第84話 魔族の皇子 ディノ~sideクラリス~
「クラリス、今まで育ててやったんだ! 助けないかっっ!! この恩知らず」
「……」
私は何も言わずに首を傾げることにした。
母親が亡くなると、乳母をはじめ、私に良くしてくれた使用人達は屋敷から追われてしまった。
それからの私の扱いは酷いものだった。
部屋は物置小屋、出される食事は腐ったものやカビが生えたもの。まともな食材が出ても生で食べられない固いイモ。
服は貴族が着るような服は一着もなく、また薄着しか用意されていなかったので、冬はいつも寒い思いをしていた。
私は曇りのない笑顔でお父様に言った。
「あ、一日に一回、食事を与えてくださったことですね。では、そのお礼に投獄された際には一日に一回、私と同じ内容の食事をお届けするようにします」
「……っっ!!」
今まで私にしてきたことを思い返したのか、お父様は絶望に満ちた表情を浮かべていた。
彼らはこれから泥付きのサラダ、生のサツマイモ(みたいなイモ)、それから腐った果実やカビ付きのパンなどを食べることになるわね。
「く……クラリス。このペンダントは返すわ。だ、だから、私を助けて」
ベルミーラが引きつった笑顔を浮かべ、辛うじて蜘蛛の巣がかかっていない右手で、自分が身につけていたペンダントを引きちぎるように外し、こちらに差し出す。
その乱暴な扱いに私は眉をひそめる。
「これは元々クラリスのだろう? 無条件で返せ」
エディアルド様はベルミーラからペンダントを取り上げると、それを私に手渡した。
私は思い出のペンダントを両手に包み、胸の前でぎゅっと握った。
ベルミーラが引きちぎるようにして外したから、留め具が曲がってしまった……後で修理しないと。
「……わ、私は奥様に命令されただけだ……本当はこんなことしたくはなかった……」
料理長が助けを請うような目で私を見てくる。私がお腹をすかせて、あなたに助けを求めた時は、あなたは鼻で笑っていたけどね。
しかもそれを聞いたベルミーラが、目を三角にして反論をする。
「何言っているの!? 最初は私が頼んだけど、あんたも嬉しそうに、クラリス専用のメニューを考えていたじゃない!! 私すら考えつかないようなえげつないメニュー表まで作って」
「そ、そうすればあんたが喜ぶからだ!」
「私は頼んでないわよ」
……二人とも見苦しすぎる。
しかし見苦しいのは、ベルミーラと料理長だけじゃない。
「お、お嬢様……私はずっと前からお嬢様が優しい方だと前から知っておりました。だけど、命令されて仕方がなくあなたであれば、私を助けてくださいますよね?」
何としても助かりたいカーラ。恥も外聞も捨て、白々しい程に私を褒めはじめる。
エディアルド様が首を傾げる。
「――え? さっき“私は、ずっと、クラリス様の我が儘に振り回されいたけど、それでも誠心誠意お仕えしていた”って言ってなかったか?」
「そ、そんなこと言った覚えがありません!!」
「殿下、無駄ですよ。そういう悪口って、言われた方は覚えていても、言った方はすぐ忘れるんですよ」
コーネット先輩が苦笑交じりに言った。その若さで何だか悟ったようなことを言うわね。
でもここの人たちの態度を見ていると、本当にその通りなんだな、と思う。
今まで私にしてきたことなどすっかり忘れているから、図々しくも助命嘆願してくるのだ。
その時ツインテールの髪を振り乱し、ナタリーが叫ぶ。
「あ、あたしは関係ないわ!! お姉様が我が儘だったのを注意しただけだもん!!」
ナタリーは自分が我が儘な人間だとは思っていない。自分の思い通りにならない人間こそが我が儘な人間だと思っている。
そしてエディアルド様の方をキッと睨んで、怒鳴りつけた。
「エディアルド様は女性を見る目がないのよ!! この女は私に意地悪だし、我が儘で私やお母様を困らせるし、学校ではいい顔をしているかもしれないけど、本性を隠しているだけなんだから!!」
「例えそうだったとしても、無礼な君が王族の婚約者に選ばれることはない」
「私の何処が無礼なのよ!?」
「許可も無くファーストネームで呼ぶし、俺に女性の見る目がないと罵ったことも十分無礼に値する」
「罵ってないもん、本当のことを言っただけだもん!!」
言っただけだもん!! じゃないわ。子供か。
ナタリーはエディアルド様が何を言っているのか良く分かっていないみたいで、首を横に振っている。
「しかも君たちは俺に毒を飲ませようとしたじゃないか」
「毒じゃないもん! 死ぬわけじゃないんだからいいじゃない!!」
「いいわけがないだろう? 強制的に惚れさせるような媚薬は、完全に違法薬物だ。所持しているだけでも死刑になる」
エディアルド様の言葉に、ビクッとしたのはベルミーラだ。
媚薬を手に入れ、所持していたのはこの人だったみたいね。
ナタリーはまだ納得出来ないのか、首を横に振り続ける。
「何よ……何よ……私、何もしてないもん!! 毒薬だって入れてないし、
エディアルド様とかコネット様だって殺そうとしてないもん。見ていただけだもん」
「私の名前はコーネットですよ、お嬢さん」
「どっちでも良いわよ!! ……ふぇぇえぇん、何なのよ、もうっっ!!わぁぁぁぁあん!!」
ナタリーはまるで駄々っ子のように、わんわん大声で泣き始めた。思い通りにならないと駄々をこねて泣くのは昔からだったわね。
この娘はあの頃から何の成長もしていないんだな、と実感する。
「このまま捕まるなんて嫌よ、嫌よ、嫌あぁぁぁ!!」
今日のナタリーの声は何デシベルなのか?前世にあった騒音を測るアプリで計測してみたいわ。
エディアルド様もコーネット先輩も思わず不快そうに耳を塞ぐ。
早く、宮廷捜査隊の人たちが来てくれたら良いのだけど。
私が何気なく窓の方へ目をやった時だった。
ドォォォォォォン!!
落雷の音が響き渡る……近くの木に落ちたのかしら?
小さな地震のような震動。部屋がガタガタ震えている。
部屋の灯りがぽつっと消える。
変だ。
ここの灯りは電気じゃない。
光る魔石が天井に設置され、部屋を照らしている。コーネット先輩が使う照光魔石のように小さな石ではなく、漬物石のように大きい為、天井の壁に埋め込まれている。
電線や電灯があるわけがないので、雷が落ちたからと言って部屋が暗くなるわけがないのだ。
「フロット=シャイニス」
コーネット先輩が照光魔石を投げて、部屋を照らす。
今まで部屋を照らしていた天井の魔石に罅が入っていた。
しかも――――
「……っっ!?」
ナタリーの身体がどす黒い靄に包まれている。
黒い靄はやがて蛇のように変形しナタリーの身体に絡みつく。
私は目を見張る。
あの光景、どこかて見たことが――いいえ、読んだことがある描写が具現化しているんだ。
それまで騒いでいたナタリーは突然大人しくなり、虚ろな目になる。
間違いない。
小説のワンシーンだ。闇に魅入られたクラリスが、魔族の皇子、ディノによって常闇の世に連れて行かれる描写。
常闇の世はディノのアジトのことを指している。この世界のどこかにある地下洞窟が、ディノのアジトだ。だけど残念ながら、その地下洞窟が何処の国の何処にあるのかは、小説には書かれていなかった。
ディノは転移魔術や、空間移動魔術を使い、地下と地上を行き来していたから。
黒靄はやがて無数の蛇から、人の形になる。まるで影絵が動いているかのよう。だけど目だけは異様に黄色く輝いている。
「まさか……魔族?」
コーネット先輩がまじまじとその姿を凝視する。
黒褐色の肌、漆黒の髪、蛇目と呼ばれる縦長の瞳孔、尖った耳、頭には黒い洞角、そして黄色に輝く目。
目を瞠るほど美しい容姿だけど、とてつもない禍々しさを感じる。
私は息を飲む。
ディノ=ロンダークだ。
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