第88話 悪役王子は国王になりたくない~sideエディアルド~
“殿下は、自分がこの国の君主になることを考えたことがあるのか?”
トールマン先生の問いかけに、俺は言葉が出なくなった。
正直に言おう。
そんなこと、考えたことがなかった。
とにかく魔族達との戦いに備え、自分が出来る事はやっていきたいとは思っていた。
あと、心のどこかでは、どうせアーノルドが国王になるだろう、とも思っていた。
いずれ、テレスには王妃毒殺に関与した罪を償ってもらうつもりではあるが、母親の罪状が明らかになったからといって、アーノルドの勢力が簡単に削がれるとは思えない。
王室がまずアーノルドを推している。学業の成績も優秀で人望も厚い。有力貴族の多くは、アーノルドを支持した状態だ。
そして神殿もアーノルドを推している。
さらに聖女を恋人とした今、アーノルドは“聖女に選ばれた勇者”として国民に称えられている。
この勢力を覆すには、テレスの罪状を明らかにしただけでは足りない。
恐らくテレスのみが切り捨てられるだけだ。もしかしたら、神殿側がテレスの犯罪を美談として語る可能性も考えられる。
「自分が君主になることが、果たして国にとって最善なのか? それが分からない内には何とも……」
「その様子じゃとエディアルド殿下は、自分が王になるという未来は考えておらぬようじゃの」
「……」
そんな考えあるわけがないだろう?
前世の記憶があるだけで、俺は特別な人間ではない。
元々悪役だから、勇者と張り合えるぐらいの魔力と体力、筋力はあったけど、それ以外特別なことは何一つない。
そもそも俺は、誰からも期待されていなかった第一王子。周りからもかなり雑に扱われていたのだ。自分が王になるという未来予想図が描けるわけがない。
トールマン先生は、真剣な目をこちらに向ける。
「殿下は、あまり権力に執着しておらぬようじゃな。まぁ、悪いことではない。お前達兄弟が王位を巡って争うことで、国の勢力が分断されるのは良くないことじゃからの」
「……」
「しかし、エディアルド殿下を王太子に、と望んでいる声もあることを知っておいた方が良いぞ。少なくとも、軍関係の貴族や、宮廷魔術師、宮廷薬師の多くは殿下を支持するようになっておる」
「……」
「エディアルド殿下、そろそろ自分自身が王になる未来を視野に入れておいた方が良いぞ。世の中は何が起こるか分からぬ。殿下は……どうも裏方思考の傾向があるからのう」
裏方思考……。
否めないな。前世の俺もそんな感じだったから。仕事場でも何かと裏方に回ることが多かった。
俺が王になる?
いやいや、ここは小説の世界。王になるのは何だかんだ言って主人公であるアーノルドだろう。
…………分かっている。全てが小説の通りに動いているわけじゃないことぐらい。
だが、俺が王になるなんて、今の所考えられない。
だって考えてもみろ。前世の記憶があるとはいっても、ただの会社員の記憶だぞ?
ただでさえ、魔族の襲来に頭が痛いのに、自分が国王になるという重圧までのしかかってきたら、たまったものじゃない。
「何で、王子に生まれ変わったんだろうな」
トールマン先生の部屋を後にした俺は、一人呟いた。
アーノルドが王位に就き、自分は良くても追放、最悪な場合処刑されるという、バッドエンドのことばかり考えていたけれど、それ以外の結末だって十分にあり得るのだ。
正直、押しつぶされそうな気持ちで一杯だ……それでも、自分が王になることも想定に入れておかなければならない。
どう足掻いても、俺はこの国の第一王子なのだから。
…………………………………逃げてぇ。
◇◆◇
一方、ウィストやソニアは、実行部隊の仕事に打ち込んでいた 。少しでも実戦の経験を多く積み重ねることが大事だからな。
ちなみにソニアもジョルジュから魔術を学ぶようになっていた。男性騎士と比較すると、どうしても力の差が生まれるので、それをカバーすべく魔術の実力を向上させる必要があったからだ。
魔術と剣術を併用した戦い方により、ソニアはウィストと並ぶ実力派と謳われるようになった。
デイジーはクロノム家の薬師と共に薬の開発に没頭していた。
彼女の薬学の才能は目を見張るもので、質の良い回復薬はもちろん、攻撃魔術にも劣らぬ爆弾も次々発明し、薬師たちをざわつかせている。
クラリスも毎日、万能薬作りは欠かすことなく、エミリア宮殿の倉庫にはかなりの数の万能薬のストックが出来上がっていた。
俺もクラリスと共に薬を作ってみるが、クラリスには全く及ばない。最近やっと透明感のある回復薬を作ることができるようになったけどな。
ヴィネは呆れたように息をつく。
「エディー、あんたまで回復薬を作ることはないだろ?」
「まぁ、そうなんだけど。ちょっとした気分転換でもあるんで。色々考えると煮詰まるし……それに」
「愛しい婚約者に会いたいから?」
「……まぁ、そういうことで」
先に言うなよ、ヴィネ。
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。クラリスの顔も真っ赤になっているし。
俺もクラリスも何かと忙しいからな。時間が空いた時にはなるべく顔を合わせることにしている。
彼女の顔を見ているだけでも、重圧で参りそうになる気持ちがかなり楽になる。
本当に疲れた時には、ちょっとクラリスに甘えようかな。
膝枕、とかお願いしようかな? ……駄目だろうか。
は……!? お、俺は何を考えているんだ!?
思わず乳棒を動かす手に力が加わる。
「ちょ、ちょっと! エディー、あんた薬草をぐりぐりすり潰しすぎだよ!?」
俺が透明な回復薬を完成させる一方、クラリスはエメラルドグリーンに輝く万能薬を完成させる。
本当に俺の婚約者は凄いよな。
ヴィネは弟子の成長を喜ぶ一方、少し複雑な表情を浮かべた。
「万能薬が作れると知れ渡れば、宮廷薬師長からお声がかかると思うけど、絶対宮廷薬師になったら駄目だよ。私は万能薬を作りすぎて過労で倒れたんだからね」
万能薬が作れる宮廷薬師だったヴィネは、王室からの要請で多量に万能薬を作らされていたらしい。
しかし無理がたたって体調を崩すようになり、その上亡くなった姉の子供を引き取って育てなければならなかったので、宮廷薬師を辞めたそうだ。
後に他の宮廷薬師たちが、万能薬作りを全てヴィネに押しつけていたことが発覚。
平民でありながら上級魔術師の資格を持ち、しかも宮廷薬師長の候補にもあがる程の実力を持つヴィネに嫉妬した、先輩薬師や同僚薬師は、彼女を潰すために一人では抱えられないノルマを課していたらしい。
何故、そのことが発覚したかというと、ヴィネが辞めて以来、万能薬の質が格段に落ちたからだ。
ヴィネのように魔力を完全回復させる万能薬を作れる薬師は誰一人いなかったのである。
万能薬精製の責任者だった薬師や、担当にあたっていた他の薬師たちは、王室の怒りを買い、宮廷薬師の資格を剥奪されたそうだ。
「そういった薬師たちが、徒党を組んで違法薬物を売るようになってしまったんだよ……元宮廷薬師たちだから、貴族の伝もある。ベルミーラ=シャーレットもそういった連中から毒薬や惚れ薬を買ったんだと思うよ」
今、宮廷捜査隊は違法薬物の売人の足取りも追っている。王族の殺人未遂も絡んでいるから捜査態勢は今までに無く強化されている。
これを機に犯罪組織も根絶やしに出来たらいいんだけどな。
エミリア宮殿を後にした俺は、騎士団の訓練所に立ち寄ることにした。
整列した騎士達が何度も剣の素振りをしている。
一糸乱れぬ動きなのが凄い。
それだけでも見応えがあるのだが、これはあくまで準備運動にすぎない。
このあとは騎士同士の手合わせが待っている。
欲を言えば、実戦を兼ねた魔物退治や、複数人を相手することを想定した稽古などメニューを増やしたい所なんだけどな。
お、四守護士のイヴァンとエルダも頑張っているな。あと、ガイヴとゲルドも真面目に参加してくれたらいいが、あいつらは小説の中でも地道な努力を嫌うタイプだったからな。
他の騎士たちは早くも息が切れているが、イヴァンとエルダはまだまだ余裕の様子だ。
ロバートから聞いたが、俺との手合わせ以来、あの二人はより一層、鍛錬に打ち込むようになったらしい。
素振りの訓練が終わった時、イヴァンとエルダが俺の姿に気づいて一礼をする。
「「第一王子殿下にご挨拶申し上げます」」
「イヴァン、エルダ、精が出るな」
俺が言うとイヴァンの方が真面目な口調で答えた。
「殿下との手合わせ以来、己の不甲斐なさを痛感し、今、初心に返っている段階でございます」
「そうか、そう思ってくれるのであれば、あの手合わせも無駄ではなかったということだな」
俺の言葉に、イヴァンとエルダは深々と頭を下げる。
アーノルドはいい部下を持っているな。出来ればイヴァンやエルダのことは大事にしてやって欲しいところだ。
特にイヴァンは清廉な騎士として、最後まで国の為に仕えてくれるだろうから。
「エディアルド殿下、魔術師の訓練も是非見に来てください!」
駆け寄って来たのは、つい最近宮廷魔術師になったクラスメイトだ。元々騎士の家系だったが、魔術の才能の方があったので俺が魔術師の道にすすめたのだ。
俺は頷いてから、魔術鍛練所の方へも足を運ぶ。
クロノム公爵やロバート将軍を通じて、ハーディン騎士団の増強、宮廷魔術師と宮廷薬師たちの育成も急ぐように促している。
魔族の襲来のことを考えたら、国全体の強化が必要だからな。
いつしか俺は、ロバート将軍を中心とした、軍事に携わる貴族たちや、テレスの支持者以外の宮廷魔術師や宮廷薬師からも、絶大な支持を得るようになっていた。
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