第69話 密林のダンジョン①~sideクラリス~
青く澄んだ海、白い砂浜、色鮮やかな熱帯の植物。
旅行前に張り切って買った水着を着て、ビーチパラソルの下ビーチベッドの上で音楽を聴きながらゆったりとする――というのは、あくまで前世で経験した南の島の過ごし方だ。
もちろん、この世界でも浜辺でゴロゴロしたって良いのですよ? 前世のようなスマホや音楽プレーヤーがあるわけじゃないから、音楽を聴きながらというのは無理だけど。
しかし今、私たちがいるのはビーチじゃなくて、密林の中だ。
そう、私たちはただ今密林のダンジョンを攻略中なのだ。
冒険するメンバーは私とソニア、エディアルド様とウィスト、それからコーネット先輩。
デイジーとアドニス先輩兄妹は案内人だ。
「まずは虫除けをしてくださいませ」
前世の時にあった虫除けスプレーのようなものをかけられる。こっちの虫除けスプレーは香水の瓶と同じようなお洒落な瓶に入っている。
その虫除けスプレーにくしゃみをしたのは、エディアルド様の周りをくるくる飛んでいる小さなドラゴン、レッドだ。
虫除けの匂いが嫌なのか、レッドは何度かくしゃみをすると、上空へ逃げ、エディアルド様の頭上をくるくると飛びはじめた。
学校課題だった洞窟のダンジョンとはまた違う。私が知っている森は薄暗く、不気味な場所が多いのだけど、ここは眩しい太陽の光が所々に差し込み、色鮮やかな熱帯の花や実が森の中を彩る。
でも何が出てくるか分からない不気味さは同じだ。
視界の隅っこに見たこともないくらい大きなムカデが通り過ぎたような気がするけど、見なかったことにする。
アドニス先輩が言った。
「此処のダンジョンはまだまだ未発見のアイテムも隠れている可能性があります。まぁ、一番の目的はこの魔石を手に入れることですが」
アメシスト……?
いや、アメシストに似ているけれど、かなりの魔力が内包している魔石だ。
掌に乗るサイズ、前世のもので例えるとゴルフボールくらいの大きさだ。
純度の高い美しい魔石ほど、多くの魔力を保有することができる。そして魔術の威力を高める力も大きくなる。
「前回採収した虹色魔石は攻撃の魔術を増強するのに向いているけれど、この紫色魔石は主に治癒魔術や浄化魔術の効き目を高めるのに向いているんだ。しかも魔力の消費も抑えてくれる」
「すごい……そんなレアなアイテムが」
私も欲しいな。得意な回復魔術を今よりもっと高めてくれるもの。
アドニス先輩はクスッと笑って、私に魔石を差し出した。
「この魔石は貴方に差し上げます」
「……え? こんな貴重なもの」
「いえ、この魔石が貴重なのは此処でしか採れないからです。この密林の中にはゴロゴロと落ちていたりするので」
そ、そうなんだ。ということは、この紫色魔石はクロノム家が独占しているんだね。
しかもクロノム家は他にも島を所有していて、珍しい鉱石がたくさん取れるのだとか。
どおりで他の貴族と比べても群を抜いてお金持ちなわけだ。
「どんな魔物が出てくるか楽しみだね、ソニアちゃん」
「そうね、どっちが多くの魔物を仕留めるか勝負よ」
ソニアとウィストの騎士コンビは魔石よりも、強い魔物と戦うのが楽しみなようだ。
……どこかの星の戦闘民族みたいだわ。それにしても、ウィストってソニアのこと、ソニアちゃんって呼ぶのね。
エディアルド様も心なしかウキウキしているように見える。
「ここは多くの経験値が稼げそうだ」
実力を上げるためには、より多くの経験を積むことが重要と考えているエディアルド様は、経験のしたことがない密林の冒険を前に、声を弾ませている。
……うん、エディアルド様も、ソニアとウィストと同じカテゴリーの人間だわ。
しばらくの間は和気藹々とした雰囲気で、密林の道を歩んでいた。
思った程足元が悪くないのが不思議で私は首をかしげ、アドニス先輩に尋ねた。
「この道って舗装されているのですか?」
「舗装なんか出来ませんよ。ここは大蛇の通り道です。大蛇の重みで、地面が押されたり、こすれたりするせいで、このような平らになってしまうのです」
ど、どんだけ重い大蛇なのよ!? 多分、恐竜並みにでかいことは確かね。
道が通りやすくて助かるけれど、あんまり出遭いたくないなぁ。
デイジーがアドニス先輩に声を掛ける。
「大蛇がいるということは、蛇皮が採取できますわね、お兄様」
「ああ。できればゴールドメイルスネイクがいいな。あいつの皮は防御力高いし、高く売れるし」
「シルバーメイルスネイクでしたら、倒しやすいわりに高く売れますし、加工したらお洒落だし、そちらの方が私はいいですわ」
「しかし防御力でいえばやはりゴールドだろう!?」
「いえいえ、お洒落なのは絶対シルバーですわ!!」
ちょっと、ちょっと。そんなことで兄妹喧嘩しないでよ。私はゴールドでもシルバーでも良いわ!
デイジーがいつになく子供っぽいのは、やっぱり相手がお兄さんだからかな。うちもあんな風に妹と仲よく出来たら良かったのにな。
蛇の道をたどっていくと、住処であろう洞穴にたどり着いた。
「ぎゅるるる……」
レッドが低い声で威嚇をする。洞窟の中に強い魔物がいるみたいだ。
コーネット先輩が小さなビー玉のような玉を洞穴の中に投げ込む。それは閃光弾と似たような作用をもたらし、洞窟の中が眩しい光で満たされたみたいだ。
まぶしさに耐えかねた巨大な蛇が洞窟から飛び出してきた。
その身体はゴールドでもシルバーでもなく、先ほどの魔石と同じ、紫色の鱗を持った蛇だった。
「お、お兄様、あの大蛇は……」
「分からない。僕も初めて見る魔物だ」
驚きが隠せないと同時に、目は嬉々としているアドニス先輩。
大蛇は咆哮と共に大きな口をあけ、紫の液体を飛ばしてきた。
恐らく猛毒だろう。
コーネット先輩がすぐさま強力な防御魔術をかける。すると透明な壁がドーム状になってが私たちを包み込む。
毒は私たちにかかることなく壁にぶつかった。
「目を狙うんだ!」
アドニス先輩の言葉に、すぐさま反応したウィストは蛇の元に駆け寄る。大蛇は接近者めがけ毒をはなつが、ウィストはそれを避けてからジャンプをした。
そして剣を横に薙ぎ、蛇の両目を切り裂いた。
目を潰され叫びのたうち回る大蛇の背中にまわったソニアは傍にある岩を踏み台にジャンプし、後頭部に剣を刺す。
その時、蛇の尻尾がソニアの肩を切り裂いた。
尻尾の先は刃物のようになって、しかも毒が含まれているのだ。
「ヒール・デトリクス!」
解毒作用のある浄化魔術と回復魔術を混合した魔術をソニアに向かって唱えた。
忽ちソニアの全身は淡い紫がかった白い光に覆われ、傷口もみるみると塞がる。
紫魔石を所持しているからか、回復も早いし、おまけに魔力の消費量も少ない。
「あ、ありがとうございます!クラリス様」
「よかった、すぐに治せて」
なかなか実戦の機会がないから、今回初めて使ったのだけど、成功してよかった。
聖女様並に早く治療できたんじゃないだろうか。
まぁ、聖女様の魔術を見たことがないから、何とも言えないけれど。
聖女様が魔術を使う時は、炎や光は真っ白だ。それに対して私が魔術を使うと炎や光は、淡い紫がかった白に輝く。パッと見た目、殆ど白なんだけどね。でもやっぱり微妙に違うのよね。
大蛇はさらに毒を放とうと牙を剥く。
するとレッドが蛇の顔の高さまで飛んで、口から炎を放った。
たちまち大蛇の顔は業火に覆われる。水系の魔物なので炎の魔術は効き目がないのだが、ドラゴンの高温の炎にかかると、水分をたっぷり含んだ大蛇の顔も燃えてしまうらしい。
頭が燃えてしまった大蛇は、大きな音を立てて地面に倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます