第71話 悪役令嬢、万能薬を作る~sideクラリス~
その日、私はデイジーに案内され、クロノム家別邸の一室にある研究室へやってきた。
研究室は理科室に置いてあるような黒いテーブル、乳鉢やフラスコによく似た硝子瓶、薬剤が詰め込まれた瓶などが並んだ棚がいくつもあった。
薬草や薬実が栽培されている温室も隣接しており、いつでも材料が取りに行けるようになっている。
「お父様は宰相になる前、宮廷薬師長でしたの」
「宮廷薬師だったクロノム公爵が何故、宰相に?」
「陛下のご指名ですわ。お父様と陛下はハーディン学園の同級生でしたの。お父様は生徒会時代、陛下をお支えしておりましたから、その信頼関係もあり、是非自分の補佐として働いて欲しいと仰せになったそうですわ」
へ、へぇ。陛下とクロノム公爵って同級生なんだ。
陛下の方が老けている……じゃなくて、貫禄があるのは、やはり国王の威厳があるからか。いや、単にクロノム公爵が童顔で若く見えるだけで、陛下は年相応なのかも。
「今の宮廷薬師長はクロノム公爵よりお年を召した方ですよね?」
「ええ、お父様の師匠になる方で、父の前に宮廷薬師長に就いていた方ですわ。悠々と隠居生活を送ろうとしていたのに、お父様が宮廷薬師を辞めてしまったから、再び宮廷薬師長に戻る羽目になって、しばらくの間、お父様はお師匠様に恨み言を言われていたそうですわ」
隠居しようとしていたお爺さんを呼び戻すなんて、宮廷薬師長になれるような、実力がある若手がいなかったってことなのかな?
だとしたら由々しき問題よね。
デイジーはテーブルの上に載せている布袋に入った薬草を一つ手に取り、弾んだ声で私に言った。
「さっそくダンジョンでとってきた薬草で万能薬を作りましょう」
「……デイジー様、難しいことをサラッと言いますね」
以前にも言ったが、体力を回復する薬を作ることよりも、魔力を回復する薬の方がはるかに難しい。
ましてや体力と魔力を同時に回復させ、おまけに解毒の作用もある万能薬となると、上級薬師でも作るのが難しくなる。
「でもクラリス様が作る上回復薬は魔力も回復するほど、良いものだとエディアルド殿下から伺っておりますわ」
「最近、魔力も回復するくらいの薬は作れるようになりましたけど、完全に回復するものじゃないし。万能薬というにはほど遠いですよ」
「いえ、少しでも魔力が回復する薬を作る実力があるのであれば、あとは材料の質ですわ。質の良い材料によって薬の質も変わりますから。あの密林で採収できる薬草は最上級なものばかりなので、たとえ失敗しても、特上の回復薬を作ることができますわ」
うきうきした口調のデイジーに私は不思議そうに尋ねる。
「デイジー様はもしかして、薬学の心得があるのですか?」
「はい、幼い頃より父から手ほどきを受けていましたわ」
「そうだったのですね」
ハーディン学園は薬学が必須科目ではない。
覚えることが他の科目に比べ膨大にあるし、もし薬学を学園の必須科目にしてしまうと、生徒全員分の材料を用意するだけでも莫大な金額がかかってしまう。
故に薬学だけは専門学校のような学び場があり、薬師を目指す者のみが薬学を習うことが許されている。
だから私はデイジーに薬学の心得があることは知らなかった。
「今まで薬学を学んでいたことは、恥ずかしくて言えませんでしたの」
「何故ですか?」
「お父様やお兄様ほどの実力が私にはなかったのです。私は魔術が苦手でしたでしょう? 魔術を使って作らなければならない回復薬や解毒薬が上手く作ることができなくて」
「……」
「ですがコーネット様と魔術の特訓をするようになって、苦手だった魔術を克服してからは、薬も上手に作ることが出来るようになりました。だから、今度ここに来るときは、クラリス様と一緒に薬を作りたいって思うようになったのです」
「……っ!?」
デイジーは私の両手をきゅっと握りしめる。
その時のデイジーの嬉しそうな顔は、本当に可愛くて同性の私でもドキッとしてしまった。
そんな風に思ってくれていたなんて……私も嬉しい。
「クラリス様、この島に滞在している間、出来るだけ多くの回復薬を作ることにしましょう」
「デイジー様?」
「父の話によると、最近魔物たちが凶暴化しているそうです。まだ街や村を襲っているという報告はないようですが、この先、実行部隊の出番が多くなるかもしれません。私はソニア様やウィスト様の為にも出来るだけ多くの薬を作っておきたいと思っているのです」
「――――」
一瞬。
私は目眩を覚えた。
恐れていた未来が現実になる?
心のどこかでは、小説の出来事が現実になるとは限らない。今までだって小説とは違う展開だった。魔物の軍勢が来るとは限らない……そんな希望的観測を抱いていた。
だけど魔物の動きが活発になっている、ということは、魔物たちの理性を巣くう瘴気が漂っている可能性がある。
瘴気が漂うということは、そこに魔族がいる可能性がある。瘴気は人間にとっては有毒だが、魔族にとっては活力の源だ。
魔族が人間の世界に来た時、まず行うことは、自分が住みよい空間を作るために、闇の魔術を駆使し、周囲を瘴気で満たす。
あくまで小説に書かれていた魔族の設定だ。
今ある現実が小説の設定通りとは限らない。
それにこの世界で魔族のことがどれだけ把握されているのかは不明だ。
三百年前に魔族が襲来した時のことが文献には載っているけれど、ほとんど伝説扱いされている。
「作らなきゃ……」
「クラリス様?」
「一刻も早く、万能薬を……より良い回復薬を作るようにしましょう」
私は、多分鬼気迫る表情を浮かべていたのだと思う。
デイジーは戸惑いながらも、コクコクと頷いていた。
デイジーの言う通り、質の良い材料が功を奏したのか、その日の内に完璧な万能薬を作る事に成功した。
それから私は、時間が空いている時はデイジーと共に薬を作ることにした。
とても幸運なことに、今ここには紫色魔石がある。
ダンジョンでアドニス先輩がくれたものだけど、それを側に置いておくだけで魔力の消費がかなり減る。
多くの魔力を必要とする万能薬を作る時、それは大いに役に立つ。
本来なら一日一つしか作ることができないが、紫色魔石を側に置いておくと、一日五つ、調子が良い時は八つ作ることが出来た。
「クラリス様、見てくださいませ!」
魔術が不得手だった時には薬を上手く作ることが出来なかったデイジーも、一緒に回復薬を作るたびに腕をあげ、一週間後には私と同じクオリティーの万能薬を作ることができるようになった。
しかもデイジーの才能は回復薬だけでは留まらなかった。
「クラリス様―!! エディアルド様―!! ちょっと見てくださいませ」
ある日、浜辺に呼ばれた私とエディアルド様。
そこにはコーネット先輩もいて、何事かと思いきや、デイジーはビー玉が入ったクッキー缶を私に見せた。
あ、ビー玉じゃなくて、ビー玉のような大きさ、形をした魔石ね。
キラキラしていて綺麗だ。
確かこの魔石って洞穴の灯りをともす時に使っていたものじゃなかったっけ? ?
デイジーはおもむろに魔石を一つ手に取ると、それを海に向かって投げた。
どぉぉぉぉぉぉぉん!!!
とてつもない爆発音。
爆発の衝撃で巨大な水柱が立つ。
少し離れた場所で海を泳いでいた海鳥たちが、一斉に羽ばたいた。
「凄いでしょう? 私が調合した爆薬を、中身が空洞の魔石に詰め込みましたの。今のように、標的者に向かって投げつけたら、上級魔術クラスの爆破魔術と同じくらいの破壊力がありますのよ」
「「…………」」
とびっきり可愛い笑顔で破壊兵器の説明をしてくれるデイジー。
た、多分、巨大な魔物だったら一撃で倒せるか、強い魔物でもかなりのダメージを与えるくらいの威力はある。
うーん、デイジーとコーネット先輩がタッグを組んだら、国一つを吹っ飛ばすような最終兵器を作りそうで怖い。
「持ち運びも便利でいいんじゃないか? ただ爆破の範囲がもう少しコンパクトな方が使い勝手が良さそうだな」
エディアルド様は極真面目な顔で、ビー玉爆弾を評価している。私は驚きのあまり、まだ声が出ないんですけど。
デイジーはエディアルド様の言葉をメモしていた。
そんな危険な発明品もつくりつつも……
材料がなくなったら皆で密林のダンジョンへ行き、レアアイテム探しや魔石採掘をしつつも薬草も採取する。
一度に大量に作ることができないのがもどかしいけれど、魔物の軍団を相手にすることになることを思うと、万能薬は絶対に必要になる。
「出来るだけ多くの薬をストックしておかなきゃ……未来の為に」
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