第90話 ジョルジュの想い②~sideエディアルド~

「師匠に向かって何をしやがる!?」

「うるさい、女の敵!」

「今は酒も飲んでいないし、女友達いないし、借金だって返済したからな!」

「ふーん、どうなんだか」

 

 クッションをぶつけられた鼻先をさすりながら、抗議するジョルジュに、クラリスはぷいっとそっぽ向く。

 確かに言葉に出して言うとジョルジュはとんだクズだな。例え改心しても、そう簡単に自分の大切な師匠は任せられないという、クラリスの気持ちもよく分かる。

 俺は苦笑交じりにジョルジュに言った。


「まぁ、同居を許して貰えているだけでも大いなる進歩だろ。今までしたことのツケが今に返ってきていると思って、辛抱強く接するしかないな」

「お前、時々十八歳の小僧らしからぬ言葉吐くよなあ」



 ジョルジュの言葉に俺はぎくっとする。

 ま、まぁアラサーだったころの前世の記憶があるからな。その記憶が俺にこんな台詞を吐かせているのだ。

 しかしジョルジュは俺たちの方を見て、ふっと表情を和らげる。


「でも、俺は今の生活、結構気に入っているんだぜ。お前らが真剣に俺の話を聞いてくれてな。俺が教えたことを、きちんと生かしてくれている。先生になるのも悪くないなって最近は思えるんだ」

「「……」」


 実力はあったのに、宮廷魔術師たちの間では、今まで鼻つまみものだった彼にとって、俺たちの存在はとても新鮮だったようだ。

 

「お前らほど真っ直ぐな目で俺のことを見てくれる奴なんていないぜ? 教えることは、もう殆どないけどな。それでも、そんなキラキラした目で見られると、何でも良いから俺の知っている知識をお前らに教えてやりたくなるんだよ」


 

 確かにジョルジュからはもう殆どの魔術を学び終えている。あとは私生活には役立ちそうもないマニアックな魔術がいくつかあるくらい。ヴィネに至っては、薬学に関しては教えることがないわ、と言って最近は菓子の作り方ばっかり教わっている。

 ジョルジュは寝返りを打って俺たちの方をじっと見て言った。


「ヴィネだって同じ気持ちなんだと思う。お前らって変だよな。一人は王子様で、一人は侯爵令嬢様だっていうのに、二人ともどっか庶民じみてんだよなぁ」


 俺は庶民だった前世の記憶があるからな。ただ、クラリスは実家で庶民以下の生活を強いられているからだとは思うが、それにしても平民の生活によく馴染んでいるなと思うことがある。

 だから、俺は思うのだ。

 クラリスとだったら、何処ででも一緒に生きていけるだろう、と。

 ふとジョルジュは寂しそうな笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。


「……あとどれくらい、お前達の教師でいられるんだろうな」



 上級魔術師の資格を取った今、もうジョルジュから卒業しても良いのだけど。

 殆ど学ぶことがない今でもジョルジュやヴィネに関わろうとしているのは、俺もクラリスも兄弟に恵まれていないから、いつの間にかジョルジュやヴィネのことを頼りになる兄や姉のように思っていた所はある。

 ジンも弟のように可愛いしな。

 五人で魔術の勉強をしたり、薬を作ったりする時間が、とても居心地がよかったのだ。

 出来るだけそんな時間が長く続けば、と今でも思っている。

 だから、俺はジョルジュに告げる。小説ではミミリアがジョルジュに言っていた言葉だけど。


「例え俺がどんな道を歩もうと、あんたは一生俺の師匠だよ」


 一瞬、クラリスの身体がびくんっと震えたような気がした。

 彼女の方を見ると、目を丸くしてこっちをみていた。……さすがに小説の台詞を言うのはクサかったかな。

 クラリスはすぐに何事もなかったかのようににっこり笑って、ジョルジュの方を見た。


「まだまだ教えて欲しいことが沢山あるわよ。例えば帝都にある美味しいパン屋の店とか、綺麗なお花が売っている店とか」

「エディー、クラリス……」



 ジョルジュは嬉しそうに頬を緩ませながら、鼻の頂を指で掻いている。

 本当にジョルジュには感謝している。

 ハズレ王子と言われてきた俺を見捨てること無く、ずっと真剣に向き合ってくれて。

 小説とは違い、好きな女性と幸せになって欲しいと心底願っているよ。

 小説の中のジョルジュ=レーミオはあまりにも可哀想な結末だったから。

 

 ◇◆◇



「死ぬが良い、忌まわしき聖女!!ダーク・アロー」


 ディノが呪文を唱えると、いくつもの漆黒の矢がミミリアに降りかかってきた。

 不意を突かれ、避けられずにいた聖女を庇ったのは、魔術の師匠であるジョルジュ=レーミオだった。


「ジョルジュ先生!」

「ジョルジュでいいって言っただろ?」


 ジョルジュ自身も既に魔力が尽きて、防御の呪文を唱えることができなかった。

 だからミミリアに襲い掛かってくる矢を全身で受け止めた。


 “ミミリア、これでお別れだ……。俺をここまで本気にさせた女はお前が初めてだった”


 想いを言葉に紡ぐことはできない。

 全身に闇の魔術を受けた瞬間、ジョルジュは絶命していた。

 ただ彼の一途な想いだけは、ミミリアの心に伝わってくる。

 聖女の嘆きが、天に轟いた。

 


 小説 運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~より抜粋


 

 もしこの世の中の未来が小説の通りだったとすれば、ジョルジュ=レーミオは報われぬ想いを告げることもできないまま、ヒロインを庇って死んでしまう所だった。

 だけど実際のジョルジュは違う。

 彼の一途な想いは、ヒロインとは違う女性に向けられるようになり、そしてついに報われることになったのだ。




 二ヶ月後――――


「おめでとう!! ジョルジュ」

「おめでとう!! ヴィネ」


 俺とクラリスは恩師に向かって祝福の言葉を贈った。

 エミリア宮殿 礼拝堂

 女神ジュリ像が見守る中、真っ白な宮廷魔術師のローブを纏ったジョルジュと、真っ白なウエディングドレスに、薬草と薬実が描かれた紋章が刺繍された薬師のマントを羽織るヴィネ。


 思わず溜息がでるくらい美しい光景だった。

 特に背景はステンドグラスで彩られていて、よりいっそう二人を輝かせていた。

 長いヴィネのマントは、義理の息子であるジンが持っていた。

 エミリア宮殿専属の女性神官が二人に告げる。


「では、誓いのキスを」




 二人が唇を重ねようとした時、バンっと礼拝堂の扉が開かれる。

 何だ、何だ? 

 振り返るとそこにはショッキングピンクのど派手なドレスを着たミミリアが、鬼のような形相で部屋に飛び込んできた。

 ジョルジュの顔が恐怖に引き攣る。


「げ、猪女」

「あ、あの娘があんたを追い回していた娘?」


 ヴィネがジョルジュの腕をぎゅっと掴んだ。


 聖女様が何でこんな所に?

 あ、そうか。

 確かつい最近、帝都で買い物をしていたミミリアが誘拐されそうになったんだよな。幸い、四守護士のエルダがいたから、誘拐犯はすぐに取り押さえられたらしいけど。

 それを聞いたアーノルドが、ミミリアもクラリスと同じように保護するべきだと主張したらしい。

 神殿の意向もあって、ミミリアは先々代の聖女の別宮、モニカ宮殿に滞在することになったのだ。

 王城内にある聖女の宮殿はクラリスが住むエミリア宮殿と、ミミリアが住むモニカ宮殿の二つだが、この二つの宮殿は向かい合って建っている。

 ミミリアが王城敷地内にいることは分かるが、招待客以外はエミリア宮殿に入れるな、と命じたはずなのに、衛兵は何をやってるんだ? 

 ミミリアはジョルジュとヴィネの方を見て、烈火の如く怒り狂う。


「ちょとぉぉぉ! 何であんたが別の女と結婚してんのよ」





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