第91話 ジョルジュ対ヒロイン~sideエディアルド~
一瞬、映画のワンシーンでも見ているのかと思ったぞ。
ショッキングピンクのドレスは、厳然とした礼拝堂の雰囲気には全くそぐわない色合いだ。
可憐な容姿が台無しになるような般若の形相を浮かべ、ミミリア=ボルドールは吹き抜けの天井に響く怒声を上げる。
「信じられない、誰よ!? その女は」
「いや、お前こそ誰だよ?」
どうやらジョルジュはミミリアの名前も知らないようだ。
街で出会った時は本当に一方的に追いかけられていただけなんだろうな。
名前も知らない女が鬼の形相で追いかけてくるなど、もはやホラーの領域だ。
「何で俺をつけ回すんだよ? 俺とあんたは知り合いでもなんでもないだろ」
「この前知り合ったじゃない!?」
「あんたが一方的に追い回しただけだ」
うん……完全に危ないストーカー女だ。
雌イノシシと聞いてまさか、とは思っていたが、やっぱりミミリアだったんだな。
「ジョルジュが逃げ回るからいけないんでしょ!? あんたはねえ、私のために魔術を教えて、私のために死ななきゃ駄目なの!」
「はあ!? 何で知らない奴の為に死ななきゃならねえんだよ」
傍から見たら聖女様ご乱心、としか言い様がない。
ただ、今の会話で、ミミリアが転生者であることは確定した。
彼女は物語を小説の通り進める為に、今までずっと行動してきたのだ。
そして自分に魔術を教え、後々恋心を抱く筈のジョルジュが、小説の筋書きに反して別の女性と結婚すると聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだろう。
ドラマチックな感じに結婚式場に乗り込んできた聖女様。
しかし映画のように花婿の手を引いて駆け落ち……なわけがない。
小説と違って、ミミリアとジョルジュは知り合いですらないのだ。
俺は二人の騎士に命じた。
「ウィスト、ソニア。つまみ出しとけ」
「「御意」」
すぐさま二人は動いてミミリアの両脇を抱えた。
「ちょっと!私は聖女よ!? こんなことして良いと思っているの!?」
「例え聖女様でも不法侵入は許されません」
ソニアが諭すようにミミリアに言った。
「嘘! 衛兵は通してくれたわよ」
ミミリアがそう言った直後、衛兵達が息を切らせてこちらにやってきた。
「聖女様、こちらにおられましたか!」
「例え聖女様でも不法侵入になります。なにとぞお戻りを」
「うるさいわね。聖女なら顔パスでしょ」
ああ、衛兵の制止も聞かずに、無理矢理エミリア宮殿に入ったのか。衛兵は通してくれたなんて大嘘じゃないか。
相手が聖女様だから衛兵も無碍には扱えなかったのだろう。
それにしても、顔パスなんて、この世界で言っても通用するわけないだろ。
とんでもない女が聖女様に転生してしまったな。
その時、ジョルジュはヴィネの腰に手を回し、自分の方に引き寄せて、唇を重ねた。
「………!!」
少し触れあうだけかと思ったら、結構長いキスだな。
ヴィネも少しうっとりとした眼差しになっている。
見せつけてくれるな……見てるこっちが恥ずかしくなる。
ジョルジュは唇を一度離し、ミミリアに向かってはっきりと告げた。
「俺は生涯、ヴィネだけを愛する。他の女の為に死ぬなんて断じて有り得ない」
「――――」
ミミリアはショックのあまり白目を剥いていた。まぁ、ここまでハッキリした態度をとらないと、この女には一生理解できないだろうな。
しかし、ショックを受けすぎなんじゃないのか? もしかして推しキャラだったか? そりゃ残念だったな。
神殿に行って祈ることすら、サボっている聖女様だ。魔術の勉強なんかしたくない、と思ってジョルジュとの出会いを後回しにしていたのだろう。
「私を無視して他の女に走るなんて……後悔しても知らないんだから!」
ミミリアはウィストとソニア達によって引きずられるように連行された。
礼拝堂の招待客たちは、ざわざわする。
「ジョルジュもモテるからなぁ……」
「災難だな、あいつも」
宮廷魔術師の中でも仲が良かったと思われるジョルジュの同僚が、同情めいた声を漏らす。
さらにヴィネの友人だった薬師たちも異様なものを見る目でミミリアの姿を見送っていた。
「あれ、聖女様だったよな」
「いやいや、まさか! だって聖女様には第二王子という恋人がいらっしゃるはず」
残念ながら、アレが聖女様なんだな。
最悪だ。
アーノルドを一途に愛するどころか、美形な登場人物全てに色目を使うとは。
まさかだとは思うが、逆ハーレムエンドでも目指していたのだろうか? 言っとくがここは、乙女ゲームの世界じゃなくて、小説の世界だからな。
原作のミミリアだって、色んな男性に好意を抱かれていたが、アーノルド一筋だったからな?
こんなんじゃ魔物の軍勢を一掃してくれる、愛の力とやらは期待できそうもないな。
やがて聖女様が退場して、しばらくしてから会場は自然と静けさをとりもどした。
神官の女性が咳払いをしてから口にする。
「それでは改めて誓いのキスを」
仕切り直しのため、ジョルジュとヴィネはもう一度唇を重ねた。最初は唇同士が触れあうキスをくりかえし、やがて濃厚なキスへと変わる。
……さっきよりもキス、長くないか?
あんな長いキス、皆の前でする必要あるのか? 実は俺が知らないだけで、この国ではそれが当たり前とか?
自分もいつかするのかと思うと、何だか恥ずかしい。
ちらっと隣にいるクラリスの方を見ると、彼女も俺の方を見ていて、ばっちりと目があってしまう。
「……」
「……」
お互いに顔が真っ赤になっているのが分かる。ますます恥ずかしくなって、俺はしばらくの間床を凝視していた。
愛しそうにヴィネを見詰めるジョルジュ。
どこから、どう見てもリア充。幸せそうだよな。
ジンも嬉しそうにジョルジュに抱きつく。
本当の家族になれたことが嬉しいのだろうな。
ジョルジュがそんなジンを抱え上げると、会場には自然と拍手がおきた。
ああ……小説の通りにならなくて良かった。ジョルジュの思いが報われて、本当によかった。
「エディアルド様、どうぞ」
不意にクラリスがハンカチを差し出してきた。
必死になって涙を堪えていたけれど、泣きそうになっているのがバレてしまった。
「エディアルド様、ジョルジュのお父さんみたいですね」
クスクスと笑うクラリス。
確かに息子の結婚を喜ぶ父親みたいな気持ちではある。
ジョルジュは俺の先生であり、兄のような存在であり、放っておけない後輩のような存在でもある。
時々後輩のように思えるのは、サラリーマンだった前世の記憶があるせいだろうな。
俺はクラリスが貸してくれたハンカチで軽く涙を拭いた。
エミリア宮殿の外にでると、招待客たちは新郎新婦にフラワーシャワーをかける。
色とりどりの花が空を舞う。
ヴィネがその時、ブーケを投げた。
多くの若い女性が手を伸ばす中、花束を受け取ったのはクラリスだ。
頬を紅潮させ、クラリスもまた目を潤ませる。
親指を立てるジェスチャーをするジョルジュに、俺は頷く。
ああ、そうだな。
次は俺たちの番だ。
ブーケの香りをかいで幸せそうな顔をしているクラリスが、今、とても愛しく思える。
彼女の花嫁姿はきっと誰よりも美しいに違いない。
俺も結婚に向けて具体的な準備をしていかないといけないな。
準備とはいっても、王族の結婚だから俺だけが段取りをするわけにはいかないのだけど。
一応、形式的に婚約が決まっているとは言え、俺の口からプロポーズは言った方がいいだろう。
どんな言葉がいいかな? その前にどんなシチュエーションがいいのだろう?
こういう時、ロケーションも大事なんだよな。でも、俺とクラリスの立場じゃ、場所のえり好みはできないか。
前にも言ったが、前世の俺は恋愛スキルがゼロなんだよ。
転生してから婚約者ができて、恋人のように仲良くなって、キスまでいけたのは我ながら大進歩だと思っている。
プロポーズをするのに、俺は何からはじめたらいいんだ?
……ジョルジュ先生、俺はまだまだ、あんたから教わらなければならないことが沢山あるようだ。
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