第27話 悪役王子、図書室へ向かう~sideエディアルド~

 魔術史の授業が終わった後、俺は図書室へ行くことにした。

 王城の図書室にはない魔術書が置いてある可能性があるからな。

 その途中、B組の教室の前を通った。

 そういやB組ってクラリスの妹、ナタリーがいる教室だったな。父親が学校にかなりお金を出して、出来ればクラリスと同じAクラスに入るよう希望していたそうだが、忖度にも限界があったらしくBクラスになったらしい。

 だけど侯爵令嬢という地位と生来の女王様気質からか、取り巻きらしき女生徒は多く、よくクラリスにつっかかるエカリーナもその内の一人だった。

 ……というか、あのBクラスだったのか。Aクラスの教室にいたからAクラスの人間だと思っていたけれど、よく考えたら休み時間の時しか見たことがなかったもんな。

 彼女たちは廊下の前を通る俺の姿を見ると、顔を見合わせクスクスと笑っている。

 ああいう女子たち前世にもいたよな。

 俺は溜息をついてから再び図書室を目指し歩いて居ると、一人の女生徒が向かいから歩いてきた。

 その瞬間、俺の顔は引きつる。


 パステルピンクのロングヘアとビビットピンクの瞳、見るからに愛らしく華やかな美少女がこちらに歩み寄ってくる。

 あの髪の色、まさか小説のヒロイン、ミミリア=ボルドールか。

 小説では二人は廊下でぶつかり合って、エディアルドが一目惚れをするのだが……

 とりあえずぶつからないように、俺はすっと彼女を避けた。


「え!?」


 と向こうは吃驚したような声を上げた。

 ぶつかりそうになったから驚いたのだろうが、大袈裟に驚きすぎじゃないのか。

 しかもすれ違いざま信じられないものを見る目でこっちを見ていた。

 ぶつかりそうになったから避けたに過ぎないのに、何であんな顔をするんだ? ?

 ミミリアの態度に違和感を覚えるが、それを考える前に耳をつんざくようなナタリーの怒鳴り声がきこえてきた。


「ミミリア=ボルドール!! 平民のあんたがこの教室に入っていいと思っているの!? 言っておくけどあんたの席はもうここにはないわよ!!」

「そ、そんな酷い……」


 やっぱり、あの娘はミミリアだったか。俺は立ち止まり一度振り返った。

 その直後、ぞろぞろと貴族の子弟がミミリアの前に立ちはだかり、ナタリーたちに怒鳴り声をあげた。


「これ以上彼女に乱暴なことをするな」

「お前達が椅子や机を隠しているのは見ているんだ!!」


 机や椅子を隠している所を見ている時点で何故止めなかった? と俺は突っ込みたかったが、その貴族の息子はミミリアの前でいい格好をしたかったのだろう。

 ヒロインミミリアは魔性の女。

 小説でも主人公や脇役の男たち以外も、彼女の可愛らしさに惚れた貴族子弟は少なくなかった。


「煩いわね、男爵令息ごときが」

「侯爵令嬢だからっていい気になるな!」


 ……まぁ、あれだけ騎士ナイトがいるのなら心配なさそうだな。

 あの娘、半泣きしているけれど、一瞬だけ嬉しそうに口元をほころばせていた。思っていた以上にしたたかな女子と見た。

 妙な茶番を見せられて、少し疲れた俺は深々と溜息をついた。


◇◆◇

 

 学校の図書室は思いの外広く、古い本から新しい本まで天井まで高い本棚にびっしりと並んでいた。

 これはもう期待大だ。

 小説の先の展開で魔物の軍勢が攻めてくることを考えると、元凶である魔族のことを少しは知っておく必要があるだろう。

 魔族のことが書かれた本棚は……ああ、この本棚か。

 うわ、なんか黒い表紙の本が多いな。

 その内の一冊を取り出しパラパラとめくる。



 数百年に一度、世界は魔族の脅威に脅かされる

 魔族がこの世に降り立つ時、聖女が生まれそして勇者も生まれる。

 だが魔族もまた闇の魔女と闇の勇者を人の中より見出す。

 そして闇の魔女と勇者は魔物の軍勢を率い、この世を恐怖に落としいれる。



 大体小説に書かれた内容そのものがこの本に書かれているな。

 つまり数百年に一度はそういった戦いが起こっていたということか。

 聖女が生まれたということは勇者もいて、同時に魔族もこの世界に降り立ったことになるのだが、それを把握している人間は果たしてどれほどいるのだろうか。

 数百年前に魔族との戦いがあったのだろうけど、その事実は完全にお伽噺のような扱いだ。

 俺が“これから魔族が来るから用心しろ”と訴えても信じる奴はまずいないだろう。

 それでも国防を理由に軍強化と魔術師、薬師の育成には力を入れた方がいいだろうな。

 俺がそんなことを悶々と考えていた時、本棚の向こうで話し声が聞こえた。



「……その話は本当か?」

「ああ、あのトールマン先生の授業に堂々と答えていたらしいぞ」

「トールマン先生が贔屓して優しい問題を聞いたんだろ」

「あのじーさんは王族には特に難しい質問をすることで有名だぞ。先代や先々代にも厳しかったらしいから」

「そんな馬鹿な……でも何か裏があるはずだよ」

「そんなに疑うなら、調査したらいいじゃないか」



 最後の台詞は俺が言ったものだ。

 図書室でひそひそばなしをしていた生徒二人は、本棚の向こうに俺がいるとは思わなかったのだろう。ぺこぺこと何度も頭をさげる。


「も、申し訳ありません。今のは言葉の綾であって深い理由は」

「ふーん、じゃあ深くない理由聞かせてくれる?」



 俺の言葉に顔面を蒼白にして俯く生徒二人。

 小説でいうとコイツらはモブ中のモブだから気に掛けることはないんだろうけど、おかしな噂だけは広めないで欲しいからね。

 それに俺だけじゃなくてトールマン先生にも失礼な話だ。


「あ、じゃあ俺がトールマン先生に尋ねてみようか。俺に優しい問題を出したのは、トールマン先生の忖度によるものか?って」

「い、いいえ!!そんな、どうしても知りたいわけじゃ」

「どうしても知りたくないことを噂していたの? しかも王族の名前を出して」



 二人は何も答えられず、ただただ白目を剥いていた。

 きっと記憶が蘇る前だったら、こいつらの会話も本棚の陰で悔しそうに聞いていただけだったんだろうな。

 それでますます、アーノルドへの劣等感を募らせてさ。

 俺はにこやかに笑って、二人に言った。



「遠慮しなくていいから。今度の授業でトールマン先生が直接君たちに教えてくれるよ。君らも真実がはっきりした方が、すっきりするだろ?」

「も、申し訳ございません!!」

「ど、どうかトールマン先生には内密に」



 二人は俺に平謝りをしてから、そそくさと立ち去っていった。

 アーノルドに助けを求めに行くのかな?

 俺に苛められたって。まぁ、訴えたところで、同情はするだろうけど、モブ中のモブな二人をあいつが助けるとは思えない。

 小説の主人公であるアーノルドは常にミミリアしか見てなくて、他のキャラは顧みなかった。

 二人の恋愛話だから、それはそれで成り立っていたのだけど、犠牲になってゆく仲間たちを助けようとはしていなかったし、守ろうともしていなかった。

 王子という立場だから助けられて当たり前だし、守られて当たり前だからだ。

 俺はアーノルドのそういう所が嫌いだった。エディアルドがさらにクズだったから、アーノルドのそういう部分は目立たなかったけどな。

 もしかしたら小説のアーノルドと現実のアーノルドは違うかもしれないけどな。

 モブ中のモブを助ける心優しい主人公様かもしれない。でもそういう人物だったら、とっくに兄弟として仲よく出来た筈だしな……多分違うと思う。

 どっちにしても、このことはトールマン先生に報告しておくけどな。

 むやみに王族の噂をしない方がいい、とあの二人も知るべきだ。


 俺は軽く溜息をついて、図書室の本棚に目をやる。

 先ほどの魔術の歴史の復習でもしようかと、魔術の成り立ちと書かれたタイトルの本を取り出そうとした時、一人の女生徒が図書室に入ってきた。

 あ、クラリスだ。

 彼女は慌てたように周囲を見回し、何かを探しているみたいだった。

 捜し物が見つからなかったのか、図書館の窓辺に手を着いて溜息をつくクラリスを見かね、俺は彼女の肩を軽く叩いた。

  


「どうしたんだ? 慌てたように図書室に駆け込んで」

「あ……エディアルド殿下っっ……その、さっきトールマン先生が新説について質問したじゃないですか。私も新聞を読んでいませんでしたから、全く分からなかったのです。図書室なら新聞が置いてあるかと思ったのですが、置いていないみたいで」

「それで慌てて図書室に来たのか。まぁ、先生が言っていたことは、かなり専門的な新聞の内容だから、普通の新聞を読んだだけだと分からないと思うよ」

「え?どんな新聞なんですか?」

「魔道新聞といって、魔術師専門の新聞だよ。魔術に関する最新情報が載っているから、けっこう面白いんだ。何なら俺が読んでいる新聞、明日から持って来ようか?」

「え!?ほ、ホントですか」

「魔術研究の近況を知ることは王族にとっても重要なことだからね」

「あ、ありがとうございます!!殿下」


 思わず神様お願いをするみたいに両手を組んで、目を輝かせるクラリスの仕草が可愛い。

 だけど婚約者である彼女から、殿下呼ばわりされるのは、何だか一線を引かれているようで寂しくもある。

 この際だから、今の気持ちをはっきり彼女に伝えることにしよう。


「あのさ、君は俺の婚約者なんだし。出来る事なら名前で呼んでくれないかな?」

「え……あ、あの既にお名前でお呼びしていたつもりだったのですが」

「名前とは言っても、君は俺のことをエディアルド殿下、と呼んでいる。殿下はいらないの。エディアルドでいいよ」

「そ、そんな恐れ多い」

「恐れ多くないよ。じゃあエディアルド様でいいから」

「え、エディアルド様……ですか」


 恐る恐る問いかけるクラリスに愛しい気持ちがこみ上げる。

 小説のクラリスは、正式な婚約者だったにも関わらず、アーノルドの名を呼びたくても呼ばせてもらえなかった。

 だけど俺はそんな悲しい思いは君にさせない。

 


「エディアルド様……」

「うん、良い響きだ。これからは俺のことをそう呼んで」


 そう言って俺はクラリスの手の甲にキスをした。

 クラリスは湯気が出るんじゃないかというくらいに、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 手のキスだけでそんな顔をしていたら、それ以上の時はどんな顔をするんだ?


 もっと恥じらう彼女の顔を見て見たい衝動に駆られる。

 もし、唇にキスをしたら、どうなる?

 思わずクラリスとのキスを妄想し、俺は慌てて邪念を振り払う。

 ま、まだそこまで深まった仲じゃないだろ、慌てるな、エディアルド。


 く……恋愛に関しては前世の知恵をもってしてもどうにもならん。前世での経験があまりにも乏しいからだ。少し好きになりかけた娘はいたけれど、見合い写真で一目惚れしただけで、直接会ったわけじゃないし、恋愛が始まらない内に俺は死んでしまったのだ。

 

 ふと俺は、クラリスが一瞬、見合い写真のあの娘に似ているような気がした。特に意志の強そうな眼差しが。

 実際は似ても似つかないのだが、クラリスと見合い写真のあの娘が重なって見えたのだ。


 俺は目を擦ってから、今一度クラリスを見る。

 そこにいるのは紅の髪の毛、ピンクゴールドの瞳が美しいクラリスであり、前世のあの娘の面影はそこにはなかった。


 それでも何故か、彼女を見ていると見合い写真のあの娘のことを思い出してしまうのだった。


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