第45話 悪役たちはダンジョンを攻略する①~sideエディアルド~
ハーディン学園一年生実技課題 ダンジョン攻略。
学校側が用意した迷宮で、決められたアイテムを取りに行くのが必須課題。それ以外のアイテムを手に入れたら追加点が与えられる。しかもそのアイテムは自分のものに出来るという。
小説の世界じゃなくて、RPGの世界だな。
学園が用意した迷宮はいくつかあって、上級者向けと中級者向け、それから初級者向けがある。
当然俺は上級者向けのダンジョンに挑むつもりだ。
その方がレアなアイテムが手に入れられる可能性が高い。
でも上級者向けのダンジョンに挑むのは俺たちのパーティーと、アーノルドのパーティーだけみたいだ。他のクラスメイトは確実に課題をこなすために中級者向けのダンジョンを選んでいる。
『無謀も良いところだよな。クラリスはともかく、エディアルド殿下は』
『途中でリタイアするのが落ちだな』
『上級生も連れていないようだし、人望がないんだな』
聞こえよがしに言うのは、小説では主要キャラクターにあたる人物だ。アーノルドを守る最強騎士である四守護士の内の二人がここに来ている。
一人は二年生のゲルド=モース。
あと一人はクラスメイトのガイヴ=ハリクソン。
小説では頼もしい仲間だと思っていた四守護士たちも、違う方向から見たら単なる嫌な奴らだな。無駄に顔がいいから、騙されそうになるけど。
俺たちのチームには、元生徒会役員だったコーネットを誘っているが、ここに来る気配はない。
色よい返事は聞いていたのだが、まさかドタキャンなんてことないよな?
一方アーノルドには、ゲルドとガイヴの他に、Sクラスの魔術師が二人いる。
きっとダントツ一位でダンジョンをクリアしてしまうのだろう。
まぁ、あんな強力な面子をそろえたパーティーに勝とうとは思わないけれど、とにかく無事にクリアはしたい所だ。
その時、一頭のフライングドラゴンが、集合場所であるこの広場に降り立ってきた。
フライングドラゴンは馬より一回り大きい飛空生物だが、気難しく、気性が荒い性格なため、乗ることが出来る人間は限られている。確か竜騎士団とごく一部の魔術師ぐらいだったと思う。
その気難しいフライングドラゴンの背中に乗っていたのはコーネットだった。彼は軽やかな動作で地上に降り立つと俺の元に歩み寄って来た。
「お待たせしました、エディアルド殿下」
「さすがにもう来ないかと思ったぞ」
「申し訳ございません。色々準備に手間どりまして」
コーネット=ウィリアムの登場にざわついたのはアーノルド側の人間達だ。
彼らは信じがたい光景を見るような目でこちらを凝視していた。
「嘘……コーネット先輩がエディアルド殿下に付いたのか?」
「アーノルド殿下の誘いには断ったのに?」
「金でも積まれたのか? そうじゃなきゃ有り得ないだろ」
「でもウィリアム家は貴族の中でも指折りの金持ちだった筈……」
コーネットは誰よりも先に俺の前に跪いた。
それが何を意味しているのか――この瞬間コーネット=ウィリアムはアーノルドではなく、俺に仕えることを選んだということだ。
ふと、アーノルドの方へ目をやると、彼は悔しげな表情を浮かべている。
自分の誘いは断ったのに、俺の誘いには応じたことがよほど屈辱だったみたいだな。
そんなアーノルドの気持ちを代弁するかのように、カーティスがコーネットに問いかける。
「コーネット先輩、何故将来有望な方の人間に付かず、わざわざこのようなパーティーに参加されたのですか?」
「こちらの方が自分の能力が発揮できると思ったからだ。アーノルド殿下には既に心強い味方が多くいらっしゃいますし、私が出るまでもないでしょう」
「あなたはもっと賢い人間だと思っていましたが……残念です」
失望したと言わんばかり、背を向けるカーティスに、コーネットは苦笑いを浮かべる。
何なんだ、あいつ。
仮にも俺の側近という立場であり、これから協力し合うパーティーの一員だというのに、平然とそんなことを言ってのけるなんて神経を疑う。
俺は思わずカーティスに言った。
「……カーティス、将来有望な方に行きたかったら、今からでも行ったらどうだ?」
「いいえ、自分はエディアルド殿下の側近ですから。どんな時でもおそばにおります」
「それはどうも」
真面目な顔で答えるカーティスには溜息しか出ない。
彼は彼なりに俺の忠臣を演じているつもりなのだ。まぁ、話半分に聞いて置くけどな。
そこに教師が自分の元へ集合するよう、号令をかける。
あれ……いつものマイヤー先生じゃないな。確かあれは三年の教師、ケープス先生か。
何だかどんよりと暗い雰囲気を漂わせた先生だな。
色白の肌に目の下のくまがとても目立つ。
職員室でちらっとしか見かけたことがないので、何とも言えないけれど、目が合うと俺にもニコニコ笑いかけてくれる、もっと明るい雰囲気の先生だったような気がするのだが、
「マイヤー先生は急用が出来たので、こちらに来ることができなくなった。故に私が今回は実践授業の担当をさせてもらう」
言いながら、やや目の隈が目立つ痩せぎすなケープス先生は、じろりとこちらを睨む。
……睨まれてる。何故だ? ?
面識も何もないのに。
しかし教師はすぐに何事もなかったかのように表情を引き締め、淡々とした口調で説明をしはじめた。
「この迷宮は入り口が二つあります。どちらから入っても難易度は同じです。アーノルド殿下は左の入り口、エディアルド殿下は右の入り口にお願いします」
恭しくアーノルドを左の入り口へ導く教師。
「さささ、殿下はこちらです」って、へこへこしながら、アーノルド一行を左側の入り口に立たせる。
一方、こちらはほったらかしだ。アーノルドを贔屓していることだけは確かだ。
「妙ですね……ケープス先生は、あんな贔屓をする人じゃなかったと思うのですが」
元生徒会役員であるコーネットは三年生を受け持つケープス先生のことも、良く知っているみたいで、かなり違和感を覚えているようだ。
俺はふとコーネットに尋ねた。
「コーネットは確か上級魔術師だったな」
「はい。十四の時に試験に合格しました」
「上級魔術師の中だったら、あんたはどれくらい強い?」
「自分で言うのも何ですが、その辺の宮廷魔術師よりは強いですね」
「成る程……後でちょっと頼みたいことがある」
「……」
コーネット以外はケープスの違和感に誰も気づいていないな。
クラリスも面識がない人間に対して違和感は抱きにくいだろうし。
このダンジョン、少しきな臭いものを感じる……かなり気を引き締めて行く必要がありそうだ。
初級向けのダンジョンはゴーストパレスと呼ばれる建物、中級向けは吸血鬼の塔と呼ばれる塔、そして上級者向けは迷いの洞窟と呼ばれる場所だ。
俺たちは上級者向けの迷いの洞窟の中を歩いていた。入り口の光が届かなくなると、視界は真っ暗。
照光魔術の呪文を唱えると自分の身体が光り、周囲も明るくなるけど、本来は光を嫌う魔物を退ける魔術。周りを照らすために使い続けていたら、かなり魔力が消耗してしまう。
その時コーネットがウエストポーチからビー玉ほどの大きさの丸い石を取り出し、呪文を唱えた。
「フロット・シャイニス」
瞬間、ビー玉のような石がふわふわと浮き、小さな石からは想像もつかない光を放った。
浮遊の魔術と照光魔術を合わせた呪文。
二つの魔術を組み合わせた呪文は上級魔術師にしか使えない。
その光は驚くほど明るく周辺を照らす。前世では当たり前だった懐中電灯のような役割だ。ただ懐中電灯よりも範囲がひろく、しかもLEDライトの電灯なみに明るい。
「この魔石に向かって浮遊魔術と照光魔術の呪文を唱えると、効力は石に反映される。私自身の魔力は減ることなく、魔石に込められた魔力の方が消費される」
「すごい……この光る魔石がコーネット様の発明品ですか?」
デイジーが頬を紅潮させて、惜しみのない尊敬の眼差しをコーネットに向ける。
コーネットは頬を指で掻きながら、少し照れくさそうに答えた。
「まだ実験段階だけどね。今回、実用が可能であることが証明されたら、商品化するつもりだ」
こんな小さなビー玉のような石だけで、周辺がこれだけ明るくなるというのは有り難い。
しかも石からは強烈な光を放っているせいか、弱い魔物は一切寄って来ない。
無駄な体力は使わなくていいし、光を照らす為に魔力を消耗しなくても済む。
仮にレベルが高めの魔物が襲ってきても、視界が明るい分戦いやすい。
洞窟の中心までは、小さな魔物を追い払うぐらいで、比較的何事もなく進むことができた。
そして洞窟の広くなった場所で休憩をとることに。
皆それぞれ持ってきた携帯食を頂く。
「コーネット様の発明品のお陰で、無事にここまで来ることができましたわ。あ、これ良かったらうちのシェフが作ったものですけど」
デイジーは言いながら自分が持ってきた携帯食をコーネットに渡す。前世で言う豪華なサンドイッチだな。柔らかそうなパンに、いかにも高級そうな肉が挟まっている。
コーネットは携帯食を受け取りながらデイジーに言った。
「君のお父さんやお兄さんからも、デイジーにもしものことがあったら命がないと思え、って脅されて……いや、全力で君を守るように頼まれているからね」
「もう、お父様やお兄様ったら」
何でも無いことのように、にこやかに言うコーネットだが、どうやら当日までに鋼鉄の宰相と呼ばれるデイジーの父、オリバー=クロノム公爵と兄であるアドニス=クロノムからも相当な圧力をかけられたようだ。
申し訳なさそうにコーネットに頭を下げるデイジーに、コーネットは「気にしないで」と優しく笑いかける。
「コーネット様、先ほどのアイテムは何という名前なのですか?」
「名前はまだ決めていないんだ。もし良かったらデイジーが決めてくれるかい?」
「テルテルボールはいかがですか?」
「テルテルボールかぁ。デイジーの考えは相変わらず斬新だね」
身分など関係なく、下の名前で呼び合うデイジーとコーネット。
そんな二人のやり取りを不思議そうに見ていたクラリスに、デイジーが恥ずかしそうに説明をする。
「あ、コーネット様は兄の親友で、幼い頃からずっとお互いの家を行き来する仲なのです。昔から私のことも妹のように可愛がってくださっているのですよ」
「ああ、そうだったのですね」
クラリスと、それからソニアも納得したように頷いた。
ま……コーネットがデイジーを見詰める眼差しは優しいには違いないが、親友の妹を見る眼差しとは少し違うな。
才色兼備だし、公爵の娘だ。
結婚相手としては最優良物件。しかも幼い頃から交流があるのであれば、貴族社会において心を許すことが出来る貴重な存在でもある。
コーネットがデイジー嬢に想いを寄せていても、なんら不思議はないだろう。
ただ、鋼鉄の宰相の娘に好意を抱くというのは、ある意味勇者の如く強靱な精神が必要な気がするけどな。
今はダンジョン探索中なので、良い雰囲気になりかけているお二人さんのことは、見て見ぬ振りをしておく。
俺は俺でクラリスの手作りのお握りをいただく。こっちの世界でも米があるのは有り難い。しかも前世の米に近い。
持ち運びしやすいように小さくまん丸ににぎられていて、とても食べやすい。願わくば海苔が欲しいところだが、さすがにそれはこの世界になさそうだ。
海草を取り扱う業者に頼んで海苔を開発してもらうか……そんな事を考えていた時だった。
きききぃ
きぃー、きぃー!!
洞窟の奥から猿のような鳴き声が聞こえる。
恐らく猿型の魔物なのだろう。食べ物の匂いに吊られてここに来たのかも知れない。
ソニアとウィストがすぐさま前方に立ちはだかり剣を構える。
魔石の光により反射した目玉が闇の中、一つ二つ増えていく。
きききぃぃぃー!!
ぎぃぃぃぃ!!
甲高い威嚇の声と共に、蒼い毛を生やした猿型の魔物がこちらに襲い掛かってきた。
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