第96話  そして翌日~sideクラリス~

 翌朝


 あ、あれ?

 いつ眠ったのだろう?

 寝間着に着替えずに寝てしまった。

 キョロキョロと周りを見回してみると…………ん?


「ZZZZZZ」


 規則正しい寝息が聞こえる。

 恐る恐る寝息が聞こえてくる方向へ顔を向けると……う、嘘でしょ!? エディアルド様が隣で眠っている。

 私はかぁぁっと顔が熱くなるのを感じながら、記憶をほじくり返す。


 え、え、え? ?

 

 どう考えてもエディアルド様とお話をした記憶しかない。

 服もそのままだし、エディアルド様も服を着たまま眠っているし。多分、同じベッドで一緒に眠っただけだと思う。


 とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着かせよう。


 話をしている内に寝落ちをしてしまったんだろうな。エディアルド様がベッドまで運んでくれて、部屋に戻るのも面倒になったのか自分もそのまま寝たのだろう。

 私はエディアルド様の顔をじっと見詰める。


 ……大知君か。二人きりの時、前世の名前で呼び合うのも有りかな?


 でも金髪碧眼の青年に向かって大知君って呼ぶのも、ちょっと変な感じね。

 前世では、会社の人事部だったと聞いて、ちょっと納得。初めて出会った時、私を観察するような目で見ていたのは気のせいじゃなかったのね。


 私はエディアルド様の金髪を触ってみる。さらさらとした綺麗な髪だ。

 こうして見ているとお人形さんみたいね。

 非の打ち所がない美形だ。小説では彼は顔だけ良くて、どうしようもない馬鹿な設定だったけれど、この顔で秀才だったらもう最強ね。主人公のアーノルドが霞んでしまうわ。

 ふとエディアルド様が目を覚まし、少し寝ぼけ眼でこっちを見た。


「クラリス……昨日は良かったよ」

「!?」


 私の顔が瞬間湯沸かし器のごとく急激に熱くなる。

 いやいやいや、紛らわしい言い方しないでよ!!

 昨日は色々話が出来て良かった、と多分言いたかったんだと思う。でも色々話が出来てという部分が抜けたら、ものすごく紛らわしい。

 エディアルド様は欠伸をしてから、ぐっと身体を伸ばす。


 う……欠伸する顔、可愛い。


 もうこんなときめくような恋はしないだろうって思っていたのに。彼の仕草一つ一つにきゅんとする。

 恋、しているんだな。

 大好きな人が自分の婚約者だなんて、私は何て幸せなのだろう? 

 エディアルド様は私の唇にキスをする。唇だけじゃなくて、頬や額、首筋にも。


「エディ、これ以上は」

「うん……我慢する」


 少し子供っぽく拗ねた表情を浮かべ、頷く仕草も可愛い。

 エディアルド様はベッドから降りると、いきなり上着を脱ぎ始めた。

 私は目をまん丸にする。

 すご……背筋の陰影がくっきりとしている。鍛えていることは知っていたけれど、こんな見事な肉体だとは思わなかった。

 って、何脱いでるの!? 

 ドキドキする私に、エディアルド様は振り返って言った。



「ちょっとシャワー借りるよ。服のまま寝てしまったから汗掻いたよ」


 な、何か、突然部屋に泊めることになった会社の同僚とか先輩が、翌朝に言いそうな台詞だ。

 ここは宮殿の一室で、彼は王子様なのにね。

 ホント、不思議だなぁ。

 私もベッドから降りて、軽く身支度を調えると、侍女を呼んで男物の服をもって来るようにお願いした。


「あと殿下がここにいることは内密に」

「勿論心得ております」


 メイドは表情を変えずに一礼する。セレンという名の三十代半ばのこの女性は、元々王妃様に仕えていた優秀な侍女だ。エディアルド様がこの部屋に泊まっていることは知っていても、見て見ぬ振りをしてくれている――――まぁ、内心、色々と誤解しているとは思うけれど。

 ほどなくして着替えを持って、侍女は部屋に戻ってきた。エディアルド様の部屋まで走って着替えを取りにいったらしく、少し肩で息をしていた。

 

「どうもありがとう。ご苦労様」


 セレンに礼を言ってから着替えを受け取った私は、とりあえずそれをベッドの上に置いた。

 すると浴室から腰にタオル一枚を巻いたエディアルド様が出てきて、私の心臓は跳ね上がる。

 正面も見事な身体だ。腹筋が割れていているっっ。理想的な細マッチョだ。

 と、とりあえず着替えシーンは見ないようにしなきゃ。

 前世とは違って、結婚までは清い関係でいるのが当たり前な世界だ。まだ結婚していないんだし、見るのは失礼にあたる。

 思わずぎゅっと目を閉じる私に、エディアルド様がクスッと笑って抱きついてきた。

 うわわっっ、上半身まだ服着てない!!


「早く君と結婚したいな。そうしたら色んな事ができるのに」

「い、色んな事って?」

「答えた方が良い?」

「こ、答えなくていいですっっ!!」


 私は首をぶんぶんと横に振る。

 そんな美しい顔で具体的なこと言わないでぇぇぇ。

 恥ずかしがる私の反応が可笑しいのか、クスクスと笑ってからエディアルド様は私の額にキスをした。

 心臓がどっきん、どっきん、と自分でも聞こえるんじゃないかってくらいに高鳴っている。


「今の君の顔、たまらなく可愛い」

「え、エディー」

「……本当に理性が飛びそうになるな。正直、自分でもびっくりしているんだ。前世ではどっちかというと草食だったから」

「そ、そうなの? 恋愛経験は」

「残念ながらまともな恋愛をしない内に死んだから」

「そうなんだ……でも、恋愛しているから良いとも限らないわ。だって私は」


 前世の失恋のことを思い出し、私はエディアルド様の背中に手を回した。

 前の彼に未練があるわけじゃない。もう相手の顔すらも曖昧になっている。

 だけど、結婚を目前にして婚約破棄になったあの喪失感だけは忘れられない。

 今でも心のどこかで、もしまた結婚間近に婚約破棄になってしまったら……と考えてしまう自分がいる。


「誰が君をそんな顔にしたんだ?」

「エディ……」

「前世に辛い恋をしていたんだろ? もしそいつがいたら俺は間違いなくぶん殴っている」

「ありがとう。でももう顔も思い出すこともないくらいどうでもいい人よ。その人とは結婚する予定だったの。だけど彼は別の若い女の子が好きになって」

「君を捨てて、その女に走ったわけか。とんだクズだな」

「前世で大知君に会いたかったな」


 私はエディアルド様の胸に額をくっつけた。

 彼の温度、それから心音も聞こえてくるのにホッとする。ここは小説の世界じゃない。私たちが生きていく世界なんだ。


「でも今、俺たちは出会うことができた……この世界に生まれ変わって俺は良かったと思っているよ」

「私も貴方に出会えて良かったと思っている」



 私たちはもう一度キスをした。

 今までに無く長くて深いキスを何度も繰り返す。

 昨日言えなかったことも言うことができて、私は安堵のあまり力が抜けて行くのを感じた。

 エディアルド様は前世に婚約破棄していた私に引くこともなく、それどころか自分のことのように怒ってくれた……もう、それだけで婚約破棄した時の痛みが癒やされるような気がした。


「クラリス、ここが小説の舞台だろうと、どこだろうと関係ない。とにかくお互いが幸せになる道を探していこう」

「ありがとう、エディー」



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