第26話 魔術史の授業~sideエディアルド~

「クラリス、次の授業は何だっけ?」

「魔術史の授業ですよ」

「あー、魔術の歴史ね。年号がちょっとあやふやなんだよな」

「私もです。あと水の魔術の術式を作ったのがイレネで、火の魔術を作ったのがイリナって間違えそうになりますよね。名前が似すぎなんですよ」



 クスクスと可笑しそうに笑うクラリス。

 く……可愛いな、俺の婚約者は。絶世の美女は笑うと可愛いのだ。

 そんな俺たちの様子を見て、クラスの皆は信じられない、と言わんばかりにざわつく。



「クラリスは第一王子の婚約を嫌がっているんじゃなかったのか」

「私は王子の方が嫌がっているって聞いたわ」

「仲よさそうだよな」

「アーノルド殿下があまりにも靡かないから、エディアルド殿下で妥協したのよ」

 


 ……おい、今、妥協と言った奴は誰だ? 

 いくら俺が第二王子よりも劣っているからって、王族である俺を見下しすぎだろ? 

 俺が何か言おうと口を開きかけた時、クラリスが立ち上がった。

 そして俺たちの陰口を言っていた女子の前に立ち、笑顔を浮かべたままきっぱりと言った。


「私はエディアルド様から婚約者に指名され、恐れ多くもとても幸せに思っています。不満などありませんし、妥協もしていません」

「な、なによ……強がっちゃって。アーノルド殿下には嫌われているくせに。彼はあなたに会いたくないから、この前のお茶会も欠席したのよ」


 何なんだ、あの女子は? クラリスにタメ口ということは同じ侯爵クラスか? もしかしたら大公の娘か?

 かなり無礼な物言いをされているにも関わらず、クラリスは動じることもなく、毅然とした口調で言った。


「アーノルド殿下とはまだお会いしたことがございませんが、私の噂をお聞きになっているのであれば、そう思われるのも当然でしょう。ですが、エディアルド様はそんな私の噂を聞いていても、なお、私を婚約者に指名してくださいました。不満どころか、感謝しかありません」


 クラリスの言葉に俺は息を飲んだ。

 正直、俺自身頭の隅では、アーノルドに振り向いて貰えなかったから、俺で妥協したのかもしれない、という思いがあった。

 だけどクラリスは皆の前ではっきりと言った。

 俺の婚約者であることが幸せなこと、それに感謝もしていると。

 まさかそんな風に思ってくれているとは思わなかった。

 

「エリカーナ様はどうぞ、妥協を許さずアーノルド様の婚約者候補になれるよう頑張ってくださいませ。あなたよりも身分が上である令嬢が多く名乗りをあげていますから、さぞ大変かと思いますが」

「……っっ!!」


 ん? 

 クラリスとタメ口をきいているから、侯爵クラスかそれ以上の令嬢かと思っていたが、どうやら違うみたいだな。

 単に身の程知らずな女子がクラリスに向かって吠えていただけか。

 エリカーナと呼ばれた令嬢は、否応なくハードルを上げられてしまい、顔を真っ青にして俯いた。

 堂々としたクラリスの態度に、苦々しい表情を浮かべる生徒もいたが、それ以上に彼女に憧憬の眼差しを送る人物の方が多かった。

 

 最初は小説の展開もふまえ、クラリスの能力を買っていた部分があって、内面は二の次だった。

 しかし実際のクラリス=シャーレットは傲慢どころか謙虚だし、普段は控えめに過ごしている。その反面、不当なことを言われたら堂々と受けて立つ強さも兼ね備えている。

 彼女を婚約者に指名して本当に良かった。

 何より嬉しかったのは、俺の婚約者であることが幸せだ、と皆の前で言ってくれたことだった。

 


 魔術史の授業は、御年八十八歳のトールマン魔術博士が講義をする。

 前世とは違い、教員に定年というものはないらしい。

 トールマン魔術博士は小人族で、身長は人間の子供……100㎝前後しかない。

 髪の毛はつるっとしている分、真っ白な口髭は立派なもので床すれすれの長さまである。

  

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。四元素の魔術の祖については既に知っているとは思うが、クラリス=シャーレット君。火の魔術の祖はだーれじゃったかのう?」

「イリナ=ヒースです。完全に完成させたのはその弟子のアフロスと言われています」

「その通り。ふむ、アフロスの名が出るとは教科書以外の魔術書も読んでおるようじゃの。では、その隣のエディアルド=ハーディン君。風の魔術の祖と呼ばれているのはだーれじゃったかのう」

「風の祖はヴィンディオです」

「ふむ、ヴィンディオの家の名は何じゃったかのう?」



 この爺さん、なかなか意地が悪い質問をするな。

 ヴィンディオの名前の由来は、教科書には書いていない。まぁ、答えられなかったら、王族であれば隣のクラリスを見習うように、と説教をするつもりなのだろう。

 悪いけど初日から説教を聞くつもりはないので、俺ははっきりと答えた。

 

「ヴィンディオの家は、ノード王家です。彼は元々ノードランド王国の王子でした。その王族であるノード家は、代々暴君で、国民を苦しめてきました。ヴィンディオはそんな王家を恥じ、後世にも家の名を残さぬよう遺言にした、と言われています」

「ほうほう、殿下も魔術書をよく読み込んでおられるようで」


 自分の長い髭を手で撫でながら、素直に感心するトールマン先生。

 入学テストの出来からしても、俺が答えられるとは思っていなかったんだろうな。まぁ、俺も前世の記憶が蘇っていなかったら、教科書すら読み返していなかったかも。

 ふと周囲を見回すと、何だか異様なものを見る目で俺のことを見ている生徒たちがいる。

 ああ、こいつらも俺がスラスラと答えられるとは思っていなかったんだろうな。


「それくらいアーノルド殿下ならすぐに答えられる」


 ぼそっと呟くように言ったのはカーティスだ。

 するとトールマン先生はカーティスの方を見て目を真ん丸くした。


「ほうほう、君だったらもっと早くに答えられたのかね。それは凄い」

「え……っ!? いや、自分ではなく、アーノルド殿下のことで」

「じゃあ君には土の魔術について。土の魔術の祖は誰かね?」

「え……いや、だから私じゃなくて……」

「土の魔術の祖は、だーれじゃったかのう?」


 一際強い口調で質問するトールマン先生に、カーティスは顔面を蒼白にする。馬鹿だな、授業中までアーノルドと比較するような発言するなんて。多分、俺がちょっと活躍したら反射的にアーノルドを称えてしまうんだろうな。


「あ、えっと……ビルモンド=ペックです」

「うむ。しかし近年、別の人間が土の魔術の祖かもしれないという説があるのじゃが、それはだーれじゃったかのう?」


 おいおい、魔術書にも載っていない新説のこと聞いてきたよ、この爺さん。

 つい最近学会で発表された説で、魔術師たちの間に激震が走ったんだよな。教科書を書き換えなければいけないって。

 魔道新聞にもそのことが書かれていたから、知っている人間は知っているのだろうけど、知らない人間はまだ知らない筈だ。

 ジョルジュが魔術史の教師は必ず魔道新聞から問題を出してくるって言っていたが、本当だったんだな。


「何じゃ知らんのかね。君はハーディン学園の学生であると同時に、もはや成人の一員じゃ。新聞くらい読まんか」


 かぁぁぁっとカーティスは顔を真っ赤にして俯く。

 小説ではエディアルドが教師の質問に答えられずに、俯くシーンがあったよなぁ。教師からもアーノルドを見習えって言われて落ち込むのだけど、今はカーティスがその状況に陥っている。

 

「殿下はご存知のようじゃの」

「え?」

「他の生徒と違って目が泳いでおらんからの」

「あ……はい。私も新聞を読んだだけなので詳しくはありませんが、土の魔術の祖はクロード=フォンス。ビルモンド=ペックの弟子にあたる人物です」

「その通り。ようは弟子の研究を横取りしたんじゃな。ビルモンドは。来年の教科書には土の魔術の祖はクロードに書き換えるからの。皆もよく覚えておくように」

    

 ……クラスの視線が一気に俺に集中してきたぞ。

 全員、異様なものを見る目で俺のこと見ているよ。エディアルドって、どんだけ馬鹿だと思われていたんだ? 

 あんまり目立たないように立ち振る舞いたかったけど、王子である以上そうもいかないか。


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