第68話 氷の庭園でお茶会を~sideクラリス~

 王妃様から頂いたワンピースドレスは、とっても着心地が良いわ。コルセットで締め付けるタイプじゃないのに、スタイルもよく見える。

 他の二人はどんなドレスなのかな。

 ちょっとわくわくしながら部屋を出ると、既に身支度を済ませたソニアとデイジーが外で待っていた。

 あ、二人とも色違いのおそろいのドレスだ。ちょっと姉妹コーデみたいでドキドキする。

 デイジーは瞳と同じ色のオレンジ色のワンピースドレス、ソニアは髪の毛に合わせた水色のワンピースドレスだ。二人とも良く似合うなぁ。

 王妃様が私たちの姿を思い浮かべながら選んでくださったのかと思うと、嬉しい気持ちがこみ上げてきた。

 

「ソニア……でもドレスに帯剣は」

「私はあくまで護衛ですから。極力違和感のないよう短剣を選んでいますし」


 きっぱりと言うソニア……うーん、護衛って建前なんだけどねぇ。本当は友達として、そばにいて欲しいのだけど、そうもいかないか。

 本来なら騎士服で参加する所、「お茶会にこれを着て欲しい」と王妃様からドレスを頂いたのだから、着ないわけにはいかない。だけどやっぱり騎士だから帯剣はしておきたいそうだ。


 メイドに案内され、中庭に出ると……うわ、素敵っっ!! 


 昔テレビで見た氷のホテルを思い出す。

 巨大なパラソルの下、氷の丸テーブルの上には、氷の皿に載った果物や、キューブ形の一口アイス、ゼリーなどがのっている。

 ケーキやスコーンなどは硝子の皿にのっていて、全種類食べたらお腹を壊してしまいそう。

 周囲は氷のパーテーションで覆われ、地面はうっすらと雪が広がっている。

 所々、動物の彫刻が置いてあるのが可愛い。

 どんな魔術が施されているのか分からないけれど、炎天下の中でも氷が解ける気配はない。

 

 お茶は冷たい紅茶と温かい紅茶が選べるようで、私は温かい紅茶を持ってきてもらうようメイドにお願いをする。

 猛暑のはずなのに、ここはエアコンがギンギンに利いているかのように涼しいから。

 氷の椅子の上にはクッションが置かれ、とても座り心地が良かった。

 遅れて現れた王妃様も氷の庭に目を輝かせていたけれど、私たちのドレスを見てさらに嬉しそうに笑った。


「嬉しい……っ!!早速着てくれたのね」


 両手を組んで感激をしている王妃様に、私とソニアとデイジーは席から立ち上がり、淑女の礼をとった。


「「「メリア妃殿下、この度は素晴らしいドレスを賜り誠にありがとうございます」」」


 私たちは声をそろえて王妃様にお礼を申し上げた。部屋から氷の庭園に移動する間に密かに三人で練習しましたよ。

 妃殿下はうっとりと私たちを見てから、少し涙ぐませた。


「私が選んだドレスをちゃんと着てくれたのはあなたたちが初めてなの」

「「「え……!?」」」


 別に示しを合わせたわけじゃないけれど、私たちはリンクしたみたいに「え……?」と漏らしていた。

 メリア妃はレースのハンカチで涙を拭ってから、軽く息をついた。そして寂しそうな表情を浮かべて言ったのだ。


「今までも仲の良いお友達の娘にドレスをプレゼントしたことがあったわ。そうそう、クラリス、あなたの妹のナタリーにもドレスをプレゼントしたことがあったの。今度のお茶会に是非着て来て欲しいとお願いしたのだけど、気に入らなかったのか、社交界に着て来てくれたことはなかったわ。他のお友達の娘も同じで」


 う……ナタリー。いくらデザインが気に入らないからって、王妃様から賜ったものを無碍にするなんて。


「ベルミーラが言うには勿体なくて着ることが出来なかったって言うのだけど、私は出来れば着てほしかったわ」

「「「……」」」


 私たちは顔を見合わせる。

 今の口ぶりからするとナタリー以外の娘にもドレスをあげていたみたいだけど、皆そのドレスを着ようとはしなかったのね。

 ドレスはその時にしか着られないものだから、勿体ぶっていたら宝の持ち腐れになる。

 それに王妃様が着て欲しいとお願いしたのであれば着てくるべきなのに、ベルミーラお義母さまもナタリーも、完全に王妃さまのことを軽んじていたのね。

 多分王妃様のお友達と称する貴族たちも、どちらかと言うとテレス妃側に付いていたから、王妃様のお願いも蔑ろにしていたのだろう。

 その時私は、クロノム公爵が複雑な表情で王妃様を見詰めていることに気づいた。

 


「そろそろ君も友達を選別した方がいいのかもね」

「オリバー兄様」

「君だってうすうす気づいているのだろう? 親しげに声を掛けてくる者全員が君に好意を抱いているわけじゃないということぐらい」

「……」


 幼い頃からお互いをよく知る従兄弟同士だけに、クロノム公爵は砕けた口調で王妃様に話しかけている。エディアルド様のことも、公式以外の場ではエディーって呼ぶのね。王妃様の警戒心を抱かせないよう、敢えて昔と同じような口調で話しているように思えた。


「だけど、私の力になってくれる友達もいるわ……テレスも私のことを凄く心配していて、最後まで引き止めてくれたわ」

「ふうん、テレスちゃんがね」


 クロノム公爵は顔の前で手を組んで、どこか意味深な笑みを浮かべる。

 あの第二側妃のことをテレスちゃん呼ばわりできるのは、この人ぐらいだろうな。

 それにしても何故、テレス妃は王妃様のアマリリス島行きを引き止めたのかしら?

 純粋な友情で引き止めているとは思えない。

 王妃様がいなくなった方が、テレス妃にとっては好き放題出来そうで都合が良さそうな気がするのだけど。

 何か他に理由があるのかしら?


「とにかく君は昔から危なっかしいんだよね。人のことを信じやすいし」

「オリバー兄様」

「全部の友達を疑えとは言わないけど、君の地位を利用する人、君を陥れようとしている人……あるいは、君を殺そうとしている人がいてもおかしくはないのだから。王妃の地位というのは、そういうものだからね」

「……」 


 クロノム公爵は従兄妹として妃殿下の行く末を案じているのね。

 エディアルド様が王妃様を連れて来た目的は、もしかしたら幼なじみのクロノム公爵に母親を説得してもらいたかったのかもしれない。

 今のまま、テレス妃を全面的に信頼している状況が危ういと感じていたのだろう。

 クロノム公爵が快諾をしたのも、それならば頷ける。

 王妃様は少し厳しめの従兄弟の言葉に、困ったような表情を浮かべて、俯いていた。


 ……何か、まだピンときていない感じね。

 まぁ、今まで友達だと慕っている人間を、いきなり疑えと言われても困るわよね。

 少しずつ説得していくしかないのかな? 

 クロノム公爵はニコッと笑って、今度は優しい声で王妃様に言った。

 

「まぁ堅い話はここまでにして、ここからはお茶会を楽しもう。メリア、君は確かミルクティーが好きだったよね? ミルクティーにぴったりな茶葉も用意しているよ」

「本当!? 嬉しいわ!!」

「この場では、昔のように気軽に話し合おうよ。君も王城の中じゃ気が休まらない日々が続いていただろう?」

「兄様、ありがとう」



 オリバー=クロノムという人物は飴と鞭を巧みに使い分けているような気がする。

 敵だったらやっかいな人だ。そうやって、人間を思うがままに操るんだろうなぁ。

 だけど家族思いな一面もあることは確かだ。これから王妃様を良い方向に導いてくれることを期待したい。


 お茶会は終始和やかなもので、隣の席に座ったエディアルド様とゆったりとした気持ちで談笑することができた。

 向かいの席ではデイジーが兄であるアドニス先輩を挟んで、コーネット先輩と楽しげに話をしている。二人きりで話していると、クロノム公爵に怪しまれるから、お兄さんを挟んだんだろうけど、アドニス先輩は居心地が悪そうだな。


 ウィストは護衛をしつつも、ドレスアップしたソニアのことをチラチラと見ている。

 ソニアもそんな彼の視線を意識してか、護衛のポーズをとりながらも、明後日の方向を見ていた。

 うーん、青春だね!

 クロノム公爵は先ほどとは打って変わって、王妃様と昔話に花を咲かせている。

 あの王妃様と宰相様がいつになくお互いにリラックスしているのが、何とも印象的だった。



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