第89話 ジョルジュの想い①~sideエディアルド~

 クロノム公爵やロバート将軍を通じて、ハーディン騎士団の増強、宮廷魔術師と宮廷薬師たちの育成も急ぐように促している。

 魔族の襲来のことを考えたら、国全体の強化が必要だからな。

 いつしか俺は、ロバート将軍を中心とした、軍事に携わる貴族たちや、テレスの支持者以外の宮廷魔術師や宮廷薬師からも、絶大な支持を得るようになっていた。



 軍事強化、魔術師、薬師の育成は着々と進んでいる。

 しかし、俺からするとまだ温い、というのが本音だ。

 特に騎士たちは、魔物どころか、人間相手でも苦戦するんじゃないかという者が半数以上もいる。

 もちろんイヴァンをはじめ、見所がある騎士たちも多いが、彼らにももっと実戦的な訓練をして欲しい所だ。

 今度、ロバートにそのことは苦言しようと思うが、彼も最近忙しいから、なかなか捕まらないんだよな。



 魔族の皇子ディノの出現は、王室、神殿、官僚、軍の上層部達に伝わることになるが、全体的に半信半疑というのが現状だった。

 俺やクラリス、コーネットの他にシャーレット家の面々もディノの姿を見ているのだが、前世のように動画があるわけじゃないからな。

 もし日本でも多数の人間がカッパを目撃した、と言っても動画のような確かな証拠でもないと、なかなか信じてもらえないだろう。

 魔族もこの世界の人間にとっては、そんな存在なのだ。

 三百年前の魔族との戦いでも、実は魔族そのものの姿を見たものはかなり少なく、魔族の配下となった人間の記録の方が多く残っている。

 一番魔族の存在を認識しておかなければならない神殿は、真っ向から俺たちを嘘つき呼ばわりしているらしいから話にならない。

 秋休みが終わってからあっという間に一ヶ月がたった。


 俺は上級魔術師の試験を受験し首席で合格した。中級魔術師の資格をとってから一年足らずで上級魔術師の資格を取った例は今までに無く、魔術師の業界においては、異例の早さだという。

 宮廷魔術師たちの間では「もしかしてアーノルド殿下よりも天才なのでは?」と囁かれていたが、テレスの息がかかった魔術師たちによって、その噂は握りつぶされているらしい。

 それでも噂はじわじわと城内に広がっているようで、最近使用人達や、すれ違った魔術師たちが憧憬の目で俺を見るようになっていた。


 近い内、上級剣士の資格と、Sランクの冒険者の資格もとるつもりだ。

 Sランクの冒険者ともなれば、強力な魔物退治を依頼される。経験値を上げるには、冒険者の資格は必須だ。もちろん一国の王子が冒険者になるなど許されないことなので、冒険者ギルドには偽名で登録しているけどな。

 俺と共に魔術と薬学の特訓を受けていたクラリスも上級魔術師に余裕で合格した。彼女も俺と同じ早さで上級魔術師に合格しているので、その評判はうなぎ登りだ。

 翌週にはデイジーと共に上級薬師の試験も受験する予定だ。

 きっと彼女達なら上級薬師の試験も余裕で合格するだろう。

 ちなみに俺もヴィネの元で薬学を勉強したが、クラリスやデイジー程の才能はないみたいだ。

 上級薬師の試験を受けられるようになるまでは、まだ時間がかかりそうだ。

 

 その日エミリア宮殿を訪れた俺は、宝石商の女性を連れ、クラリスの指のサイズを測ってもらっていた。

 母上がクラリスに誕生石の指輪をプレゼントしたいと言い出したのだ。


「何だか申し訳ないわ。王妃さまに頂いてばかりで」

「母上は娘が出来たみたいで嬉しくてしょうがないんだよ」


 アマリリス島で母上とクラリスは本当に仲よくなった。

 クラリスも母親を早くに失っていたし、母上もずっと娘が欲しかったみたいだから。

 母上は身体こそはすっかり元気だけど、表向きはまだ体調が優れずに療養中ということになっている。

 けれども何かとクラリスのことが気に掛かるようで、服やアクセサリーを行商に頼んでクラリスの元に贈ってくる。

 まぁ、指のサイズは俺も知りたかったから助かったけどね。

 宝石商の女性は手帳に必要事項を書き終えると、ソファーから立ち上がり一礼をする。

 そして彼女が部屋を出ようと歩き出した時、部屋の扉がバンッと開かれ、ジョルジュが飛び込んできた。


「あーあ、疲れた。疲れたぁぁぁ!!」


 部屋に入って早々、俺たちが座る向かいのソファーにダイブする師匠に俺は呆れる。

 相当疲れているようで、うつ伏せになったまま動く気配がない。

 宝石商の女性はドン引きしながら「私はこれにて」と頭を下げ、そそくさと部屋をでていく。

 俺は呆れ顔でジョルジュに言った。


「あのな、疲れたからといって、余所の部屋で寛がないでくれる?」

「だって疲れたんだよぉぉぉ。雌イノシシに追われて」

「雌イノシシ?」


 俺とクラリスは顔を見合わせた。

 ジョルジュは口から魂でも抜けるんじゃないかというくらい、弱々しい声で語った。


「町でばったりあった女がいきなり声を掛けてきて、俺の弟子になりたいってさ。俺が断っても、“あなたは私に魔術を教えるべきなの”と言って、もの凄い勢いで追いかけてくるんだぜ?」

「……」


 イノシシというワードでピーンときたけれど、まさかミミリア=ボルドールか? 

 もし、そうだとしたら、俺にわざとぶつかってきたことといい、ジョルジュに無理矢理弟子入りしようとしていることといい、彼女はあくまで小説に沿った展開を歩もうとしている。

 しかも―――― 



“あなたは私に魔術を教えるべきなの!!”


 まるでこの先の展開を知っているかのような口ぶり。まさかだとは思うが、彼女も小説を読んでいてこの先の展開を知っている転生者じゃないだろうな。

 考えてみたら、俺だけがこの世界に転生をしているとは限らない。

 俺は前世の記憶があり、なおかつこの世界を舞台にした小説の内容を知っている。

 そして死にたくはないので、小説の筋書きとは違う行動をとっている。

 しかしハッピーエンドが約束されているミミリアはあくまで小説の筋書き通りの行動を取ろうとしているのではないか。


「……」


 もしそうだとしたら、彼女は俺にとって敵に等しい存在になる。

 小説の筋書き通りにするためにクラリスに危害を加えるようなことがあったら、絶対に許さない。

 まぁ、雌イノシシ=ミミリアだったら、の話だけどな。

 


 ふと見ると、クラリスの顔色が優れない。

 どうかしたのだろうか?

 理由を尋ねようと口を開きかけた時。

 

「おい、何、婚約者の方ばっか見てんだよ。師匠様が悩んでいるのに」

「悩んでいるのか? 可愛い娘に迫られて幸せじゃないのか?」

「何言っているんだ? 女とは言っても、お前らぐらいの年の娘だよ。俺はガキには興味が無い。というか、今はヴィネ以外の女に迫られても何も感じねぇよ」


 今やジョルジュはヴィネに夢中だ。

 一緒に暮らすようになってから、ますます熱い眼差しを彼女に注いでいる。

 さりげなく腰に手を回したり、耳元に何かささやいたり、手の甲にキスをするのは当たり前。唇にキスしようとすることもあるが、人前のキスは駄目、とヴィネはジョルジュの唇に人差し指を押し当てる……もう、そんなやり取りだけで、見ているこっちはお腹いっぱいなんだけどな。

 小説では牛乳瓶のような眼鏡をかけて、どちらかというと地味だったヴィネ=アリアナ。ジョルジュ=レーミオとはまるで接点がなかった。

 しかし現実のヴィネはどちらかというと派手な装いで、華やかな美人。でもそんな見かけによらず真面目で、生徒である俺たちにも熱心に薬学を教えてくれる。あと甥であるジンも実の子のように可愛がっている。

 ジョルジュはそんなヴィネに心底惚れ込んでいる。一途なその想いは、ヒロインではなく、ヴィネに向けられるようになったのだ。

 孤児だったジョルジュは、両親を失ったヴィネの義理の息子、ジンの気持ちも分かるようで、まるで父親のように彼に接している。

 ジョルジュがうつ伏せから、仰向けに寝返った。自分の手を枕にして天井に向かって呟く。


「ヴィネが俺のプロポーズに応じてくれたらなぁ」

「そう簡単に応じられるわけないでしょ。大酒飲みの女たらしで借金まみれだったのに」


 クラリスがソファーのクッションを、ジョルジュめがけて投げる。

 クッションは見事にジョルジュの顔に命中する。


「師匠に向かって何をしやがる!?」

「うるさい、女の敵!」

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