第65話 国王謁見①~sideエディアルド~
ハーディン王国では、王族、そして選ばれた貴族たちが月に一回国王に謁見できる日がある。国王に進言したいこと、願い事がある者はこの国王謁見の行事に参加する。
アーノルドはこの行事に積極的に参加していて、前回は何をとち狂ったのか軍事費削減を国王陛下に進言していたらしい。
今は平和な世の中だから、軍に力を入れる必要がないという理由らしいが、冗談ではない。
この先、魔族が攻めてくるかもしれないというのに。
一緒に魔物退治をするようになってから、ロバートから聞いた愚痴だけどな。
前世の記憶が蘇ってから、俺は国王謁見の行事に参加していなかった。特に国王にお願いするようなことはなかったし、極力目立つ行動はしたくなかったからだ。
しかし、今回は急いで叶えて貰いたい願い事があるので、参加することにした。
アーノルドの謁見が終わったら俺の番だ。何で弟の方が先なのかは、この際気にしないことにして。
デイジーの父親である鋼鉄の宰相、オリバー=クロノムがいるのも都合が良い。
俺はカーティスと共に謁見の間へと向かう。
時間通りに来たのだけど、随分と話が長引いているようだ。
父の秘書官が扉の前に立ち、「今しばらくお待ちください」と頭を下げる。
俺は軽く息をついて、アーノルドが謁見の間から出てくるのを待っていた。
程なくして、扉越しに苛立たしげな足音が聞こえたので、秘書官は慌てて扉の前から退いた。
バンッ!
乱暴に扉を開ける音が響き渡る。
そんなアーノルドの態度に、俺は苦々しく注意した。
「アーノルド、陛下の御前だぞ。そんな乱暴に扉を開けるものじゃない」
「黙れ!! 誰がそうさせていると思っているんだ!?」
その様子じゃ、アーノルドの願いが聞き届けられなかったのだろうな。俺の所為ってことは、俺がらみのこと――あ、さっきの稽古のことを訴えたのかな? 兄上に苛められた、とか? いや、まさかな。幼稚園児じゃあるまいし。
大股で歩き去るアーノルドを取り巻きの貴族達が追いかける。カーティスも複雑な目でその後ろ姿を見送っている。
秘書官に促されたので、俺は帯剣している剣を近衛兵に預けた。国王の前では武器の所持はできないからな。
そしてカーティスと共に謁見の間へ入る。
玉座に座るのは国王陛下と第二側妃であるテレス。
病床の王妃に代わって公務を担っているとはいえ、王妃の席に座って良いわけではないのだが、それを指摘する者も咎める者もいない。
(早くも王妃面か……)
もし記憶が蘇る前のエディアルドだったら、その場で憤慨していただろうな。
テレスがこちらの心を煽るかのように勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
俺がその場で激怒し、悪態をつくのを待っているのだろう。
確か小説の中ではエディアルドがテレスに向かって怒鳴り散らしたんだよな。
『そこは愛人風情が座る席ではない! 母上に代わって王妃に成り代わるつもりか!? この悪女が!!』
『そのようなつもりは……ううう……申し訳ございません』
テレスはその時さめざめと泣いて周囲の同情を買った。第二側妃の涙を見た国王陛下はエディアルドを叱責。しばらく顔も見たくないという理由で、月に一度の国王謁見も禁じられてしまう。
もちろん小説のように国王陛下の挨拶もなしに、テレスに怒鳴りつけるなどするわけがない。
視線でマウントもかけられたが、どんなにムカつく相手に対しても、冷静沈着に対応しなければならない時がある。前世じゃそんなの日常茶飯事だった。
目が合ったにも関わらず、何も言わずに前に進み出る俺に対し、テレスは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
恐らく心の中では舌打ちもしているだろう。
俺は玉座から適度な距離の場所で立ち止まり、臣下の礼をとる。
「ハーディン王国栄華の象徴であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます」
俺のその立ち振る舞いだけで、周りにいる臣下たちがざわめく。
何故そんなに驚くのだろう? と首を傾げた瞬間、前世の記憶が蘇る前の出来事を思い出す。
そういえば前回の国王謁見の時には、「父上~!!」と言って玉座まで駆け寄り、父に縋っていた――うわ、我ながら痛い!おいおい、日本だったら高校生だぞ? そんな年にもなって俺は父親に駄々っ子みたいに泣きついていたのか。
……思い出すんじゃなかった。あまりにも恥ずかしすぎるっ!!
そりゃ臣下たちもざわめくよな。普通に挨拶をすることすら、初めてだったのだから。
しかし国王陛下は普通に挨拶をする俺を見て、一抹の寂しさを感じたらしい。
「ずいぶんと他人行儀だな、エディアルド」
「陛下、この場は公の場でございます。今、自分は陛下の臣下として、はせ参じております故」
「……!?」
まるで雷にでも打たれたかのような反応。
よっぽど衝撃だったんだろうな。エディアルドの今までの態度のことを思うと、当然と言えば当然か。
「う、うむ……実は尋ねたいことがある。そなたがアーノルドを苛めたというのは誠か?」
「………………アーノルドがそう申したのでしょうか?」
「い、いや、アーノルドはそうは言っていなかったが」
ちらっとテレスの方をみる。
ああ、アーノルドから事の次第を聞いた、そこのオバさんが大袈裟に国王陛下に報告したわけね。
するとテレスが横柄な口調で俺に問いかける。
「しかも四守護士たちにも怪我を負わせたというじゃないの」
「あ、はい。何分、四人がかりなものですから、こちらも加減をする余裕はありませんでした」
「よ、四人がかりだと!? そ、そのような話は聞いておらぬぞ」
あからさまに驚く国王陛下に、俺はひそかに溜息をつきたくなる。
四対一だったことは父上に報告しなかったのね。都合の悪い所は省いて報告したのは、テレスの入れ知恵だろうな。普段のアーノルドだったら馬鹿正直に全部話してしまうだろうから。
「よ、四対一なんて、そのような出鱈目……いくら殿下でも容認しかねます!」
声を上げるのはアーノルドの支持者だ。見てもいないのに出鱈目と決めつけるとは。
俺は溜息交じりに答えた。
「仮に一対一だったとしても、試合ではなく実戦を想定した訓練だから、何の文句も言われる筋合いはない」
「じ、実戦など……この平和な世の中にそんなものは不要です!!」
「この平和な世の中……ね。平和な世の中だからといって犯罪がないとでも? その犯罪者から王族、貴族を守るのは誰だと思っているんだ?」
「た、確かにそれは騎士団の役割ではありますが、戦争じゃあるまいし、たかが強盗や山賊を相手に実戦訓練など」
「強盗や山賊はルールに則った剣の試合をしてくれるのか?」
「――」
俺の言葉にアーノルド支持者の貴族は返す言葉がなくなった。
唇を噛みしめ、愚王子の分際で生意気な……と言わんばかりに血走った目でこっちを見ている。
一方、軍に携わる貴族たちは控えめではあるが、愉快そうに笑っていた。
実戦は不要とか抜かしている、平和ボケした貴族の戯言が可笑しくてたまらないのだろう。
鋭い眼光で睨み付けるテレスやアーノルドの支持者たちに、俺は密かに溜息をつく。今は王太子の座を争っている場合じゃないのにな。
「本当に情けない。陛下、若手騎士の実力者と誉れ高い四守護士達が、俺一人、倒すことができないのですよ? 彼らにはもっと強くなってもらわなければなりません」
「しかし四守護士も手加減をしたのでは?」
俺一人で四守護士を倒したのが信じられないのか、そう問いかける国王陛下に、俺は大仰に溜息をついて答えた。
「手加減する以前に、四守護士の内二人は、俺にたどり着く前に捕縛魔術に引っかかっていました」
俺の言葉に険しい顔を浮かべたのは国王陛下ではなく、この国の将軍であり、軍務大臣でもある男だった。
ロバートは「あの馬鹿者どもが……」と、その場にはいない四守護士の不甲斐なさに怒りを覚えているようだった。
「まずは陛下、自分はこの国の軍事強化を進言したいと思います。四守護士だけではなく、騎士や兵士、軍全体が弱体化しています。何卒、ご考慮を」
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