悪役たちの秋休み
第67話 いざアマリリス島へ~sideクラリス~
クロノム領にあるアマリリス島は常夏の島だ。
透き通った青い海、白い砂浜。
椰子の木やハイビスカス、ブーゲンビリア、それから島の名前の通りシロスジアマリリスが至る所に咲いていた。
異世界ならではの植物もあれば、前世と共通した植物もある。元々、小説の世界なのだから、前世と共通しているものが沢山あるのも当然よね。
クロノム家恒例のアマリリス島の旅行に出掛けることになったのは、私やソニアだけじゃない。
「ああ、いつ来ても素敵な所ね!アマリリス島は」
面子の中で一番無邪気にはしゃいでいる女性は、この国の王妃様。
メリア=ハーディン妃殿下――天真爛漫なエディアルド様のお母様だった。
船から下りた妃殿下は、あらゆる景色に目を輝かせ、周りをキョロキョロさせている。
妃殿下は療養の為、エディアルド様と共にアマリリス島に行くことになったのだけど、今日は調子がいいのか、とても元気そう。
移動の馬車や船にも寝台が用意され、薬師や治癒に優れた魔術師も待機していたけれど、殆ど出番がなかった。
妃殿下は終始嬉しそうに外の景色をながめていたり、温かいお茶やスープを飲むたびに幸せそうな表情を浮かべたり、エディアルド様と楽しそうにおしゃべりをしたりしていた。
ただ、以前会った時よりも少し痩せたみたいで、体調を崩しがちなのも嘘ではなさそうだ。
一国の王妃と王子の旅行とあって、精悍な騎士達が護衛している。
その中にはウィストや、コーネット先輩の姿もあった。
ウィストはエディアルド様の護衛として。コーネット先輩は、デイジーのお兄さん、アドニス先輩の友達としてここに来ていた。
ちなみに側近である筈のカーティスは、現在実家に帰っている。側近という仕事にも春休みが必要だ、とエディアルド様は言っていたけれど、単に邪魔者を里に帰したのだろうな、って思う。
それから――
「きゅー、きゅー、きゅうう」
甘えたような声を漏らすのは仔犬じゃなくて、ドラゴンの子供。
学園のダンジョンで拾ってきたあの時のドラゴンの子供だ。
赤く硬い皮膚が特徴なので厳密に言うとレッドドラゴンだ。
名前はそのまんまだけど、レッド。
気性が荒く、人間には敵意を抱くことが多い筈なんだけど。
「きゅううう、きゅーっきゅーっ!!」
私はこの子に懐かれていて、出会うたびに私の胸に飛び込んで頬ずりをしてくる。
コーネット先輩曰く、こんなに人間に甘えるドラゴンも珍しいそうだ。
以前よりも大きくなっていて、今は人間で言うと十歳児ぐらいの大きさかな。
こうやって抱き合うことができるのも、あと少しらしい。
ドラゴンの成長はかなり早く、一年も経たない内に成竜になるのだとか。
レッドが飼い主であるエディアルド様以外の人間に甘えてくるのは私だけらしい。
前世の時も動物にやたらに懐かれていたけれど、今世もそうなのかな。
レアな動物に懐かれるのは何だか光栄だけど。
私はレッドの頭をよしよしと撫でる。
一足先に島に着いていたクロノム公爵は、港まで出迎えてくれて、エディアルド様と王妃様の来島を歓迎していた。
エディアルド様が直接国王陛下に交渉したことで、今回の母子旅は実現したみたい。
クロノム公爵はエディアルド様と王妃様の前で恭しく跪いた。
「メリア妃殿下、エディアルド殿下、ようこそアマリリス島へ」
「オリバー兄様、そんなに畏まらないで。昔のように気軽に話しかけてくれればいいのよ」
王妃様は気さくにクロノム公爵に声を掛ける。
従兄妹同士とは聞いていたけれど、二人の間には兄妹のような親密さが感じられた。
従兄妹にしては、全然似ていないけれど、顔が年よりも若く見えるところは共通している。
エディアルド様と王妃様も、私たちと同じく、クロノム家の邸宅に泊まることになっている。
クロノム家の別邸は、王族貴族をいつでも迎え入れられるような巨大施設なので、問題はないみたい。
コーネット先輩は友達のアドニス先輩と楽しそうに話をしている。その様子をデイジーはちら見しては顔を赤らめていて、何だか嬉しそう。
ウィストとソニアはエディアルド様の要請で、私たちの護衛に来てくれている。
港から馬車で移動して、クロノム家の別邸に到着した私たちは周囲を見回す。
帝都にある本邸も宮殿みたいに凄かったけれど、この別邸も凄い。
南国情緒あふれる広大な庭園に、広々としたプール、赤瓦の屋根に白い壁の大きな邸宅は、青い空のキャンバスの中、存在感を際立たせていた。
他の貴族や、時には王族も招くための建物だから、平民の金持ちが持っているような別荘とはレベルが違うのだ。
「この子が寝られる場所はあるか?」
エディアルド様が頭上を飛び回るレッドを指差し、そばに居る使用人に尋ねる。
「東側に厩舎がございます。フライングドラゴンがいますが、皆大人しく友好的なので、子供のドラゴンも快く受け入れてくれると思いますよ」
「よかったな、レッド。友達もいるって」
エディアルド様の言葉を理解したのか、レッドは嬉しそうに鳴いてから、厩舎がある方へ飛んでいった。
建物の中に入ると、それまで蒸し暑かった外が一変して涼しくなる。
冷風を引き起こす魔石によって、エアコンをかけたように過ごしやすくなっていた。
「皆様、少し休憩した後、お茶や軽食をご用意しておりますので、氷の庭園にお越しください」
執事の言葉にエディアルド様が首を傾げる。
「氷の庭園?」
「この厳しい暑さでも涼しく過ごせるように、雪と氷の魔術を施した特別な庭です」
氷の庭園かぁ、どんな所だろう?
でもその前に荷物を置かないとね。
案内された部屋は一人で使うには贅沢なほど広く、テラスからは海が見える。
うわぁ、高級リゾートホテルの部屋だ……ここが友達の家ですよ!?
料金払わなくてもいいのだろうか? と思わず心配してしまうのは、前世の記憶が残っているからだろうな。
とりあえず荷物整理からね。
使用人があらかじめ持ってきてくれた荷物はクロゼットの横に設置された台の上に置かれていた。
その中でも一際目立つ大きな箱。
大きな紅いリボンで結んである光沢のあるピンク色の箱の中には、一着のワンピースドレスが入っている。
箱からワンピースドレスを取り出し、私はそれに着替える。
別邸では身軽な格好で過ごすのが決まりなので、ドレスというよりこれはワンピース。使用人の手伝いがなくても一人で着ることができる。
わ……鮮やかな紅いドレスだ。
私の髪の毛の色とマッチした紅で、自分でも良く似合うと思ってしまう。
このドレスは、アマリリス島に向かう船に乗るとき、王妃様から頂いたものだ。
私だけではなく、デイジーやソニアも王妃様から同じようなプレゼントの箱を渡されていた。
まさか王妃様から直々にプレゼントを頂くことになるなんて思いも寄らなかった私たちは、お互い顔を見合わせながら戸惑っていたのだけど、王妃様は弾んだ声で仰ったの。
「実はね、前から女の子が欲しかったの。私が選んだドレスを娘に着て貰うのが夢だったから。可愛い女の子にはついついプレゼントしたくなるの」
私たちと旅行に行くという話が来た時に、王妃様が真っ先にしたことはブティックの店員と、店にあるワンピースドレスを全部持って来させたことだったらしい。
しかもブティックの記録から、私やデイジー、ソニアのスリーサイズを調べ、私たちにぴったりなワンピースを選んだのだとか。
もっと先に準備することがあるだろ、とエディアルド様は呆れていたみたいだけどね。
でも確かにドレスを選ぶのって楽しいから、気持ちは分かるかな。
もし、王妃様に女の子の孫が出来たら、溢れんばかりのドレスを買いそう。
私とエディアルド様の娘だったら、どっちに似てもいいわよね。あ……でもエディアルド様に似た女の子、可愛いだろうな。さらさらの金色の髪の毛に、空色の目、人形みたいに整った顔をしていて、きっと何を着ても似合うに違いない。
……は!? わ、私は何をっっ!!
こ、子供なんて気が早すぎっっ!!
婚約はしているけれど、結婚が確定したわけじゃないのに。
私は部屋の中で一人、顔を真っ赤にして首をブンブン横に振っていた。
そ、そろそろお茶会の時間かな……?
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