第73話 主治薬師バートンの言い訳②~sideエディアルド~
「メリア、エディーが持っているこの水はね、毒物が入っていると青く反応するんだよ。凄いよねぇ」
「え……毒物……でも、それはバートンが私に飲ませようとした薬」
「今まで毒が混ざっていたみたいだね、君が飲んでいた薬は」
「……!?」
クロノム公爵の言葉に、母上は絶句し、両手で口を押さえ顔を蒼白にする。
そして信じられぬものを見る目で主治薬師の方を見る。
当然バートンは慌てふためいた口調で言い訳をする。
「こ、これはほんの微量の毒素が反応したもので、人体に影響があるわけでは」
「君、僕が宰相やる前、宮廷薬師長だったこと知っている?」
「……!?」
目と口が三日月のような形をした、なんとも不気味な笑顔で問いかけるクロノム公爵に、バートン薬師の顔は蒼白から真紫に変わった。
その反応からしたら、知らなかったのかな?
まぁ、クロノム公爵が宮廷薬師長を辞めたのは、もう十五年前になるからな。
下手な言い訳が通用しない相手だと悟ったバートンは、盆を床の上に置いて、深々と土下座をする。
「申し訳ございません……こ、これは私の調合ミスであり、故意でやったわけじゃ」
「君には色々と尋ねたいことが山ほどあるんだよね」
「お……お許しを」
「大丈夫! 正直に話せば痛いことはしないよ。でも正直に話さなかったら、死んだ方がマシな目に遭うけどね」
バートンからすれば、全然大丈夫じゃない発言だ。
助けを求めるかのように母上の方を見る。すると母上は彼を安心させるような優しい笑顔で言った。
「バートン。オリバー兄様は鋼鉄の宰相と呼ばれていますが、とても優しい方よ? ちゃんと正直に話せば、解放してくださるわ」
「……」
―――正直に話せないから、母上に助けを求めたんだけどな。
母上はまだバートンのことを信じて疑っていない。
クロノム公爵は肩をすくめ指を鳴らした。
すると屈強な騎士達があらわれ、バートンの両脇を捕らえた。
「ち、違うんです!! 誤解です!! これはあくまで調合ミスで」
「調合ミスで、人体に悪影響を及ぼす禁薬の毒が入ったのかぁ……初級薬師でも有り得ないミスなんだけど? まず、何故そんな危険な薬を僕の家に持ち込んでいるの?」
「!?」
薬師は目を泳がせ、一瞬の間に懸命に言い訳を考える。
しかし良い言い訳が思い浮かばなかったのか、裏返った声で訴える。
「故意でやったわけじゃないのです。悪気があったわけでは」
「故意も悪気も関係ないよ。君が王妃を殺しかけたという結果が重要なの。王族に危害を加えようとした時点で十分なテロ行為だからね」
「毒は間違えて持ってきたのです……ほら、エゴマの粉と良く似ているではありませんか」
バートンはポケットから粉が入った紙袋をとりだして、それを盆の上に出してみせる。
見た目茶色い粉で、確かにエゴマをすりつぶした粉に見えないこともないが……言い訳にしては無理がありすぎるな。エゴマの粉は荒いのに対し、今、俺たちに見せている粉はとてもきめ細やかだ。
俺でも見分けがつくのに、元宮廷薬師長を誤魔化せると思っているのだろうか? もう動揺のあまり正常な判断が出来ていないんだろうな。
「毒とエゴマの粉の見分けもつかないの? 君、本当に薬師なの? 資格があるのかも疑わしいな」
「わ、私は正式な上級薬師です! 信じてください」
「これって蓄積されるタイプの毒だね。 定期的に相手に少量のませることで、すこしずつ死に追いやるんだよね。この毒を飲ませることで、病死に見せかけることもできるんだよ」
母上にも分かりやすいようにクロノム公爵は説明する。
ここにきてさすがの母上も、最近自分の身体の不調が、その毒にあることに気づいたみたいだな。
だけどまだ信じたくないのか、首を横に振っている。
「上級薬師なら、蓄積されるタイプの毒を調合することも出来るよね。この毒も君の手作りかな?」
「げ、解毒薬を作るために、この毒を作ったのです」
「うん。なかなかいい理由だけど、毒を僕の家に持ち込む理由にはなっていないね。しかもポケットに入れている理由にもなっていない。他に納得する理由が言えなきゃ死刑確定だよ」
「――――」
無邪気な口調でさらっと死刑宣告を言い渡すクロノム公爵。童顔で優しそうな顔に惑わされていたバートンは、この時初めて彼が鋼鉄の宰相と呼ばれる所以を知ったに違いない。
「そ……そんな。どうかご慈悲を」
「じゃあ慈悲として死に方は選ばせてあげるよ。斬首がいい? 火あぶりがいいか? あ、それともこの毒をジョッキで一気飲みする? 十日間くらい飲み続ければ死ねると思うけど」
「――――」
見かけは童顔の優しいおじさんだけど、中身はやっぱり鋼鉄の宰相だな。優しそうな顔と台詞のギャップが空恐ろしさを感じる。
バートンは許しを請う言葉を出そうと口を開きかけるが、それによって鋼鉄の宰相の怒りを買うかもしれないと思うとなかなか声にならずにいた。
母上が震えた声で訴える。
「に……兄様。わざとじゃないんだし、きっと他にも理由があるのよ。だから、死刑だけは」
「もちろん、僕もそこまで鬼じゃないよ。もし死にたくないのなら、いつものようにテレスちゃんにお手紙で報告してくれる? 予定通り進めば、あと半年で王妃は亡くなるだろうって」
「――――」
クロノム公爵の言葉を聞いた母上は絶句する。
バートンがかすれた声でクロノム公爵に問う。
「ど……どうして、それをご存知なのですか。ま、まさか手紙の内容を見たのですか」
「ん? 僕の勘だよ。君だったら、そういう手紙をテレスちゃんに書くだろうなぁって予想していたから。見事に当たっちゃったね」
「……」
もうバートンは白目を剥いて気絶寸前だ。
クロノム公爵が顎でしゃくるジェスチャーで合図をすると、騎士たちはバートンを引きずるようにして連行をしていった。
彼らが出て行き、扉が完全に閉まった後、クロノム公爵は呟いた。
「よかったね。テレスちゃんにお手紙を書いている間は寿命がのびて」
クロノム公爵は従兄妹を殺そうとした、主治薬師を許すつもりなど毛頭無いようだった。
母上はテレス妃が紹介してくれた腕の良い薬師が、自分に毒を盛っていたという事実が受け入れられないのか、茫然としていた。
わざと毒を入れたわけじゃないと叫ぶバートンをまだ信じたかったようだが、テレスとの手紙のやりとりのことを聞いて、彼を信じていた心は打ち砕かれた。
そんな従兄妹の姿にクロノム公爵は優しく囁いた。
「今は受け入れられないかもしれないけれど、ちゃんと現実と向き合わないとね」
「……」
母上の虚ろな目に一筋の涙がこぼれ落ちる。
今までずっと慕ってきた親友に毒を盛られていたという事実は、あまりにも悲しく受け入れがたいものだろう。
どんな声をかけていいのか、今の俺には分からない。
「今はそっとしておいてやろう」
クロノム公爵に促され、俺たちは母上の部屋を出た。
何かあれば部屋の隅に待機しているメイドたちが知らせてくれるだろう。
しばらく廊下を歩いていたが、母上の部屋から離れたのを見計らい、俺は先だって歩く公爵に問いかけた。
「バートンが紛れていることを知っていて、泳がせていましたね?」
やや批難まじりに問う俺に、クロノム公爵は歩いている足をピタリと止めた。
そしてくるりと振り返り、にこりと笑う。
「バートンがメリアに薬を飲ませるタイミングを待っていたからね。メリアが見ている目の前で毒が盛られたことを証明し、バートンが白状した所まで見せないと、彼女は最後までバートンを庇っただろうから」
「……」
確かに、バートンが別邸に入る前に追い返していたら、母上は納得しなかったかもしれないな。
うすうす毒を盛られているのに気づいているにも関わらず、バートンを庇い続けていたのだから。
下手をするとクロノム公爵に不信感を抱いてしまっていたかもしれない。
ふと公爵がじっと俺の目を見詰めているのに気づいた。
この人は母上よりも年上だから四十代半ば、あるいは後半くらいの年だろう。
前世の俺よりも年上だ。だからなのか、まるで子供を見透かした親のような目で俺のことを見ている。
「エディー、以前から君とはゆっくりと話がしたかったんだ」
「クロノム公爵」
クロノム公爵は母上にとって兄のような存在。
公の場以外では、俺のことを、エディーという愛称で呼び、くだけた口調で話しかけてくる。
「後で一階にある会議の間に来てくれる?」
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