第28話 主人公は悪役令嬢に目を奪われる~sideアーノルド~

 僕の名前はアーノルド=ハーディン。

 予定通り最も優秀な生徒たちが集まるSクラスに入ることが出来た。

 兄上がAクラスなのは意外だったけれど。本当はBクラス……いや、Cクラス程度の実力だった筈だ。

 授業にもついて行けずに苦労しているんだろうな、と思いきや、たまたま職員室に用事があった僕は職員同士の会話を聞くことになる。


「聞いたか? あの第一王子殿下がトールマン先生の質問にちゃんと答えたらしいぞ」

「……いや、有り得ないだろ? 魔術史の入試テストは二十点もとれていなくて、トールマン先生が“第一王子は鍛え直す必要がある”って意気込んでいたんだぞ」

「ところがいざ授業が始まると、第一王子はトールマン先生の質問によどみなく答えていたらしい」

「春休みの間に猛勉強したのかな……だとすれば喜ばしいことなのだが」


 職員は僕が職員室にいるのに気づくと、慌てて口をつぐんだ。僕は気づかなかった振りをして、学年主任の先生に必要書類を提出して職員室を出ていった。

 トールマン先生は王族に対して全く忖度しない。むしろ王族だからこそ、厳しい質問を投げかけてくることで有名だ。

 僕も例外じゃなかったし、兄上だけ甘い質問をするとは到底思えない。

 ということは魔術史の勉強はそれなりにしていたのだろう。

 けれども他の授業はどうなのだろう? あまり王室の恥になるような醜態を晒さないで欲しいのだけど。

 教室に帰る途中、二人の生徒が慌てたように走り寄ってきた。

 え……っと誰だったっけ? よく僕の周りをうろちょろしている生徒たちだけど、名前は知らない。


「あ、アーノルド殿下! お助けください」

「エディアルド殿下から不当なことを言われて」

「不当なこと?」

 

 僕は首を傾げる。

 また身分の低い生徒を相手に、無茶なことでも言ったのだろうか。

 生徒の一人が真剣な口調で訴えてくる。


「エディアルド殿下があのトールマン先生の質問に答えられる筈がないのです! 何か裏があると我々は踏んでいます」

「裏って? 例えば?」

「トールマン先生は、エディアルド殿下の顔を立てるために、わざと簡単な質問をしたのだと思います」

「あまり考えたくないのですが、王室に忖度をしたのではないかと」


 ……トールマン先生がそんなことするとは思えないけどね。彼らは兄上がトールマン先生の質問に答えられたのがよほど信じられないのだろう。


「それで兄上はどんな不当なことを君たちに言ったの?」

「そ、それは……」


 一人は状況をうまく説明できないのか、言葉が途切れる。代わりにもう一人が両手の拳を握りしめ、僕に力説してきた。


「我々はただエディアルド殿下がトールマン先生の質問に答えられたのには裏がある、と疑問に思っただけなのに、エディアルド殿下は図星を指されたのか、とても憤慨し、そのことをトールマン先生に報告すると言ってきたのです! トールマン先生は、エディアルド殿下の味方をするに決まっています!」

「トールマン先生はそんな人じゃないと思うよ」

「で、ですが」

「じゃあ、僕が聞いてあげるよ。トールマン先生に。王族に忖度しているのであれば、僕の質問にも正直に答える筈だから」


 僕の言葉に二人は何故か慌てて首を横に振った。

 何を遠慮しているのだろう?


「い、いや……我々は、トールマン先生に報告する程じゃないと言いたかったわけで」

「事を大きくしたくはないので、トールマン先生には内密にして欲しいのです」

「でも、それじゃあ、いつまでも真実は分からないよ? 君たちも真実が知りたくてぼくに 訴えてきたんだろ?」

「え……いや……」

「そうじゃなくて、その……」


 何だか煮え切らない態度だな。

 結局、何をどう助けてほしいのだろう? 

 不当なことを言われたって訴えているけど、兄上がトールマン先生の質問にちゃんと答えたのであれば、失礼なのは彼らの方だと思うのだけど。それにトールマン先生にも失礼な話だ。

 元々兄上を鍛え直そうと意気込んでいたくらいなのに、そんな風に思われたらさぞ心外だろうな。


「まぁ、君たちも真実をはっきりさせたいみたいだし、トールマン先生に事の次第を報告しておくね」


 僕の言葉に二人は何故か顔を蒼白にして、もう一度首を横に振っていた。

 変だな……? ?喜ぶと思ったのに。

 茫然とする二人に手を振ってから、僕は教室に戻ることにした。

 


「アーノルド殿下、次の授業は魔術の実技ですから移動しましょう」


 教室に戻った僕は、クラスメイトであり護衛でもある、騎士団屈指の実力者、イヴァン=スティークに促される。

 同い年の彼は同じSクラスのクラスメイトであり、僕の護衛だ。

 母上に指名され僕の護衛となった精鋭が四人いるのだけど、その内の一人が彼なのだ。

 とても真面目で、剣術や魔術、勉強をしている姿以外見たことがない。たまにはくつろいだり、勉学以外の本を読んでもいいと思うんだけどね。


 教室を出ると、もう一人の護衛であるエルダ=ミュラーも、イヴァンと共に僕の後についてくる。

 エルダは爪に絵を描いたり、顔に化粧をほどこしたり、髪も黄土色の髪の毛に一房だけ赤く染めていて、かなり個性的ないでたちだけど、中性的な美貌は女子生徒にも男子生徒にも人気だ。

 さらに僕を慕ってくれる貴族子弟達もそれに続く。

 

「見て……アーノルド殿下とSクラスの皆様よ」

「やっぱり迫力が違う」

「すぐ後ろを歩くのは四守護士のイヴァン様とエルダ様ね」


 四守護士。

 僕を守る為に母上がつけてくれた騎士団の実力者たちを、人々はそう呼ぶようになっていた。

 四守護士の内、イヴァンとエルダの二人は僕と同じクラス。もう一人は学年が一つ上で、あと一人はAクラスだ。Aクラスのガイヴ=ハリクソンにはカーティスと共に、兄さんが無茶をしないか監視するように命じている。


 



 僕はクラスメイト達と共に中庭を歩いていると、図書室の窓辺に兄上と女子生徒が喋っているのが見えた。

 兄上は弟である僕の目から見ても美形だ。容姿と地位に吊られて近づいてくる女性も絶えないだろうな。

 どんな馬鹿女なのか顔を拝んでやろうと、女子生徒の顔を見た僕は息を飲んだ。

 兄上が何かを言ったのか、彼女は頬を紅潮させ嬉しそうに笑っている。

 艶やかな紅い髪、ピンクゴールドの目は宝石のよう。抜けるような白い肌に薄紅色の唇。

 遠くから見てもその美しさはあまりにも際だっていた。


 ドキンッ……!


 だ、誰だ。

 誰なんだ、あの娘は。

 ずいぶんと綺麗な娘じゃないか。あんな綺麗な娘、見たことがないかもしれない。


「へぇ、エディアルド殿下とクラリス=シャーレット嬢じゃないか。政略結婚とはいえ婚約者同士、仲がいいのは結構なことだな」


 クラスメイトの一人があの女子生徒のことを知っていたらしい。

 い、いや、待て。

 あれがクラリス=シャーレットだと!? 

 我が侭で傲慢だと有名なクラリス!? あの娘が!?


 く……あ、危うく顔に騙されるところだった。し、しかし、あんな綺麗な娘だったとは想定外だ。誰だ、クラリスが不細工だと言った奴は? 美的感覚が狂っているんじゃないのか?

 そうか……兄上はあの顔に惹かれたのか。それなら大いに納得だ。

 けれどもいくら顔が良くても、家族を振り回すような我が侭な娘だったら、気持ちも冷める筈。

 クラリスだって兄上の噂を聞いていたら、内心婚約者になるのは嫌だった筈だ。

 社交界でも二人はお互いの婚約を嫌がっているという噂が流れていた……兄上は僕から婚約者を奪いたかっただけ、クラリスはクラリスで兄上で妥協した、という噂も流れていたのに。


 何で二人ともそんなに幸せそうなんだ?

  

 し、しかも兄上は婚約者の手の甲にキスをしている……そ、そんなに彼女がいいのか!? 

 クラリスはクラリスで恥ずかしそうに頬を染めて俯いている。だけど、その表情はどこか切なそうだ。

 その翳りのある美しさに僕は心臓が鷲づかみにされるような気持ちになった。

 あの兄上が彼女にそんな顔をさせているのかと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。

 何で僕はあの時お茶会に参加しなかったのだろう? 

 もしちゃんとお茶会に出ていたら、あの笑顔も、あの切ない顔も僕のものだったのかもしれないのに。


 い、いや、落ち着け。

 だから顔に騙されるな。

 彼女は家族ですら手に負えない我が侭な娘の筈だ。


 僕の結婚相手はもっと他にいる。

 清らかな心を持った優しい女性――そう、伝説の聖女こそが僕の伴侶となる女性だ。

 聖女の力はこの国にとってとても重要な国力となる。

 だから歴代の国王の中には、聖女を妻に娶った者もいた。

 聖女は女神ジュリの神託により、未婚の女子が選ばれる。

 先代の聖女が亡くなってから数百年が経った。

 

 今から十七年前、新聖女の誕生の神託を聞いた先代神官長は、新しい聖女の特徴を告げてから息を引き取った。

『手首に薔薇の痣を持った少女こそ聖女である』

 神殿は聖女の行方を捜していたが、手がかりが手首の痣だけだったので、見つけるのに時間がかかった。

 そして今年に入り、ようやくその聖女を見つけ出すことができたらしい。既に神官たちは聖女を保護しているみたいだけど、何処の誰なのかは公表されていない。神殿の内情には王族も介入できないので、僕もそれを知ることはできないのだ。

 何処の誰かは分からないが、聖女に選ばれたからには聡明で清らかな女性であることは確かだ。

 

 そう、僕の婚約者の最有力候補は聖女だ。

 それ以外の女性は有り得ない。


 ……だけど、クラリスの笑顔が目に焼き付いて離れなかった。


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