第110話  悪役王子と鋼鉄の宰相①~sideクラリス~

「……エディー、どうも君の旗色が悪くなりそうだね」

「旗色?」

「テレスちゃんは何としてでも自分の息子を王位に就かせるつもりだ。だから強硬手段に出た」

「……」


 強硬手段が何を指すかはもう言うまでも無い。

 踊り子とて城内に入るときには必ず身体チェックをうけている筈。その時点で咎められなかったということは、毒は城内で手に入れたということになる。

 テレス妃は親友面して、王妃様に毒を盛るような人だ。それにバートン薬師が調合した毒薬を、所持している可能性が高い。


 私は頭を抱えたくなった。

 小説では国王は毒殺されたわけじゃなく、病死だった。しかも亡くなる時期も早い。

 テレス妃は何故そんな強硬手段に及んだのか?

 エディアルド様は訝るようにクロノム公爵に尋ねる。


「テレスは何故ここに来て強硬手段に出たのです? 多くの有力貴族達はまだアーノルド側に付いていますし、何より神殿の後押しがある。現時点ではアーノルドの方が優勢だった筈です」


 前回の国王謁見にて、多くの貴族達のエディアルド様に対する印象が変わったものの、それでもアーノルド殿下を支持する貴族の方が多いことは確かだ。テレスと結びついた貴族達はアーノルド殿下の才覚以前に、利権で結びついているからだろう。

 クロノム公爵は窓の外に目をやったまま、語りはじめた。

 

「陛下は僕に絶対的な信頼を置いていたからね。ある日、二人でを食事をしていた時に話してくれたんだよ。皇太子は君にしたいって」

「父上が」

「この前の国王謁見の時に、君とアーノルドの言動や立ち振る舞いを見比べて、明らかに才覚の差を感じたみたいだよ。君は確実に国を守ってくれる王になると確信したみたいだ」

「……」

「僕も陛下と同意見だよ。この国の王は君の方が相応しいと思っている」


 

 陛下はエディアルド様の能力を認めてくださっていたのね。

 エディアルド様も出来ればお父様自身の口から聞きたかっただろうな。

 クロノム公爵は話を続ける。

  

「僕たちの会話を聞いていた人間が何人かいた。僕たちを守る近衛兵、メイド、執事長もあの場に居合わせていたね。僕も陛下が皇太子に関する話をすると分かっていたら人払いさせていたんだけどね。陛下も君の成長が嬉しかったのか、あの時はいつになく酔っておられた」

「……」


 普段だったら国王様だって軽はずみに皇太子の話を人前で口に出したりはしなかった筈だろう。

 だけど、今まで心配だった息子が、頼もしく成長した姿を見て、嬉しくなって、いつもより飲んでしまった。そして、ついつい心に秘めていたことが口から出てしまったのだろう。


「すぐに箝口令も敷いたけれど、結局テレスちゃんに伝わってしまったみたいだ。あの中にいた誰かがテレスちゃんと通じていたのだと思う」

「父上の言葉を知ったテレスは激怒しただろうな」

「……国王の母になることを夢見る彼女にとって国王陛下は邪魔な存在になった」

「……」


 だから、殺したの?

 恐らく踊り子は暗殺者だったのだろう。国王を籠絡し、いつでも殺せるような状況を作っていた。

 国王陛下とクロノム公爵の会話の内容を知ったテレス妃は、踊り子に命じたのだ。国王を殺すように。

 あの笑顔はやっぱり気のせいじゃなかったってことね。

 思い通りの展開に、上手くいった! という喜びが一瞬だけ顔に出てしまったのだろう。


 国王陛下に対して愛がないのは分かっていたけれど、側妃がわざわざ国王に愛人を宛がうなんてね……まぁ、寵愛されなくなった妃が、自分の地位を守る為に、息の掛かった若い娘を王様に宛がうという話は、よくある話ではあるけど。


 国王陛下も亡くなった今、テレス妃はここぞとばかりに味方の貴族達を総動員し、アーノルド殿下を王に立てるだろう。


“どうなっても知らんからな……”


 不意に私は神官長の言葉を思い出す。

 あの言葉は、もしかしたら今のこの状況のことを指していたのかもしれない。



「エディアルド様……テレス妃はあなたに国王陛下毒殺の冤罪を着せる可能性があります。この前、神殿を訪問した時に、神官長が私に言っていたのです。アーノルド殿下と婚約するように。エディアルド殿下が罪人になれば、心置きなく婚約破棄ができます、と」

 私の報告に、クロノム公爵が、さもありなん、と言わんばかりに何度か頷く。

「ああ、あの神官長は、テレスちゃんからいっぱい融資してもらっているからね。テレスちゃんの言うことは何でも聞いちゃうと思うよ」


 ああ、金にまみれたクズ神官……。

 クロノム公爵は顎をさすりながら、さらに言ったわ。


「第一王子が王位への野心があるが故、国王を殺した、という噂を流した上で、行方をくらませている踊り子に裁きの場に出てもらって“エディアルド殿下の命令で毒を盛った”と自白させる……というシナリオかな」


 私が神殿を訪問した時から、そういう計画が密かに進められていたのね。

 テレス妃といい、神官長といい魔族も仰天するような悪行を平然とやってのけるなんて。

 しかしエディアルド様は、動揺一つ見せず冷静な口調で言った。


「とりあえず俺は王位を放棄することを宣言しようと思う。ここで野心がないことを主張すれば、骨肉の争いは避けられるし、テレスも俺に冤罪を着せにくくなる。王を殺す動機がなくなるからな」

「君はそれでいいの?」

「元から王位に就こうとは考えていなかったので。父上と母上が築いてきたものを守る為に国防には力を入れようとは思っていましたが、それが出来なくなるのが残念です。アーノルドが国王になれば、俺は政治の介入ができないよう遠ざけられると思うので」



 少し寂しそうに呟くエディアルド様に、私は悔しい気持ちがこみ上げてくる。

 王族の一人としてエディアルド様は、国を守ることを考えてきた。

 それなのにそれを認めようとしない人たちが台頭するなんて……本当に悔しいけど、権力争いというのはそんなものなのだろう。

 結局、より多くの利権で結びついた人間が頂点に立つのだ。

 でも仕方がない。

 この世界の主人公たちはあくまでアーノルドとミミリアなのだから。

 本来悪役である私たちは退場しなければならない。

 その時クロノム公爵が冷ややかな声で言った。


「僕の力をもってすれば、あの女を処刑台に送ることはできるけど?」


 

 こ、怖い発言が出てきたっ!! あの女ってテレス妃のことだよね?

 ほ、本当に鋼鉄の宰相なんだなぁ、デイジーのお父さんって。顔は穏やかな笑顔だけに台詞が空恐ろしく感じてしまう。

 しかし、エディアルド様は流石というか、顔色を変えずに落ち着きを払った声で言った。


「公爵、まだ呪術師は捕まっていないのでしょう? テレスを追い込むのには呪術師の供述が必要になる」

「別に捕まえなくても、宮廷魔術師長を監禁して、不眠不休で術式を解かせれば。十日間くらいで呪いを解くことができると思うよ。呪術さえ解くことができれば、バートン君もすぐに供述してくれる筈だし」


 お、恐ろしいこと言っているんですけど!? 宮廷魔術師のおじいちゃんが可哀想だから、それはやめてあげてほしい!! しかもその口ぶりだと、呪いがちゃんと解けるのかどうかも怪しい。


「何らかの理由を付けて、テレスちゃんやテレスちゃんの関係者の部屋を捜査することも可能だよ? 絶対どこかに毒を隠し持っている筈だからね」


 何らかの理由って……どういう理由をでっち上げるつもりなのかしら。証拠となる毒だったら、とっくに始末してそうだけど。あ、でも始末するにしても、ゴミ箱に捨てるわけにはいかないし、誰かに頼んで遠くに捨てさせるにしても、使用人も王城の出入り口で身体チェックを受けるから難しいか。


 もしエディアルド様に冤罪を着せるような事態になったら、クロノム公爵はあらゆる手を使ってテレス妃を処刑台に送ろうとするんだろうな……うん、頼もしいような、怖いような。

 とにかくこの人が味方で良かった、と心の底から思ったわよ。

 だけどエディアルド様はクロノム公爵の申し出に首を横に振った。



「もし、何らかの理由をつけてテレスを処刑台に送れば、勇者であるアーノルドに恨まれることになります。弟は母親がどんな悪人か知らずにいる。仮にテレスの部屋から毒が発見されたとしても、今の時点では、母親はクロノム公爵に嵌められたんだと思うに違いありません」

「僕的には勇者もいなかったことにしたいけどね」

「魔族を相手にする以上、聖女も勇者も排除するわけにはいきません」



 一際、強い口調でエディアルド様は言った。

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