第95話 前世の記憶を持つ者たち②~sideクラリス~
エディアルド様はじっと私の目を見詰めていた。
私も吸い込まれるように彼の空色の目を見詰めながら、ゆっくりと首を縦に振る。
「はい、エディアルド様。私には前世の記憶があります」
「やっぱり。ははは……お互い今になって気づくとはな」
驚きと、嬉しさ、何とも言えない安堵の気持ち。
今の私の心はぐちゃぐちゃだった。
エディアルド様は空を仰ぎ、自分の事を話し始めた。
「俺は運命に抗う為に、自分を高めてきた。魔術、薬学、体術、剣術。人間とも魔物とも戦いを重ね経験を積んできた。君も懸命に、魔術や薬学を極めてきた。何があってもいいように、一人で生きていけるように」
ああ、やっぱり私と同じように、バッドエンドを回避する為に、自分を高めていったんだ。
だから小説のエディアルドと全然違うキャラクターだったのね。私のように運命に逆らって、小説とは違う道を歩んできたから。
「君も俺と同じように生きてきた……本当に、もっと早く気づいていたらな」
「私もそう思います。だけど、今、気づくことができてよかった」
私の言葉にエディアルド様は、こちらの顔を覗き込んで尋ねてくる。
「君は例の小説のことは知っていたの?」
「……はい。あの小説の世界だって分かった時、すごく怖かった」
今まで誰にも言えなかった私の不安。
それをようやく私は口に出して言うことができた。
今までずっと張り詰めていたものが弾けた感覚がして、目からぽろぽろと涙が出た。
エディアルド様の手が肩から背中に回り、私の身体をきつく抱きしめる。
「そうだよな。小説の通りの展開だったら、クラリスもエディアルドも死ぬことになってしまう。どんなに抗っても、小説の通りの展開になってしまうんじゃないか……そんな不安がつきまとうよな」
「……あなたがミミリアと出会った時も、凄く不安でした。ふとしたことで彼女のことが好きになってしまうんじゃないかって」
「俺があの娘を好きになるなんて有り得ない。全くタイプじゃないし。それに君がアーノルドを避けていたように、俺もあの娘を避けてきたからな」
そうよね、エディアルド様が小説の内容を知る転生者だったら、バッドエンドを回避の為にミミリアと会わないようにするわよね。
今思うとあの出会いもミミリアが強引に作り出したものだってことが良く分かる。
「俺が好きなのはクラリス、君だけだよ。俺は生涯、君だけを愛するよ」
「私もです、エディアルド様」
もう一度、目と目が会った時、私とエディアルド様は引き寄せられるようにキスをしていた。
お互いの唇の柔らかさを確認するかのような触れあうキスを何度か繰り返してから、エディアルド様は私の頬に触れて言った。
「クラリス、そろそろ敬称つけるのもやめにしないか? 出来ればエディーって呼んでほしいな。あと敬語も禁止」
「そ、そんないきなりは」
「いきなりじゃないだろ? 出会ってから半年以上も経つのに」
そ、そうよね。
もうエディアルド様という呼び方が慣れてしまって……でも、そろそろ愛称で呼んでもいいのかな。
「前世の君はどんな人だったの? あ、そもそもどこの国の人?」
「前世の私は日本人です」
「やっぱり……あの小説は海外でも読まれているから、日本以外の国も考えていたけれど」
「ということは、あなたも」
「ああ、日本人だ」
前世の出身国も同じで、ますます嬉しくなる。
同じ日本の記憶を持った人が目の前にいる。日本のことも沢山話ができそう。
「俺の前世は普通の会社員だったんだ。まさか王子に生まれ変わるとは思わなかった」
「私も普通の会社員でしたよ。まさか侯爵令嬢に生まれ変わるとは思いませんでした……しかも、結構悲惨な環境でしたし」
「つまり前世だったら普通の男女として出会っていたワケだから、前世と同じノリで話をしよう。敬語、禁止な」
「ぜ、前世のノリって」
初めて聞いたわよ、そんなノリ。
もしかしたら年も近いのかな?
話をしていても、他の同級生と比べても落ち着く感じとか。
「じゃあ、前世の名前覚えてる?」
ちょっと怖々とタメ口で聞いてみる。
エディアルド様は嬉しそうに頷いて答える。
「前世の名前は結城大知」
「ユウキタイチくんかぁ」
ユウキタイチ……初めて聞く名前じゃないような? ?
うーん、前世の記憶も曖昧になってきちゃっているから思い出せないな。
「君の名前は?」
「私は山本穂香だよ」
「ヤマモトホノカ……あれ? 俺たちどこかで会ったっけ? ?」
「うーん、会っていないと思うけれど、前世の記憶を全部覚えているわけじゃないから」
「俺もだよ。でも前世で会っていたら、ちょっとロマンチックだな」
エディアルド様はくすくすと笑って私の額に、自分の額をくっつけた。
なんか不思議な感じ。
前世、あんな男じゃなくて、あなたと先に出会っていたら良かったな。
「エディアルド様……」
「敬称もいらないって言っただろ?」
「つ、つい癖で」
「俺が会社の同僚だと思ってさ、二人きりの時だけでいいから、エディーって呼んでよ。愛称で呼んでくれた方が君と家族になった感じがするから」
そ、そんな事言われても、そんな金髪碧眼の美形の同僚なんか前世にいなかったから、イメージ湧かないわよ。
でも、本人が希望しているのだから、エディーという呼び名に慣れないとね。
「…………わかったわ、エディー」
「その調子だよ、クラリス」
そう言ってエディアルド様はもう一度、私の唇にキスをした。
あ、ちなみに二人きりの時にはエディーって呼ぶけれど、公式の場では今までのようにエディアルド様と呼ばせていただきます。
私は彼の背中に手を回す。
キスを続けたまま、お互いの身体をきつく抱きしめ合う。
もし今の身分を失って、国外へ追放されるようなことがあっても。
この人となら一緒に生きて行くことが出来そうな気がする。
冒険者として旅をしながら生きて行くのもよいし、のどかな村で薬を売りながら、のんびり暮らすのもいいし。
どんな道を歩むことになろうと、あなたと生きていけるのなら私は幸せだ。
「クラリス、冷えてきたから部屋に戻ろうか」
「そうね。何か温かいものを飲もっか」
その日私たちは、温かいお茶をのみつつも、沢山の話をした。
まず、どこの県の出身か、亡くなる前はどこに住んでいたか。
お互いに東京生まれで東京育ちであることが分かった。
前世の兄弟関係は私には兄がいたこと。エディアルド様には弟と妹がいたらしい。
例の小説について、私は姪に薦められ、エディアルド様は妹に薦められたのだとか。
「私の姪はアドニス推しだったわ」
「俺の妹はジョルジュ推しだった。ちなみに君の推しは?」
「私の推しはエディーに決まっているじゃない」
「いや、小説のキャラの推しのことだ。小説のエディアルドは最悪だろ?」
エディアルド様、照れている。可愛いなぁ……あ、すいません。何だかイチャついてしまって。
だって前世のことが話せる日が来るなんて思わなかったんだもの。
前世、どうやって生きてきたか。前世の記憶が蘇ってから、どう生活が変わったか。記憶を思い出す前はどうだったか。
私たちはたくさんの話をした。
一晩だけじゃきっと話しきれないわね。
まだまだ話したいことがあるから。
ただ一つ。死ぬ前に婚約破棄した黒歴史だけは言えなかったけどね。
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