第66話 国王謁見②~sideエディアルド~
「まずは陛下、私はこの国の軍事強化を進言したいと思います。四守護士だけではなく、騎士や兵士、軍全体が弱体化しています。何卒、ご考慮を」
俺の言葉に、謁見の間は水を打ったかのように静まりかえった。
ひそひそ話一つ聞こえない。
皆、引いたかな……そりゃそうだ、つい最近まで馬鹿王子だった奴が、いきなり軍事に首を突っ込むような発言をしているのだから。
しかし、そんな俺の言葉に賛辞の拍手を送る者がいた。
ロバート将軍だ。
まるで子供の成長を喜ぶ親のように、目を潤ませてこっちを見詰めている。
すごく俺のことを気に掛けてくれていたことは知っていたけれど……少し暑苦しいかな……有り難いんだけどな。
小説におけるロバート将軍は、ダークドラゴンと戦い、命を落とした人物だ。愚かしいエディアルドのことを最後まで心配していた人物でもあった。
小説と同じぐらい、今のロバート将軍も、俺のことを気に掛けてくれていて、時間が空いている時には剣術の相手や、魔物討伐のサポートをしてくれる時もある。
だからこそ俺が王族の一員らしい発言、しかも自分が望んでいたことを代弁してくれたから、泣くほど嬉しかったのだろう。特に、アーノルドは前回の謁見で、平和な世に軍強化は不要、と言って軍事費削減を父上に訴えているらしいから余計だよな。
ロバートは声を弾ませて俺に言った。
「よくぞ仰せになりました。私も近頃、騎士達の惰弱さに嘆かわしさを感じておりました」
すると軍事を担う貴族たちもそれに同意するよう拍手を送る。俺の言葉に乗じて国王陛下に進言する者も現れる。
「陛下、この際ですから軍事費用を上げることを検討してくださいませ」
「エディアルド殿下の言うとおりですぞ!最近の騎士たちは以前にも増して惰弱になっております」
軍関係者たちが俺の援護に回ったので、テレス側の貴族達は何一つ反論出来なくなった。
彼らはちらちらと玉座に座るテレスの顔色を窺う。
そのテレスはもちろん面白くなさそうに表情を歪めていた。だが国王が「具合でも悪いのか?」と尋ねると、彼女は平静を装い微笑を浮かべた。
「あと宮廷魔術師の強化、有能な宮廷薬師の輩出にも力を注いでください」
俺がさらに進言すると、謁見の間の隅で控えていた宮廷魔術士長と宮廷薬師長の老人二人が盛大な拍手を送っている。
二人ともよくぞ言ってくださった、と言わんばかりにうれし泣きをしていた。
さすがにこの意見に表だって反対する貴族はいない。反対した瞬間、軍関係者、魔術師や薬師を全員敵に回すことになるからな。
国王陛下は戸惑いながらも、かろうじて威厳を保った口調で答える。
「むう……前向きに検討することにしよう」
「検討だけで終わらせないで欲しいものですね。いくら大きな戦はなくても、領土を巡った小競り合いはありますし、我が軍が脆弱だと分かれば、隣国である帝国が攻めてくる可能性は否定できませんから。特に隣国のユスティ帝国の第一皇子は血気盛んな性格だと聞き及んでおります」
ユスティ帝国の第一王子、ヴェラッドは聖女ミミリアに求愛し、自国へ連れて帰ろうとする。まぁ本編が終わった外伝に登場する人物だけど、彼は聖女の力を利用し、ハーディン王国を属国にしようとするんだよな。
魔族の襲来がなかったとしても、軍事帝国が隣接した状態のハーディン王国は決して弱みをみせてはならないのだ。
「ユスティ帝国のことまで把握しているとは……」
思わず唸る父上に、俺は何とも言えない表情を浮かべる。
まぁ、半分は小説の知識だ。隣国の第一皇子、ヴェラッドは、小説と違って大人しくて良い奴なのかもしれんが、用心するにこしたことはないだろう。
俺は引き続き、父上にお願いをすることにした。
「四守護士のことでお尋ねになったので、その流れで軍強化の進言をさせて頂きましたが、ただ、今回は個人的に国王陛下にお願いがあって参りました」
「ほ、ほう、お願いとは」
「母上と共に旅行をしたく思っています。旅行、というよりも、王城を出て、静かな場所で療養させたいのです」
どんなお願いかと身構えていた父上は、ややほっとした表情になる。軍関係のお願いはもう辞めて欲しいというのが本音なのだろう。
そんな気構えじゃ困るんだけど、今は体調を崩している母親の方が優先だ。
「して療養先は考えているのか?」
「はい。クロノム領にあるアマリリス諸島に行きたいと思っています。あの場所は母上が幼い頃よく遊んでいた場所と聞いておりますから」
その時父上は、脇に控える宰相、クロノム公爵の方を見た。
クロノム公爵は穏やかな笑みを浮かべ、心得たと言わんばかりに頷く。
「こちらとしては構いませんよ。従兄妹として、王妃殿下の容態はとても心配していたところです。アマリリス諸島は空気も良いですし、静かなところですから、療養には最適です」
「反対ですわ」
すかさず声を上げたのは、陛下の隣に座るテレス妃だ。
彼女はじろりと俺の方を睨んだ。
「あんな僻地、ろくな治療施設がないではありませんか。王妃殿下は重病なのですよ? 移動にもお身体にご負担がかかります」
「あ、その点でしたらご心配なく。馬車にも船にも僕専属の魔術師と薬師が付いております故。全ての移動手段に最上級の寝台もついているので、王妃殿下に身体の負担は一切かけさせません」
すかさず答えたのはクロノム公爵だった。
温厚な童顔で物腰も柔らかなのに、反論許さない圧を感じるのは気のせいか。
第二側妃もさすがにひるむものの、それでも口を開く。
「だ、だけど」
「アマリリス島には、王城に負けぬくらいの治療施設がありますのでご心配なく」
なおも反対の声を上げようとするテレスに、クロノム公爵が台詞をかぶせてきた。完全に後手に回ってしまったテレスは何も言えなくなる。
クロノム公爵は弧を描く目をわずかに開き、やや低い声で問いかける。
「それとも、テレス妃殿下は、王妃様がここから離れると都合が悪いことでもあるのですか?」
テレスは一瞬目を見開いた。平常心の仮面をあやうく落としそうになったな。ほんのわずかな目の動きだから、他の者は気づいていないかもしれない。
しかしすぐさま平常心の仮面をかぶり、落ち着き払った様子で、あたかも納得したかのように頷く。
「きちんとした治療施設があるのであれば言うことはありませんわ。ただし王妃様の体調が悪くなるようでしたら、すぐにでも帰城させなさい。いいですね?」
国王陛下を差し置いて、我が子でもない皇子に命令を下すとは。
もう、この国は自分のものだと思っているな、ありゃ。
側妃の態度を咎めろよって思うけど、愛人に激甘な国王陛下は何も言わない。
まぁいい。とりあえず母上を王城から離すことには成功した。
「分かりました。早くて三日後には出発したいと思っておりますので、よろしくおねがいします」
「み、三日後ですって!? そ、そんなに急かさなくても」
「何が不都合なことでも?」
「な、何って王族の旅支度は時間がかかるのよ!?」
「既に護衛の騎士の依頼、交通の手配、母上も張り切って旅支度をはじめておりますので、明日には全ての準備が完了するでしょう。デイジー公爵令嬢の協力も得て、母上が宿泊する部屋の準備も調えてありますのでご心配なく」
「……っっ!!」
向こうが反論する前に、俺は全ての準備が既に調っていることを主張した。
護衛の騎士の手配は、騎士団の人事を担うアドニスがすぐに動いてくれたからな。交通の手配は、デイジー嬢から話を聞いたクロノム公爵が手配をしてくれていた。
俺はちらっとクロノム公爵の方を見る。
童顔なので、ハッキリ言って宰相には見えないが、彼は茶目っ気たっぷりに小首をかしげ、指で○をつくるOKサインを送ってきた。
あのジェスチャーは前世と共通しているようだ。
後はこのオジサンに任せなさい、という声が聞こえたような気がした。
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