第72話 主治薬師バートンの言い訳①~sideエディアルド~
俺の名はエディアルド=ハーディン。
秋休みを利用して、アマリリス島にあるクロノム家の別邸で母上と共に過ごすことになった。
王室からの抑圧からも解放され、空気も良いおかげで母上もいつになくリラックスして、のんびりとした生活を楽しんでいるみたいだった。
けれども、アマリリス島に来て七日目、母上は体調を崩し寝込んでいた。
彼女の体調に呼応するかのように、南国の空も黒い雨雲に覆われている。
「やはりテレス妃の言うことは正しかった!こんなクソ田舎じゃ碌な治療が出来やしない!! こうなったのも、エディアルド殿下、あなたの責任ですぞ」
そう吐き捨てる薬師らしき男に、俺は訝しげに眉をひそめた。
クロノム公爵は万全に備え、何人かの専属の薬師と魔術師を母上につけてくれていた。彼もその中の一人だと思っていたが……。
すると母上はゆっくりと身体を起こして、男の方を見た。
「エディー、紹介するわ。主治薬師のバートンよ」
「主治薬師?」
「ええ、テレスが紹介してくれたの。とっても優秀な薬師なのよ」
俺は驚きに目を瞠った。
母上の主治薬師が付いて来ているなんて聞いてないぞ!?
俺の険しい表情を見て、母上は少しオロオロしながら言った。
「私の病状は深刻だから、アマリリス島には優秀な薬師を連れて行った方がいいってテレスに言われて、バートンに来て貰うことになったの」
「何故、話してくださらなかったのです?」
「だってエディーには余計な心配掛けさせたらいけないから、主治薬師のことは内緒にした方がいいってテレスに言われていて……だから紹介が今になってしまったのよ」
「……」
く……あのババア。
母親に上手いこと吹き込んで、主治薬師の存在を俺に知らせないようにしていたな。
母上は親友であるテレスの言うことを全面的に信じてしまっているからな。
それに俺がテレスから紹介されたメイドや魔術師をことごとく解雇しているから、これ以上テレスの顔に泥を塗りたくない、という母上の思いもあったのかもしれない。
クロノム公爵専属の薬師たちも、母上が自分の主治薬師だと紹介したら、何も言えなくなるだろうしな。
しかしクロノム公爵はバートンの存在に疑問を抱かなかったのだろうか?
自分の専属以外の薬師がいたら、咎めると思うのだが。
「今日の所は薬を飲んで休んで頂きますが、明日には誰が何と言おうと帰城させますぞ!」
バートンはバッグから薬が入った包みを取り出し、それを湯に溶かした。
見るからに熱そうなカップを母上の元へ持って行こうとする薬師に俺は咎める。
「少し冷ましてから持って行った方が良いんじゃないか?」
「これだから素人は。これは熱ければ熱いほど効能が高まる薬なのです」
「……」
俺もヴィネから薬学を習っているが、そんな効能がある薬など聞いたことがない。
何も知らないと思って舐めた発言をしてくれる。
「エディー、安心して。この薬は具合が悪くなる時に飲む薬なの。いつもはメイドが出してくれるのだけど、今日は彼が特別に調合してくれたのよ」
母上はあくまでバートンを庇おうとしている。
あんな熱々の薬を母上はその都度飲んでいたのか?
俺がぐっと拳を握りしめた時、コンコンとノックの音がして、クロノム公爵が部屋に入って来た。
「し、診療中の部屋に入るとは何事だ!?」
「ふーん、君、誰に向かって怒っているの? ? ?」
見た目は少年のような童顔で優しそうな表情だが、その眼差しは凍てつくような冷ややかさを孕んでいる。
使用人の誰かが入って来たと思ったのだろうな。
相手がクロノム公爵だと認めた瞬間、バートンは顔を蒼白にして、深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。ですが、ただ今診療中なので」
「診療中って、今、薬を飲ませているだけだよね? 僕が入ると不都合なことがあるの? ?」
「あ…………いえ……」
クロノム公爵はニコニコと笑って小首を傾げた。当然、バートンは反論出来ずに黙り込む。
「ねぇ、バートン君だったよね。君って確かテレスちゃんの親戚だったよねぇ?」
「へ……な、何故、それを?」
「やだなー。僕は宰相だよ? お城で働いている人の顔と名前と経歴はぜーんぶ頭の中に入っているんだから」
クロノム公爵はこめかみを指でとんとんと叩きながら、ちょっと自慢げに言った。
一発で身元がばれてしまったバートンは上ずった声で答えた。
「そ、そうです。恐れ多くもテレス妃殿下の紹介で、王妃殿下の主治薬師をさせていただいております」
薬湯が入ったカップがのった盆を持ったまま、クロノム公爵に向かって頭を下げるバートン宮廷薬師。
しかし盆を持っている手はガタガタと震えていた。
「いやぁ、吃驚したよ。いつの間に紛れ込んでいたの? 君」
「……!?」
クロノム公爵の問いかけに、バートンはびくんっと肩を震わせる、
母上は驚いて、慌てた口調で言った。
「に、兄様。違うの。バートンの同行は私が許可したの。だから責任は私にあるのよ」
「困るなぁ、メリア。招待していない人間を勝手に別邸に入れたら」
「ご、ごめんなさい……」
しゅん、と俯く母上。
なんだか子供みたいだな……子供の頃からクロノム公爵とああいうやりとりをしていたのかもな。
バートンは母上に庇って貰い、安堵の息をついていた。
しかし、クロノム公爵がそこで話を終わらせる訳がなかった。
「ねぇ、バートン君」
「ま、まだ何かあるのでしょうか?」
「僕の専属薬師が待機する部屋に一緒にいたみたいだけど、随分横柄な態度をとっていたみたいだね?」
クロノム公爵の言葉に母上は吃驚してバートンの方を見た。まさか、そんな人間だとは思いもしなかったのだろうな。
「エディー、ちょっとこっちへ」
クロノム公爵は俺に近くに来るように言って、薬湯が入った器を指差した。
「エディー、君が僕にお土産としてくれたアレ、今持っている?」
「ああ、アレですね」
俺は胸のポケットからミールの泉の水が入った小瓶を取り出す。
主治薬師が「勝手な真似を……」と言い終わる前に、俺は水を薬湯の中に一滴垂らした。
すると薬はまるで青い入浴剤を入れた湯のように青くなった。
「わお、すごい変色ぶり。さっすがミールの水だね!!」
感激したような声を上げるクロノム公爵に、ミールの水、と聞いた主治薬師は顔面を蒼白にする。
ミールの水は毒に強く反応する。もし食べ物や飲み物にミールの水を入れたら、青く変色するのだ。
すなわちこの薬には毒が入っていたということになる。即効性の毒では疑われるので、毎日少量の毒を飲ませ、少しずつ母上の身体を蝕もうとしていたのだろう。
「な……なぜ、殿下がその水を」
「凄いよねぇ。ミールの水なんて僕も久しぶりに見たよ」
ミールの水は、聖なる寝床と呼ばれる森にあるミールの泉でのみ採ることができる水で、よろず屋、ペコリンでしか手に入らないレアなアイテムだからな。
俺だって小説を読んでいなかったら、こんなレアアイテムを手に入れられるわけがない。
「そんな珍しくて貴重な水を、エディーが沢山お土産として持ってきてくれたんだよ」
「公爵にはこれからお世話になるのだから当然のことです」
俺は手土産としてミールの水を一箱分――現世の飲料水で換算すると500㎖のペットボトル二十四本分を公爵に渡している。
ペコリンの店ではミールの水はジュースを売っているかのように当たり前に売っているのだ。ジュースよりはかなり値がはるけどな。
ミールの水を当たり前のように売っているような店だったら、口コミで人々の間で広がり、ミールの水も普及しそうなものだが、店は何故かペコリンが気に入った客しか入れないようになっているらしい。
ペコリンが認めた客以外の人間が店を目指したとしても、迷路を彷徨うかのように路地をぐるぐる回る羽目になり、永遠にたどり着かないというのだ。
「メリア、エディーが持っているこの水はね、毒物が入っていると青く反応するんだよ。凄いよねぇ」
「え……毒物……でも、それはバートンが私に飲ませようとした薬」
「今まで毒が混ざっていたみたいだね、君が飲んでいた薬は」
「……!?」
クロノム公爵の言葉に、母上は絶句し、両手で口を押さえ顔を蒼白にした。
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