第83話 無実を主張するなら、毒味をすればいい②~sideクラリス~
ナタリーは部屋に入って来るなり、頬を赤らめてエディアルド様にすり寄ってきた。
「エディアルド様ぁ」
「エディアルド殿下、ね」
「そんなに見詰められたら困ります、エディアルド様。あなたはお姉様の婚約者なのだから」
「良く分かっているじゃないか。じゃあ、次からは一秒たりとも君を視界に入れないようにしておく」
「……え?」
ふいっと顔を背けるエディアルド様に、ナタリーは目を点にする。
そして母親の方を見て、小声で訴える。
『お、お母様、話が違うじゃない。エディアルド様は私に夢中になっているんじゃなかったの?』
『まだ紅茶を飲んでいないのよ!!』
内緒話のつもりなのかもしれないけれど、こっちにまで聞こえているから。
二人とも声のキーが高いのよね。
エディアルド様はにこやかに笑ってカップを手に持ち、それを持ち上げた。
「これは惚れ薬だったみたいだな。俺をナタリーに惚れさせてどうするつもりだったんだ?」
「な、何のことでしょう。それはただの紅茶で……」
「そ、そうです。惚れ薬などあり得ません。紅茶が青くなったのも何かの間違い」
この期に及んで惚けようとするお義母様。お父様も必死に頷く。あくまで継母と異母妹の味方なのだ。
私に対しての愛情は微塵にもないのね。
「そうですか、じゃあ、シャーレット侯爵。妻と娘の無実を信じるのですね?」
「もちろんです!」
「ではこの紅茶を飲んでください」
「――え?」
さっきのカーラの時と同じだ。
無実を証明したいのであれば、お前が毒味しろというわけだ。
同じパターンを二回繰り返すなんて……カーラの報告はちゃんと聞いていたのかしら? ああ、もしかしてベルミーラお義母様とナタリーの耳には、彼女の報告が届いていなかったのかもしれないわね。
ただエディアルド様がこの家に来ているという報告だけ受け取っていて、手に入れた惚れ薬を試そうとしたのかもしれない。
「無実と信じているのであれば飲めますよね? 何事も起きなければ、俺も今後はお二人のことを信じますよ。でも、万が一惚れ薬が入っていたら、大変なことになりますね。実の父が実の娘に惚れてしまう地獄絵図になりますから」
「殿下、けっこうエグいことしますね。でもいい実験だと思います。シャーレット侯爵には是非飲んでいただきたい」
エディアルド様の言葉にコーネット先輩の目がキラーンと輝く。もの凄く期待に満ちた目でお父様のこと見てるわ。
今の二人にタイトルをつけるとすると、悪役王子とマッドサイエンティスト、ね。
当然、お父様とお義母さま、それにナタリーの顔も真っ青になる。
震える手でエディアルド様から紅茶を受け取ろうとするお父様に、ナタリーが「飲んだら駄目っっ!!」と悲鳴に近い声を上げる。
「お父様に男性として迫られるのは無理! ぜったいに無理!! ハゲでデブで、背も低くて三重苦じゃないの!!」
――――父親に迫られるのは嫌、という点は、至極真っ当なことだけど、最後の三重苦は余計だわ。
お父様は可愛い娘に容姿を貶されて、かなり傷ついたみたいで、白目を剥いて固まってしまっている。
ナタリーが認めてしまったので、惚けることが出来なくなったベルミーラお義母様は、後ろに控える料理長の方を指さして言った。
「私は知りませんわ。すべてはあの料理長がやったことですから」
指を指された料理長は大きく目を見開く。
信じられないと言わんばかりにお義母様を凝視しているけれど、お義母様は知らん顔。
料理長は震えた声で訴える。
「お、奥様……私は奥様に言われた通り」
「んまぁ!! この期に及んで雇い主のせいにしようというの!? そんな恩知らずだとは知らなかったわ!! お前達、この料理長を地下牢に閉じ込めてしまいなさい」
お義母様のイエスマンだった料理長。その忠誠心は報われることなく、彼は他の使用人に両脇を捕らえられる。
もう駄目だと思ったのだろう。料理長は目を血走らせ、恨みを込めた声でさらに訴えてきた。
「……奥様っっっ!! 私は奥様に言われるままに、クラリス様の食事に猛毒をまぜ、先ほどだって紅茶に惚れ薬を混ぜたのもあんたの命令で」
「お黙り!!」
「あ、あんた言ってたじゃないか! クラリスさえいなくなれば、ナタリーは第二側妃に目をかけてもらえる。だから、クラリスを殺さないといけない。せっかくだから、クラリスが毒で苦しんでいる時に、婚約者がナタリーに夢中になる姿を見せつけてやるんだ、と言って張り切っていたじゃないか!」
「わ、私はそんなこと言った覚えはないわ! 出鱈目言わないで頂戴!!」
……ベルミーラお義母様、そんなことを計画していたの? いや、もうお義母様と呼びたくもない。
人として完全に終わっているじゃない。殺すだけじゃ飽き足らず、死ぬ間際まで私の心をズタズタにしようとしていたなんて。
料理長がでまかせを言っている可能性もなくはないけれど、ベルミーラの慌てようからして、多分、本当のことなのだろう。
さらに料理長はこの世の全てを憎むかのように周囲を睨み付けた。
「クラリス様の毎日の食事だって考えるのに苦労した……腐った食材、かびた食材、生では食べられないもの。あんたの言う通り用意するのに、どれだけ苦労したか!」
「お黙り、お黙り、お黙りっっ!! お前達、その口を塞いでおしまい!!」
使用人が料理長の口を押さえようとするが、料理長は首を激しく振り、嘲笑うように言った。
「お前ら、今、奥様の言うとおりにしても良いのか? 奥様の罪状を隠そうとした咎人としてお前らも処分されるかもしれないぞ!? それに奥様はこんなにも尽くした俺を平気で切り捨てるようなお方だ。お前らもすぐに切り捨てられるぞっっ!!」
「煩いっっ!! 何をしているっ、お前達、その料理人を殺しておしまい!!」
部屋の隅に控える侯爵付きの騎士たちに命じる。騎士たちは顔を見合わせ、躊躇をしている。
エディアルド様はその場にいる騎士や使用人たちに告げる。
「証人を殺した人間は証拠隠滅罪の罪に問われることになるっっ!!」
さらに戸惑い後ずさりをする騎士たちに、ベルミーラお義母様がヒステリックな声をあげる。
「こ、こうなったら、おしまいよ!! この人たちをこの場で殺しておしまい。彼らの口さえ塞いでおけば、今までのことは公にならないわ!!」
自棄になったお義母様の言葉。エディアルド様やコーネット先輩さえ消せば自分たちがしてきたことももみ消せると思ったのか、騎士たちの殺気がこちらに向けられる。
何て馬鹿な人たち。
この場にいる護衛騎士は、安い賃金でかき集めた人材に過ぎない。
実力者がいるわけじゃない。魔術も使えない騎士が何人飛びかかっても無駄だ。
コーネット様が呪文を唱えた。
「キャプト・ネット」
部屋中に蜘蛛の糸が張り巡らされ、私とエディアルド様以外、その場にいた者たち全てが蜘蛛の糸に捕らえられる。
私たちに襲い掛かろうとしていた騎士達、カーラをはじめ、その場にいたメイドたちも、執事のトレッドも。
特にトレッドは逆さづりの状態で蜘蛛の巣にかかっているので、かなりきつそうだ。
エディアルド様はこの上もなく冷ややかな笑みを浮かべて、シャーレット家の面々に抑揚のない口調で告げた。
「間もなく宮廷捜査隊がこちらに来る。それと宮廷魔術師と宮廷薬師もな」
「「「!?」」」
宮廷捜査隊とは、選ばれた騎士たちによって編成された、今で言う警察のようなものだ。王室に関連した事故や事件を捜査する役割を果たしている。エディアルド様は、ここに来る前に予め捜査隊たちに連絡をしていたのね。
「くそ……第一王子は馬鹿王子じゃなかったのかよ!!」
「王子とクラリス様さえ始末すりゃ公にならないだなんて、大嘘じゃねぇか!!」
「こんな家に仕えるんじゃなかった! 給料は安いし、雇い主は我が儘だし」
シャーレット家の騎士たちは、騎士と呼ぶにはあまりにも品がなかった。
そもそもまともな騎士なら、王族に手を掛けるような真似はしない。
私が実家にいた時には、既にまともな騎士たちはお義母さまによって追い払われ、安い賃金で雇えるフリーの騎士を雇っていた。フリーの騎士の多くは犯罪まがいなことをやっているような傭兵だ。
「お前達はまず、第一王子とその婚約者、そして侯爵令息のコーネット=ウィリアムの殺人未遂の罪に問われることになる」
「――――!!」
この人達は今まで王室を軽んじすぎていた。
王妃さまだけじゃなく、エディアルド様や、あとテレス妃のことも侮っていた。
今日のことがなくても、シャーレット家は遅かれ早かれ没落していただろう。
徐々に没落という形じゃなくて、急に叩き落とされた感じはするけどね、それも自業自得だ。
その時になって父は縋るような目で私の方を見た。
「クラリス、今まで育ててやったんだ! 助けないかっっ!! この恩知らず」
「……」
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