの。
近衛兵によると、昨夜も毎度のように踊り子は国王陛下に呼ばれたらしい。いつもなら翌日の昼頃まで過ごすところを、その日は珍しく早朝に帰宅したのだという。
クロノム公爵が小声で私たちに言った。
「僕は素性の知れない踊り子を部屋に招くことは反対していたんだけどねぇ。でも陛下は彼女に惚れ込んでいたから」
……女好きが仇となってしまったのね。
国民には公表しづらい死因ね。あまりにも体裁が悪いわ。
恐らく暗殺自体は公表されるかもしれないけれど、犯人は愛人だった踊り子であることは伏せられるかもしれないわね。
テレス妃は浮気者の夫に憤ることなく、ただ、ただ悲しげに泣いている。王室にとって浮気など日常茶飯ぐらいにしか思っていないあのかな。どちらかというと、愛よりは権力と結婚したのかもしれないわね。
クロノム公爵はさらに声をひそめて言った。
「メリアだったら泣きながら怒っていたかもしれないね。とにかく国王陛下のことを愛していたから……本当はね、側妃だって迎えて欲しくなかったんだよね。それでも王妃という立場上、その気持ちは表に出さないようにしていたみたいだけど」
そうよね。
いくら多妻が当たり前の世界だからって、愛する人が自分以外の人間に寵愛が向くというのは良い気分はしない。
テレス妃とは親友として接していたけれど、内心はとても複雑だったのだろう。
国王陛下のことを本当に愛していた王妃様は辛いだろうな。自分の身を守るためとはいえ、亡き夫の側にいられないのだから。
王妃様はテレス妃が紹介した薬師によって少量の毒を飲まされ続けていた。
万能薬を飲んだおかげで、身体はすっかり元気になったものの、テレス妃や彼女に味方する貴族たちを欺くために、まだ病床の身であることにしている。
テレス妃が涙を拭いながら上目遣いでクロノム公爵に尋ねてくる。
「クロノム公爵、王妃様はここに来ることは出来ないのですか?」
「テレス妃殿下、実は先ほど主治薬師から火急の知らせが届いたのですが、王妃殿下の容態が急変したようです」
「まぁっっ……何てこと。まさか、そんなことが」
クロノム公爵の報告に驚きの声を上げてから、目にハンカチを当てるテレス妃。
だけど一瞬だけ、その赤い唇がニイッとつり上がったのを私は見逃さなかった。本当に一瞬だったから、誰も気づかなかったと思うけど。
私はぞくっと身震いをした。
笑った……?
王妃様が危篤だと聞いて、今、笑っていたよね?
不意にとんとんと肩を叩かれて、私はぎくっとする。
肩を叩いてきたのはクロノム公爵だ。
いつもはニコニコしている人だけど、今日はどこか穏やかな印象をうける無表情だった。
クロノム公爵はこの場から離れ、隣の部屋へ移動するよう顎でしゃくる。
エディアルド様にも同様に合図を送っていたようで、私たちはそっとその場から離れることにした。
宰相執務室――――
その部屋は、応接セットとデスク以外は何もない、ごくシンプルな部屋だった。
まぁ、壁にデイジーが幼い頃であろう人物画が、でかでかと飾られているけどね。親馬鹿の極みだわ。
クロノム公爵は両手を後ろに組んで、窓の外の景色を眺めたまま、エディアルド様に告げた。
「……エディー、どうも君の旗色が悪くなりそうだね」
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