第23話 悪役令嬢と悪役王子はともに学ぶ~sideクラリス~
薬を作るのに、火の魔術や水の魔術、時には雷の魔術を使う時もあるので、薬学と魔術というのは切っても切れない間柄であることは確かだ。
ジョルジュは薬学については専門じゃないのだそう。ヴィネはヴィネで薬学が専門で、魔術に関しては、中級魔術までは使えるけれど上級魔術は使えない。
ジョルジュ=レーミオから魔術を教わるという提案は悪くない。というか、むしろ大歓迎なんだけど、彼の下心を思うと素直に「はい」とは言いづらい。
ヴィネはそんな私の心の中を察したのか、くすっと笑って私の肩を叩いた。
「いいわよ。王子様の師匠になれるなんて誉れだし、月謝もたっぷり払ってくれそうだし」
「ジョルジュの給料が三十万ジーロだから、それぐらいでいい?」
「!?」
自分が提示しようとしていた額の三十倍の値段をエディアルド様が提示してきたので、ヴィネは驚きのあまり白目をむきかけた。
さ、さすが王子様。金持ちすぎるよ。
もちろんヴィネは親指を立てて快諾しましたけどね。そりゃ、逃がさないよね。こんな上客。
こうして私とエディアルド殿下は共にヴィネの家で薬学と魔術を習うようになった。一つ助かったのは、ジョルジュから人を寄せ付けない魔術を教えてもらったこと。私が実家には内緒で薬学を習いに来ていると知った時に教えてくれたのだ。
「ロス・インタレスティア」
私が部屋にその魔術をかけると、部屋は淡い紫の霧がうっすらと漂う。この霧が部屋にかかっている間、人々は私に対して無関心になり、この部屋に近寄ろうとしなくなる。
持続時間は三時間だけど、魔石を置いておくと半日持続する。魔石は五万ジーロとかなりお高めだけど、何度でも繰り返し使えるし、必要なものなので思い切ってペコリンで購入することにした。
私は時間を気にすることなく、自由に外へ行き来できるようになった。
ヴィネの家には大抵私の方が早く来る。エディアルド殿下とジョルジュは城から外へ出るのは何かと準備があって時間がかかるのか、後から来ることが多い。
「あ、ジョルジュとエディーだ!!」
ジョルジュとエディアルド殿下がヴィネの家に来ると、ジン君は嬉しそうに飛び上がってジョルジュに抱きついてくる。意外にもジョルジュは優しい笑顔を浮かべ、そんなジン君を嬉しそうに抱き上げるのだ。
そんな様子を見たヴィネは訝る。
「あんたって子供の扱いに慣れているね」
「俺は孤児院で育っているからな。小さな子供の世話はお手のものだ」
「……」
しれっと何でも無いことのように言うジョルジュだけど、ヴィネは複雑な表情を浮かべた。
彼の意外な過去を知って同情しているみたいね。そういえば自分の過去を話すのって、小説ではミミリアだけだったような気がするんだけど。
ヴィネはすぐに気をとりなおして手を叩いた。
「さ、授業始めるよ」
最初の授業はヴィネの薬学。
今回は毒薬の作り方。解毒薬を作るには毒の作り方も知らないといけないからだ。
「じゃ、フローランの実とペパーミンの実をすりすぶし、カガドクの蛇を捕まえて、ハサミでその首を切り落とし血液を混ぜる。それからヤマネコ草のエキスを少しずつくわえる」
カガドクの蛇は鉛筆サイズほどの大きさの小さな蛇だけど、猛毒をもっている。既に死んでいるので手で掴んでも暴れたりはしないけれど、ハサミで首をちょん切る作業がとっても嫌。
で、でも一人前の薬師になるにはこの作業にも慣れなきゃね。
エディアルド殿下は冷静な顔で躊躇なく、蛇の頭をちょん切っているけど……とても王子様とは思えない。やっぱり剣術を心得ているからかな。王族、貴族の嗜みとして魔物狩りをすることもあるみたいだしね。
調合を重ねて出来上がった毒は、透明な紫色の液体になった。
今度はこの毒液を元に解毒薬を作ることになる。
この解毒薬はカガドクの蛇に噛まれた時も有効なので、薬品として売ることが出来る。
ちなみに毒薬を売るのは違法だ。
全部の工程を終えて、瓶の中に完成した薬液を入れる。カガドク蛇の解毒薬は綺麗な水色の液体だった。
「君のように透明にはいかないな」
エディアルド様が作った液体は濁り湯のように青く濁っている。ヴィネはそれを見て、苦笑交じりに言った。
「まぁ、その薬でも何度か飲めば効果はでるよ。無人島に漂着して自分で薬を作らなきゃいけない時には役に立つ」
「……役に立つ時が来ないことを願う」
「何度も試みることが大事さ。クラリスのように一発出来る子なんて、百年に一人いるかいないかだからね」
そ、そんな大袈裟な。
感心したようにこっちをじっと見詰めてくるエディアルド殿下に、私は恥ずかしくなって俯いてしまった。
私が作った解毒薬はとても出来が良かったので、その日のうちに商品として売り出すことになった。
自分が作った薬が小瓶に入れられ、ラベルが貼られているのを見て、とてもドキドキしてしまった。
しかもその解毒薬、エディアルド殿下が全部買ってくれることになった……うわわわ、臨時収入はすごく有り難い。
来週からは寮暮らしになるし、寮費は自分で払わないといけないから本当に助かる。
出来ればお母様の遺産は使いたくないからね。
しかしふと気になって私はエディアルド殿下に尋ねた。
「だけど、エディアルド殿下がカガドク蛇の解毒薬を使うことなんてないんじゃ」
「俺は使わないけれど、国境付近の警備に当たっている兵士たちは使うからな。軍備品のストックとして君の薬が使えないか、将軍に打診してみるつもりだ。うまくいけば、君の薬を軍が買い取ってくれることになる」
な、なんと……王国軍が薬を買い取ってくれるかもしれない!?
そうなれば当分お金に困ることはないじゃない。お母様の遺産を切り崩さなくても済む。
こ、これは何としても気に入ってもらえるように、品質の良い薬を沢山つくらなければ!!
自分が作る薬がお金になると分かった私は、ますます薬学にのめり込んでいくのであった。
町の片隅にひっそりと佇むヴィネの薬屋はとても賑やかな日々を送ることになる。
ヴィネの養子であるジン君も訳が分からないながらにも、一緒になってジョルジュの授業を聞いている。
小さな弟が出来たみたいで可愛い。
でもジン君は気のせいか、エディアルド殿下のことをライバル視しているみたい。
エディアルド様のやることなすこと「僕もやる!」といって真似しようとするし。
負けず嫌いな男の子なんだよね。
ジョルジュの授業は、面白おかしいエピソードを交えて教えてくれるせいか、とても分かりやすい。
魔術の成り立ちを知ることで、魔術のコツを掴みやすくなり、より効力や効果が増す。
魔術の歴史である魔術史は、学校で習う教科のなかでは軽視されがちらしいけど、実は大切なことであることをジョルジュは教えてくれる。
チャラい男だけど良いことを言うのよね。
私やエディアルド様が熱心に授業を聞いているのが嬉しいのか、ジョルジュも得意げになって色々教えてくれるのよ。
小説の通りこの人は教師に向いている――チャラいけど。
一番楽しみなのは授業の合間のティータイム。薬学の授業が終わったら一度休憩のお茶会をすることになっているの。
毎回ヴィネが焼きたてのケーキやクッキーをご馳走してくれる。
ヴィネが作ったクッキーが凄く美味しいの。この前のお茶会で食べたあのクッキーとはまた違う味わいなんだけどね。
全粒粉やオートミールを使ったクッキーは身体にも優しく素朴な味わいで大好きなんだ。
本当に小説の中のクラリスも馬鹿だよね。こんなにいい人を困らせていたなんて。
私は改めて小説のような悪女には絶対になるまい、と心に誓う。自分が死にたくないという理由もあるけれど、優しい薬師であるヴィネの笑顔を失いたくないと思ったから。
それに……。
ちらり、と私は隣の席に座るエディアルド殿下を見る。
彼もまた美味しそうにヴィネの手作りクッキーを食べていた。小説の中のエディアルド=ハーディンだったら庶民が作ったものなど食えるかっ! って、怒鳴っていたような奴なのに。しかも勉強嫌いな愚かな王子として描かれていたけれど、今ここにいるエディアルド殿下はとても勉強熱心だ。
ありとあらゆることを吸収しようとしている。
私が一ヶ月かけて習得した授業内容も、わずか半月で習得してしまい、あっという間に追いつかれてしまった。
魔術も既に四元素の上級魔術は極めてしまっていて、今は光の魔術の習得に力をいれている。
ただエディアルド殿下は治癒魔術があまり得意じゃない。出来れば上級魔術を使いこなせるようになりたいみたいだけど、四苦八苦しているみたい。
私は回復魔術や補助魔術は得意なのでそういう部分は彼を補えるかなって思える。まぁ、聖女様にはかなわないけどね。
瀕死の人間を蘇らせる程の威力はないけれど、それでも一人でも多くの怪我人や病人を治せるようになりたい。
……まだエディアルド殿下と結婚するって決まったわけじゃないけど。
ううん、弱気になったら駄目だ。
小説通りの展開だとエディアルド殿下も最終的には死んでしまう。
先のことを考えると不安にはなるけれど、最悪な事態を回避するように今、がんばらないとね。
エディアルド殿下は私を婚約者に選んでくれた。
この時点で小説とは全然違う展開なのだから。
この人が死なないように、あと自分も死なないように、フラグを倒しまくって回避していくしかない。
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