第46話 悪役達はダンジョンを攻略する②~sideエディアルド~


 きききぃ

 きぃー、きぃー!!


 洞窟の奥から猿のような鳴き声が聞こえる。

 恐らく猿型の魔物なのだろう。食べ物の匂いに釣られてここに来たのかも知れない。

 ソニアとウィストがすぐさま前方に立ちはだかり剣を構える。

 魔石の光により反射した目玉が闇の中、一つ二つ増えていく。


 きききぃぃぃー!!

 ぎぃぃぃぃ!!


 甲高い威嚇の声と共に、蒼い毛を生やした猿型の魔物がこちらに襲い掛かってきた。

 猿の一匹が素早くカーティスの携帯食を奪い取る。

 さっさとしまえば良かったのに。カーティスは携帯食を失った状態の手を茫然と見詰めていた。


「アジュルモンキーか」


 俺は魔物の名前を呟く。

 洞窟の外でも活動する魔物なので、光にさしたる抵抗はない。強い魔物ではないが食べ物に対する執着が強い。

 コーネットがピンポン球サイズの魔石を二、三個弾ませると、小さな爆発が起き、魔物の周りに煙が纏わり付く。

 ひるんだ魔物たちをソニアとウィストが次々と倒す。

 仲間が倒され、残った魔物たちはきーっ、きーっと鳴きながら、背中を向けて退散する。



 魔物の血のにおいに引き寄せられたのか、今度は蒼い羽を持つ蝙蝠型の魔物が襲ってくる。

 半数は猿型の魔物の死体に食らいつくが、残る半分はこっちに向かって飛んできた。

 

「メガ・ライトニング!」


 クラリスが呪文を唱えると魔物たちに落雷が襲う。

 落雷の光は紫がかった白。聖女だけが放つと言われる、白い落雷と酷似していた。

 だが攻撃と浄化の作用を持つ聖女の落雷とは違い、クラリスの放つ魔術は浄化の作用はない。

 しかしその光を見ただけで怯む魔物も多かった。


「一瞬……聖女様かと思いました」


 蝙蝠の大群を一掃したクラリスに、ソニアは驚きを隠せない。デイジーも同意といわんばかりにコクコク頷いている。


「もう、大袈裟ですよ。聖女様だったら洞窟の魔物を全部片付けていますから」


 照れくさそうに笑うクラリスだけど、俺もソニアに同意したい気持ちだ。魔術を駆使するクラリスは神々しい美しさがあった。


 アジュルモンキーがBランクの魔物。

 アジュルバットがCランクの魔物。


 学校が用意したダンジョンであれば、まぁそんなもんだろう。基本的には生徒が怪我しない程度の魔物が用意されている筈だから。

 早朝、ウィストと共に行く魔物退治はランクAの大物を相手にすることが多いからな。ちょっと物足りないんだよなぁ。

 まぁ今は、皆で無傷でダンジョンをクリアすることが最優先だ。



 

 入り組んだ道も視界が明るいから、かなりスムーズに進むことができたし、極端な段差に足を取られることもなかった。

 いくつか分かれ道もあり、行き止まりに当たったり、大きな岩に阻まれて先に通れず、引き返すこともあったが、比較的さくさくと前進できているのではないかと思う。

 この調子でいけば、思いの他早くダンジョンをクリアすることができそう……と思っていた矢先。


「……あの先、ちょっと不自然ですわ」


 そう言ったのはデイジーだ。

 確かに今までごつごつした岩場だったのに、彼女が指差す先は、砂利が敷き詰められた状態になっている。

   

「ウィスト、ちょっと大きめの石をあの砂利に向かって投げてくれないか?」


 俺が言うとウィストは頷いて、バスケットボールサイズの石を、軽々と片手で持ってヒョイッと砂利が敷き詰められた場所に向かって投げた。 

 石は砂利の上に落下したとたん、その姿を消した。

 砂利の地面にすぽっと穴があき、石はそのまま下へ落下したのだ。


「子供だましの落とし穴だな」


 肩をすくめるカーティスだが、デイジーはやや表情を曇らせる。

 そんな彼女に、俺は「何か気になるのか?」と尋ねてみる。


「子供だましとはいえ、もしコーネット様の灯りがなかったら、私たちはこの落とし穴の存在に気づかなかったと思います」

「確かに。魔術師が放つ照光魔術もここまでは明るくないからな。見通しが悪かったら気づかない可能性が高い」

 俺が頷くと、コーネットもやや険しい表情を浮かべた。


「これは明らかに人為的に仕掛けられたものです」

「罠を避けるというのも課題の一つだっただろ?」

 俺が問うと、コーネットは首を横に振った。

「建物や塔など人が作り上げたダンジョンの場合は、そういうトラップも予めしかけておくことがあります。ですが、こういった自然に出来上がったダンジョンの場合は、人為的な仕掛けを学園側が用意することはないはずです」


 だとしたら、誰なんだ? こんな子供じみた罠をしかけた奴は――真っ先に思いついたのは、ダンジョンの説明をしていたあの教師だ。

 クラリスも同じ事を思っていたのか。


「あのケープスって教師……明らかにエディアルド様をこっちのダンジョンに入るよう誘導していました」

「本物のケープス先生ならそんなことはしないけどな。あれは恐らく、変身魔術を使ってケープス先生に化けた別人だ」

 



 俺の言葉にその場にいる全員が驚いていた……いや、コーネットだけはそんなに驚いていないか。

 クラリスは顔を蒼白にする。


「そんな、変身魔術だったら見抜く自信はあるのですが……」

「変身魔術が得意な上級魔術師だったら、見抜くのも難しいだろう」

「……私もまだまだですね」


 悔しそうに唇を噛むクラリス。

 変身魔術を見抜けず、危険を回避できなかったことがショックだったのだろう。

 しかし変身を見抜けたとしても、今の状況は避けられなかったと思う。

 俺もケープス先生に違和感を覚えた時点で、漠然と嫌な予感はしていた。

 多分アーノルドには、有利なダンジョンを用意しているのだろうな、とは思っていたが、まさか俺に罠まで掛ける程、悪意を向けているとは思わなかったのだ。

 コーネットは溜息交じりに言った。


「マイヤー先生に化けずに、わざわざ三年のケープス先生に化けてここに来たのも、良く知っている教師に化けたら、ボロが出ると思ったからでしょう」

 デイジーは成る程、と頷く。

「今回、同行する上級生も二年生しかいませんでしたものね」

「ええ、私は生徒会役員でしたから、顧問であるケープス先生のことはよく知っていました。だからいつもの先生とは違うな、とは思っていたのですが」

「もし危険人物だとしたら、マイヤー先生もケープス先生も、どこかで気絶させられているか……まさか……殺されていなかったら良いのですけど」


 デイジーはかなり物騒なことを呟いているが、一応そのことも想定した方が良いのかもしれないな。

 偽ケープスの目論見は、てっきりアーノルドを勝たせることだと思っていたが、もしかしたら、俺を危険なダンジョンへ導くことが目的だったのかもしれない。


 

「……落とし穴という可愛い仕掛けだけならまだいいんだけどな」

「え?」


 俺の呟きにクラリスが首を傾げたその時、突如地鳴りのような音が響き渡った。

 程なくして、それが地鳴りではなく足音であると気づいた。

 周辺の天井や、地面の岩がかすかに震えている。

 

「キャプト・ネット!」


 デイジーが呪文を唱えると地面に蜘蛛の巣のようなネットが張り巡らせられる。

 しかしネットは直径一メートルほどの小さなもの。

 もっと大きなネットを張りたいデイジーは悔しそうに口をへの字に曲げる。

 そこにコーネットがデイジーの肩を叩いた。


「もう少し落ち着いて。一度深呼吸をしてから呪文を唱えてみて」


 その言葉にデイジーは頷いて、地面に掌を当て再び呪文を唱える。  

 

「キャプト・ネット」


 すると直径一メートルほどしかなかったネットが、洞窟の幅である三メートル幅にまで広がる。

 落ち着いたくらいで、そんなにすぐ唱えられるようになるのかと思うだろうが、実は後ろにいるコーネットが小声で呪文を唱えていた。

 魔術が成功したことを喜ぶデイジー。

 しかし、それが果たして本人の為になるのだろうか? という疑問が浮かぶが俺の内心を察してか、彼は小声で言ったのだった。


「まずは自信をつけさせるのも一つの手です。彼女は魔術に対して苦手意識を持っているだけで、才能がないわけじゃないですから」

 

 そうこうしている内に、迫り来る足音の主が姿を現した。

 体長三メートルは優にあるレッドドラゴンだ。赤い身体と炎のような鬣が特徴だ。コーネットが乗ってきたフライドラゴンより一回り大きい。

 クラリスやデイジーは恐怖で顔が強ばり、コーネットとソニアは緊張の面持ちでドラゴンを見上げる。カーティスは完全に腰を抜かしてしまっていた。

 俺とウィスト以外は大きな魔物を相手にしたことがないのだ。

 怖いと思うのは当たり前だし、緊張もするだろう。

 俺とウィストは、毎朝大物と対決していたから体格差の恐怖というものはなかった。

 毎朝の狩りの経験が、今、大いに役にたっている。

 レッドドラゴンはデイジーがしかけたネットにかかったものの、あっさりと破ってこちらに突進してくる。


「こいつは上級の冒険者じゃないと対処できないレベルだ」


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