悪役たちは旅立つ
第108話 束の間の休息時間~sideクラリス~
私の名はクラリス=シャーレット。
ハーディン王国第一王子、エディアルド=ハーディンの婚約者で、学園卒業後、結婚することが決まっている。
先月、私は未来の第一王子妃として、慣習に従い神殿へ赴いた。そして王族の一員として国に尽力することを、ジュリ神に誓った。
『よく来たわね、クラリス……』
礼拝堂に足を踏み入れた時、綺麗な女性の声が聞こえたような気がしたのだけど、あれは空耳だったのか?
空耳にしては、声がリアルに耳に残っているのだけど。
祈りを捧げた後、神殿を統括する神官長が私の目の前に現れた。
そしてとんでもないことを言ってきたのだ。
“これは神託だと思って聞いてください。愚かなエディアルド=ハーディン殿下との結婚を取り下げなさい。そして、アーノルド様の元へ嫁ぐのです”
既に国王陛下により決定されている私とエディアルド様の結婚。それを解消しろと、言ってきたのだ。
あたかも自分自身が神であるかのように振る舞う神官長に、私は不信感を抱いた。
“その件に関しましては謹んでお断り申し上げます”
もちろん私は即座に断ったわ。しかし神官長は私が嫌々エディアルド様と婚約をしていると思い込んでいたらしく、とんでもないことを言ってきた。
“いざとなれば婚約破棄をせざるを得ない状況を作ればよいのです”
“……どういうことですか?”
“エディアルド殿下が罪人になれば、心置きなく婚約破棄できます”
“――――”
思い返すと吐き気がする。
あんな人が神官長なんて。
今度は謹まずにお断りをしたわ。もう、相手を敬う気も失せていたから。
あの時の神官長のこっちを睨む顔は、嫌でも目に焼き付いている。
“どうなっても知らんからな……”
憎らしそうな、おどろおどろしいあの声は、とても聖職者とは思えなかった。
神殿訪問の帰り道、私は聖女の信者たちに襲撃された。一瞬、神官長のあの台詞は、このことだったのか? と思ったわ。
しかし、どうもあの襲撃はミミリアが信者に命じたことらしく、神官長の台詞とは無関係だったようだ。
その後、私が捕らえた信者たちは、解放されてミミリアの元に仕えるようになったらしい。
噂によると、召し抱えられた信者たちは、ミミリアの我が侭に振り回されているようで、私もあの女性信者が、何度も王城とモニカ宮殿を往復している姿を見かけたことがあった。
そういえばクロノム公爵の計らい(?)で、聖女様専属になった騎士たちだけど、その中の何人かが、エミリア宮殿を訪れたことがあった。
「どうかお助けください……!!」
「我々が仕えたいのは清らかな聖女様であり、あんな平民上がりの我が侭男爵令嬢ではありません」
「どうか、クラリス様の専属に」
自分たちが私に言ったことなど、すっかり忘れているみたいだった。
本当におめでたい人たちだわ。
その場に居合わせたエディアルド様がにこやかに笑って言ったけどね。
「クラリスには人事権はないよ。そういうお願いは人事権があるオリバー=クロノムか、アドニス=クロノムにするようにね」
「「「……!?」」」
当然、聖女様の専属以外は認めない、と宣言しているクロノム公爵が、三人の嘆願を受け入れるわけがなかった。
アドニス先輩にも助けを求めたらしいけど、ゴミクズでも見るかのように冷たい視線が返ってきただけだったらしい。
そんな感じの一悶着はあったりしたけれど、神殿訪問後は、比較的穏やかな日常が続いていた。
「今回は、クリア・ライトニングの実践を行う」
ジョルジュ先生を中心に、混合魔術の特訓もはじまり、生徒の中にはイヴァンとエルダの姿もあった。
イヴァンは三日でクリア・ライトニングを完全に習得した。エルダは一週間ぐらいかな?
ちなみにジョルジュは一日、エディアルド様は半日で極めてしまっているので、あの人たちは尋常じゃないわよね。
え? 私?
私はクリア・ライトニングの習得に二週間かかったわ。光の攻撃魔術は、あまり得意じゃないのよ……それでも他の魔術師たちよりは早く修得しているって、ジョルジュは言っていたけど。
どちらかというと炎の攻撃魔術の方が得意なのよね。
できることなら、炎の魔術と清浄魔術の組み合わせである、クリア=フレムのことも学びたい。
でもクリア・フレムの書は、隣国ユスティの孤島にあるダンジョン、ピアン遺跡のどこかにある筈なのよね。
小説では主人公アーノルドが、ヒロインミミリアと、四守護士を連れてピアン遺跡に挑み、勇者の剣を手に入れることになっている。
その時に、クリア=フレムの書も手に入れてきて欲しい所だけど、アーノルドとミミリアには頼みにくいわよね。
四守護士の中の一人、エルダあたりに頼もうかしら? イヴァンも事情を説明したら、手に入れて来てくれるかもしれないわね。
……ただ、あの人達が冒険する気配、全くないのよね。
あの冒険のくだりがあって初めて、主人公やヒロイン、四守護士も成長していくはずなんだけどな。
小説では何がきっかけで冒険へ行くことになっていたんだっけ?
私は海馬を働かせ、記憶を呼び起こす。
そうそう、確かミミリアは悪夢を見るのよね。ハーディン王国が魔物の軍勢に攻められる夢を何度も見るの。
不吉な予感に苛まれた彼女は、神殿に赴きジュリ神に助けを求める。
「女神様、ハーディン王国が魔物に攻められる夢を何度も見ます。これは女神様の神託なのでしょうか?……私はどうしたら良いのでしょう?」
するとジュリ神が答えるのよ。
『ピアン遺跡に向かいなさい。魔族を倒す剣を手に入れ、戦いの経験を重ね、自らの力を高めるのです』
RPGで言う所、難しいダンジョンに挑んで、とにかく経験値を上げろってことよね。
どうやらジュリ神は、そう簡単にチートな力を与えてくれるわけじゃないらしい。
絶大な力を発揮する、極上なエネルギーはくれるけど、そのエネルギーを発揮するスキルは自分で努力して手に入れないといけないようだ。
RPGだったら、最初から最強だと面白くないもんね……小説の世界だと、最初から鬼のように強い主人公もいたりするけど、この世界の女神様はそういうのはお好みではないようだ。
でも、そうなってくると、あのメンバーが、経験値を上げる為に冒険をする可能性は極めて低い。
エディアルド様が言うには、アーノルド殿下はミミリアと違ってかなり努力家みたいで、城内の魔術鍛練所で四守護士と稽古をしたり、近隣の森へ魔物退治に行き、少しずつ勇者としての実力は高めているみたいだけど。
やっぱり冒険へ出て色々な体験をした方がいいと思うのよね。
信仰心ゼロのミミリアが、女神の神託を夢で見ることはなさそうだし、ましてや神殿に行って女神に助けを求めることもなさそう。
「どうした、クラリス。浮かない顔をしているな」
その日、私はエディアルド様とともに、エミリア宮殿の私室で束の間の休息時間を過ごしていた。
忙しい日々の中、限られた時間の間のんびり紅茶を飲む時間は、私たちにとってとても貴重な時間だった。
「ええ……ピアン遺跡にあるクリア・フレムの書が手に入れられたら、と思うのだけど」
「ああ、そうだな。本当なら勇者様や聖女様が挑むダンジョンなんだけどな。あいつら、冒険に行きそうもないしな」
「そうなのよね……」
私は溜息をついてから、クッキーを一枚頂く。
エディアルド様と初めて出会った時のお茶会で食べたこのクッキーは、今や私の大好物となった。
「いざとなったら、俺たちが取りに行くしかないのかな……」
エディアルド様がぽつりと呟いた時、いつになく忙しなく扉をノックする音が響き渡る。
中に入るよう、声を掛けると女性執事が顔を蒼白にして私達に報告をしてきた。
「第一王子殿下および、クラリス=シャーレット侯爵令嬢にご報告申し上げます。先ほど国王陛下が崩御されました。第一王子殿下、至急王城にお戻りください!!」
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