第24話 悪役令嬢、念願の寮に入る~sideクラリス~

 ハーディン学園女子寮の入寮開始日は入学式の二週間前。

 かなり早い時期から入寮が受け付けられるのは、今までお嬢様だった娘がいきなり一人暮らしをするわけだから、家具や衣装など暮らしを整えるのにもかなり時間がかかる。あと本格的な学業が始まる前に、まずは徐々に寮生活に慣れてもらう事、寮生活に向いているか否か篩にかけるためなど、色々理由はあるみたいなのよね。


 小さな鞄を片手に意気揚々と実家を出た私。馬車なんか用意してくれる筈もないから、徒歩で行くしかない。

 途中で川沿いの木陰で一休みしたりしてね。川のせせらぎを聞きながら、レニーの街で買ったパンを食べるのって、お一人様ピクニックみたいで楽しい。

 もちろん女性一人、徒歩で帝都に向かうのは危険が付きもの。


「姉ちゃん、ちょっと立ち止まってもらおっか」

「金目のもの持っていると嬉しいんだけどなぁぁ」

「何だったら姉ちゃん自身を売ってもいい金になりそうだぜ」


 ……なんてお約束な山賊たち。

 何故かデジャブのようなものを感じる。今の状況、どこかで見たような? ?

 通常魔術師のフードマントを纏っていたら、魔術師に関わりたくない犯罪者は近づいて来ないんだけど、この山賊たちは気にしていないみたい。


 貧富の差が激しいシャーレット領。職を失った人間が山賊に成り下がることはわりとよくある。女性一人で山道を歩いているのだから、彼らにとってはいいカモよね。

 私が「お断りよ」と言って首を横に振ると。


「あはははは」

「生意気な女は好きだぜぇぇ」

「言うこと聞かせ甲斐があるってもんだろぉぉ」


 大柄な男達は反抗的な私のことを嘲笑いながら、三人がかりで飛びかかってきた。

 女一人を相手に三人がかりって本当に卑怯ね。

 そういえば小説でもヒロインが山賊に襲われるシーンがあったわね。デジャブを感じたのはそのせいか。確かその時ミミリアは山賊に対して捕縛の呪文を使っていたから、私も真似をしよう。

 

「キャプト=ネット」


 私が呪文を唱えると山賊の足元に蜘蛛の巣のような光のネットが張り巡らされる。

 こちらに駆け寄った男達の足にネットが絡みつく。

 足を振るいネットを払おうとするが、暴れれば暴れるほどネットは両足に纏わり付き、山賊たちは地面に倒れてしまう。

 すると今度は全身がネットに絡みついてきた。


「ぎゃぁぁぁ、な、何だ、こりゃ」

「くそ……はなれねぇぇ。こ、こいつ本当に魔術師だったのか」

「マントはハッタリだと思っていたのに……くそっっ……お、おい、助けろ!!」


 山賊のリーダー格の男がこちらに手を伸ばしてくるが、もちろん完全無視。

 何で私の金を巻き上げ、しかも私を売ろうとした人間を助けなきゃいけないのよ。

 どうも山賊達は、私がハッタリで魔術師のマントを身につけていると思っていたみたいね。実際にそうする貴族令嬢もいるみたいだから、魔術師じゃない方にかけてみたんだろうけど。

 わめく山賊達を無視して私はすたすたと先へ進むことにした。

 ナタリーは馬車で学校に通学する予定みたいだけど、ここも通学路よね。

 まぁ、侯爵家直属の騎士たちが護衛してくれるだろうから大丈夫だろうけど。それにナタリーだって、ハーディン学園に入学するからには、多少魔術も心得ている筈だし。

 でも魔術が実戦で使えて良かった。

 数人の盗賊相手に怖がっていられないわ。この先の展開によっては、将来は魔物の軍勢と戦わなきゃいけないかもしれないのだから。

 

 ◇◆◇    

 

 私はハーディン学園内に併設された女子寮の前に立っていた。

 ここがこれから暮らす所か。

 白煉瓦の壁に、三角帽子のような赤い屋根が三つ。真ん中の屋根が一際高いのは見張り塔になっているからかな。

 学校の案内所で入寮手続きを済ませた時に渡されたオレンジ色の魔石は寮の鍵だ。

 ドアの真ん中にはめ込まれている無色透明な魔石に、手に持っているオレンジ色の魔石をかざすと、ドアの魔石は緑色に光り入り口が開く。

 中のエントランスロビーは、寮と言うよりはホテルのような印象。

 そこには数名の令嬢が何やら話をしていた。



「寮にあのクラリス=シャーレット嬢が入って来るって本当?」

「嘘……ものすごく傲慢だって噂じゃない」

「そんな人とうまくやっていけるのか心配だわ」

「……」


 最後の「……」は私の台詞です。

 入寮初日、私は他の寮生達に思いっきり警戒されていた。

 噂をしていた令嬢たちは、私の顔を知らないのね。私も社交界に出たのってメリア王妃のお茶会ぐらいだったから。


「でも、本当は継母に虐げられているって噂もあるみたいよ」

「ああ、だったら寮に入るのも納得」

「あ、あなたもクラリス嬢には気を付けた方がいいわよ」


 途中から入ってきた私に気遣うように一人の令嬢が言った。

 う、うわぁ……名乗りづらい。

 私がみるからに地味なワンピースで来たから、まさかクラリス本人だとは思いもしなかったのだろう。

 だけどここで黙っているわけにもいかないしなぁ。

 私は極力友好的な笑みを浮かべて自己紹介をした。


「私がそのクラリス=シャーレットです」

「「「!!!????」」」


 彼女たちはまじまじと私を見ている。

 我が侭で傲慢なお嬢様にしては質素……むしろ平民に近い格好をしているのだ。

 にわか信じがたいと思うのも無理はない。

 

「ほ、本当にあなたがクラリス様……?」

「はい」

「あのシャーレット侯爵令嬢の?」

「そうですよ」



 令嬢達は顔を見合わせてから、さぁぁぁと顔を青くして、何と私の前で土下座をしてきた。


「申し訳ございません!! 第一王子殿下の婚約者であるクラリス様に無礼なことを」

「わ、私はどのような罰でも受けます!!」

「わ、私もです!! どうか家族たちには咎が及ばぬようご慈悲を……っっ!!」


 ―― 一体どんな悪女だと思われているのよ、クラリスは。

 私は苦笑しながら生徒の一人の肩を叩いて言った。


「社交界で私が何を言われているかはよく分かっているつもりです。噂を聞けばあなたたちが身構えるのも当然のこと。けれども私はこの先慎ましく生きて行くつもりなので、出来れば怖がらずに接してくださるとありがたいです」

「「「…………!?」」」


 私の言葉に令嬢達は目に涙をうるませ、神に祈るかのように両手を組んだ……先ほどまで悪女として恐れ戦いていた彼女らは、私がまるで女神であるかのように礼拝をする。


「あ、ありがとうございますっっ!!クラリス様、何て優しいお言葉」

「わ、私、ウエブスト男爵家のスーザンと申します。クラリス様のご慈悲、生涯忘れません!!」

「私はコーエン子爵家のケイトです。本当に、本当にご無礼お許しください」


 ウェブスト家もコーエン家も王都からは遠く、経済的にも豊かな家ではない。クラリスはそういった令嬢達を自分の配下にしていた。

 小説でもスーザンとケイトは、確かクラリスの取り巻きだった筈。

 何か今でも、私の言うことなら何でも聞いてくれそうな雰囲気だけど、配下じゃなくて、同じ寮生同士対等な仲間として仲よくしたいところだ。

 

「さっきのことはなかったことにして、お互い仲よくしましょう」


 私の言葉に三人は目を潤ませて何度も頭を下げていた。

 根は悪い人ではないと思う、ただ噂に惑わされやすいだけで。

 まだちょっと私を恐れている節はあるけれどね。とにかく他の寮生達に迷惑をかけないよう、真面目に慎ましい生活を心がけないと。

 


 実家からの仕送りは当然ないので、寮費や学費は自分で払わないといけない。

 運が良いことにお金に困ることは今の所なかった。

 母親の遺産があるというのもあるんだけど、私自身も多少稼げるようになったからだ。ヴィネの店や王都のよろず屋であるペコリンにも私が作った薬を置いて貰っているし、王国軍からも回復薬や解毒薬の依頼がくるようになった。

 品質がいい私の回復薬はかなり売れ行きがよくて、多いときには一日二十万ジーロ売り上げることもあった。

 寮の部屋は決して広くはないけれど、一人で住む分には十分。ベッドが粗末だって、愚痴っていた貴族令嬢がいたけれど、私にとっては実家のベッドよりはるかにいい。



「クラリス様、これ、私の領地でとれた林檎です。よろしければお召し上がりください」

「まぁ、スーザン様ありがとうございます」


 先ほどの無礼のお詫びなのかな? 

 あれから小一時間後、スーザンが買い物籠一杯の林檎を持ってきてくれた。

 原作のクラリスだったら鼻で笑っていそうだけど、私は喜んで頂きます!

 ちょっと小ぶりな赤い林檎は、甘くて爽やかなにおいがする。

 新鮮な内は切って食べるよりはまるごと食べた方がおいしいだろうな。


 食べきれなくなったら、この林檎をつかって、今度アップルパイを作ってみよう。前世、OLだった時、手作りのパイ生地を作るのにハマって、休みの日によく作っていた。そのパイ生地でキッシュを作ったり、ミートパイ、アップルパイを作ったりして。

 ヴィネのキッチンを借りて、今度作ってみよう。

 私は林檎の爽やかな匂いを嗅ぎながら、心の底から思う。


 寮に入って本当に良かったっ! これからは嫌な家族もいないし、煩わしい使用人もいない。

 気楽な一人暮らしを楽しんでやる!!

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