第47話 悪役達はダンジョンを攻略する③~sideエディアルド~
「こいつは上級の冒険者じゃないと対処できないレベルだ」
迫ってくるレッドドラゴンを前に、コーネットは呟きながら、すぐさま俺たちに防御魔術をかけた。透明なドームが俺たちを包み込む。
一見薄い硝子のようなドームだが、ドラゴンが放ってきた強力な炎を見事に防ぐことができた。こちらにはダメージが一つも無い。
予想以上に優秀な先輩が着いてきてくれたことに今は感謝しかない。
俺は大きく息をついた。
落とし穴どころじゃないな。ドラゴン族の中でも口から業火を放つ最強クラスのドラゴンがここにいると分かっていて、俺たちをこのダンジョンに入れたのだろうか。
コーネットがいなかったら無傷ではすまなかった。
どうもあの教師は俺を殺したいらしい。
何故、ケープスに化けてまで俺を殺そうとする?
前世の記憶が蘇る前は俺も横暴な所があったから、多少は色んな人間の恨みは買っているとは思うが、殺される程のことはまだしていない。
いや……あの教師が個人的な恨みで王族である俺を殺すとは思えない。奴の背後に誰かが付いているはずだ。俺のことを消したいと思っている誰かが。
思い当たる人間は一人しかいない。
第二側妃 テレス=ハーディン
最近自分の手先であるベリオースやメイドを解雇したから、俺のことを警戒するようになったのかもしれない。
早い内に芽を摘んでおこうと考えても不思議じゃない。
「ギガ・ブリード」
俺が氷系の上級魔術の呪文を唱えると、ドラゴンに吹雪が襲う。
ドラゴンの属性は炎。だから氷の魔術は大きなダメージを与えることになる。
たちまちドラゴンの炎の鬣は消えかかり、肌には凍傷が刻まれる。
「馬鹿な……有り得ない」
カーティスは俺が上級魔術を使っているのが、よほど信じられないらしく、何度も目を擦ってはこっちを見ている。
まぁ、今目の前にある光景が信じられないのなら、信じなくてもいいけどね。
「ウィスト、ソニア、今のうちにドラゴンの角を斬れ」
「ドラゴンの角が斬れるんですか?」
ウィストが不安になるのも無理はなく、彼が持っている剣は何の変哲も無い鉄の剣だ。ドラゴンは角を折られると力が入らなくなる性質があるが、生半可な剣ではそれは不可能だ。
「コーネット、ウィストとソニアの剣に強化魔術を」
「了解」
「ウィストは右の角、ソニアは左の角を狙うんだ」
「「御意」」
それぞれに指示を出してから、俺はカーティスの方を見た……駄目だ、腰を抜かして動けなくなっている。
ドラゴンに驚いているのか、上級魔術が使える俺に驚いているのか分からないけれど、あいつは使いものにならないから、いなかったことにしよう。
「デイジーはさっきの捕縛魔術の強化を」
「で、殿下……それがさっきは上手くいったのですが」
「上手く出来るまで唱え続けるんだ。さっきも出来たのだから、また出来る筈だ」
とりあえずデイジーの捕縛魔術にはそんなに期待しないことにする。実戦をかねた強化練習をさせていると思っておくことにしよう。
俺はクラリスの方を見た。
「今度は二人で吹雪魔術を唱えるぞ。二人で唱えれば効力は倍増だ」
俺の言葉にクラリスは頷いた。
俺たちはタイミングを合わせ、同時に呪文を唱えた。
「「ギガ・ブリード!!」」
先ほどの威力より倍の吹雪を全身に浴びたドラゴン。燃え盛る炎の鬣は完全に消えた。
なんとか口から業火を放とうとするが、小さな火しか出ない。
凍り付いたドラゴンの角を、ウィストとソニアが叩き斬る。
三十センチメートルほどあるドラゴンの角は氷とともに砕けた。
たちまちドラゴンは膝をついて、その場にへたり込むことになる。
「キャプト=ネット!」
デイジーの呪文が洞窟に響き渡った。
それまで小さな蜘蛛の巣しか張ることができなかった彼女が、ドラゴンを覆うほどの大きな蜘蛛の巣を張ることができた。
しかも彼女自身の力で。
思い込みが功を奏することもあるんだな。
コーネットが自分のことのように嬉しそうに、親指を立てている。
完璧な捕縛魔術に、身動きが取れなくなったドラゴンは咆哮をあげる。そしてネットから逃れようとしばらく暴れていたが、抵抗するほどネットは絡みつき、ドラゴンでも抜け出すのは難しくなってしまった、
しばらくの間、じたばたしていたドラゴンだが、ふと気づくと巨体だった身体が、乗馬ほどのサイズになっている。さらにしばらく待っていると、中型犬ほどのサイズに。
最終的には小型犬のサイズにまで小さくなったドラゴンは、何だか気まずそうに俺たちを見上げていた。
どうやら巨体の姿は仮の姿で、本来はまだ子供のドラゴンのようだ。
小さなドラゴンはつぶらな目を潤ませて、ぷるぷると震えていた。
「ごめんな、寝ているところを、起こしちゃったんだな」
俺は小さなドラゴンを抱き上げ、その頭を撫でた。
ドラゴンはキューンと鳴いてから、俺の胸の中に頭を埋めてきた。
こいつの親はどうしたのだろうか?
子供が人間と戦っていると知れば、どんな遠くからでもすぐに駆けつけてくる筈だろうに。
折れたドラゴンの角はまた生え替わるが、それまでは身体が弱ったまま。このままでは恐らく他の魔物に襲われてしまうだろうな。
コーネットが歩み寄って来て、じっとドラゴンの子供を見詰める。
「連れていくんですか?そのドラゴン」
「ああ、親もいないみたいだし、角が折れて弱ってしまった子供のドラゴンをここに置いておくのも可哀想だろう」
「ふむ……では私はドラゴンの卵を頂くことにしましょうか」
藁のベッドの上に、大きな卵が五個転がっている。コーネットはその卵を回収すると、布でくるみ、袋の中に入れる。
俺の腕の中にいるドラゴンの子供が「キューっ」と心配そうな声を漏らす。恐らく卵はこのドラゴンの兄弟なのだろう。
このドラゴンは、卵を守るために、大人のドラゴンに化けて俺たちを追い払うつもりだったのだろうな。
「大丈夫。ちゃんと大事に育てるから」
コーネットが安心させるようにドラゴンの頭を撫でた。親のドラゴンがいない今、放っておけば卵も魔物の餌になるだけだからな。
人工孵化の成功率も決して高くはないのだが、一匹でも無事に孵るといいな。無事に成長すれば大きな戦力にもなり得るからな。
制限時間ぎりぎりでダンジョンの出口を出た俺たち。
まさか無事に生還すると思っていなかったケープス……いや偽ケープスはぎょっとしていた。
そんな教師を横に、四守護士のガイヴは俺を見下しせせら笑っていた。
「随分と時間がかかりましたね、エディアルド殿下」
「コラ、ガイヴ!」
アーノルドは俺のことを内心どうしようもない兄だと呆れてはいると思うが、あからさまに俺を見下すような目で見ることはない。だから、自分の友人が兄を見下すような発言をしていたら、叱責をする。
まぁ、主人公様だからな。基本的には良い子ちゃんなのだ。
むしろ取り巻き側が俺のことを馬鹿にしているし、見下しているんだよな。
「ああ、ちょっと採掘に時間がかかって」
「採掘、ですか?」
訝るガイヴに、俺は手に持っている袋の中から、ハンドボールサイズの七色に輝く魔石を手に取った。
「こいつだよ」
偽ケープスは更に仰天する。
このアイテムはドラゴンを倒さないと手に入れられないアイテムだからな。
魔石にも色々あって、赤い魔石もあれば青い魔石もある。
どういう仕組みなのかは分からないが、魔石の結晶がある場所は、魔物の寝床になっていることが多く、強い魔物の寝床ほど豊富な魔力を秘めた魔石の結晶があると言われている。
ドラゴンの寝床であったその場所は、かなり強い魔力を秘めた魔石の結晶が生えている。こいつはドラゴンの寝床でしか採取が不可能な虹色魔石別名 ドラゴンネストだ。
七色に輝くこの魔石はレア中のレア。
俺たちは時間が許す限り虹色魔石の採掘をしていた。
魔道具を作るのが趣味なコーネットは特に発掘に燃えていた。
偽ケープスは声と身体を震わせる。
「そ、そんな魔石があるなんて……私が行った時にはそんなもの無かった筈」
「……」
俺は腕の中でクークーと眠っているドラゴンの子供の頭を撫でた。
子供のドラゴンが身を守るために大人のドラゴンの姿に変えるのはよくあること。
大人のドラゴンの姿に変えた子供のドラゴンは、下手をすると大人のドラゴンよりも制御が効かず凶暴になる。
普通の生徒だったら、恐らく生きて帰ってくることは出来なかっただろう。
俺は偽ケープスに問いかける。
「ところで、あんたは誰なんだ?」
「――は?」
「あんた、ケープス先生じゃないよな」
「な……何を仰せになるんだか」
当然惚けようとしている偽ケープスに冷ややかな視線を突き刺してから、俺はコーネットの方をみた。
「コーネット、魔術無効の呪文を」
「はい……ニル・ファイド」
コーネットは魔術師の杖を偽ケープスの方へ向け呪文を唱えた。
すると偽ケープスの前に煙が立ちこめ、彼の姿を覆いはじめる。
「きょ、教師に向かって何をする!」
慌てふためいた声を上げ、煙越し、この場から去ろうとする人影が見えたので、俺もまた呪文を唱えた。
「キャプト・ネット!」
煙でよくは見えないが、ぎゃっと叫び声を上げる声だけは聞こえてきた。
やがて煙が晴れた時、そこに現れたのは、魔術教師ケープスの姿ではなく、捕縛魔術に捕らわれた宮廷魔術師、ベリオース=ゲインの姿だった。
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