第25話 学園生活のはじまり~sideエディアルド~
俺の名はエディアルド=ハーディン。
会社員として、そこそこ順風満帆な人生を送っていたけれど、事故に巻き込まれて死んでしまった。
そして転生したのが、なんと小説の中の悪役王子。
小説通りの展開だと俺は魔物の軍勢を率いる闇黒の勇者になり、物語の主役である異母弟、アーノルドに倒されてしまう。
当然そんなバッドエンドは嫌なので、小説とは違う行動を取ることにした。
まずはアーノルドの婚約者になる予定だった悪役令嬢、クラリスを俺の婚約者にした。それからヒロインであるミミリアの師となる魔術師を俺の師とした。
そのせいで物語の展開にズレが生じたのか。
悪役令嬢であるクラリスもまた物語とは違う道を歩んでいた。
まず俺の婚約者になることにさしたる抵抗もせず受け入れたこと。小説のクラリスだったら恐らく全力で抵抗していたと思う。
小説だと息子を人質にとり、毒の処方を依頼する予定だった薬師、ヴィネ=アリアナを薬学の師と仰ぎ、まるで姉妹のように仲よくしている。
物語のズレはそれだけじゃなくて、ミミリアに恋をする筈だったジョルジュが、ヴィネに恋心を抱くようになったことだ。
出会ってすぐに口説く軽さが禍して、ヴィネには完全に警戒されているけどな。
だけどジョルジュは、女手一つで実の子供でもない子供を育てているヴィネを見て、今まで飲み屋のお姉ちゃんを口説いていた時とは違う想いを抱いているみたいだった。
しかも実の両親を失っているヴィネの甥、ジンにも入れ込んでいるようで、さりげなくお菓子や絵本、ちょっとしたオモチャを買って行くことがある。
俺たちはまるで家族のようにヴィネの家で過ごす時間が少しずつ増えていった。
「今日はクラリスと一緒にアップルパイを作ったよ!」
ヴィネとクラリスは、それぞれ焼きたてのアップルパイの皿を持っていた。
同じ寮に暮らす令嬢から沢山の林檎を分けて貰ったらしく、一人では食べきれないので、それでアップルパイを作ることにしたらしい。
「クラリスってば料理上手なんだよ。このアップルパイも商品にしたら売れるかも」
「もう、ヴィネってば」
楽しそうに笑い合うヴィネとクラリスは、本当に仲が良い。家族に愛されなかったクラリスにとって、いつの間にかヴィネは心の拠り所になっていたのかもしれない。
切り分けられたアップルパイと紅茶。
俺のビジョンではこの上なくキラキラ輝いているように見える。
こ、これが婚約者の手作り……恋愛経験がないまま死んでしまった俺にとって、泣きたいくらいに嬉しい。
しかも、このアップルパイ、ヴィネの言う通り商品として出しても良さそうなクオリティーの高さだ。
「薬師は料理上手な人間が多いんだよ。時々、殺人兵器になるくらい不味い料理をつくる人間もいるけどさ」
ヴィネの言葉に俺は納得する。確かに薬を作ることと料理を作ることは共通していることが多いからな。
俺はさっそく一口アップルパイを食べてみた。
「美味しい……っ」
俺は食レポには向いてない。シンプルな言葉しか出てこなかった。
だけどその場にいる他の人間も「美味い!」「おいしすぎる~!!」という率直な言葉が真っ先に出てきた。
サクサクとした生地、甘すぎない林檎の砂糖煮とカスタードクリームも少しはいっているのか?
「焼きたてもおいしいのですが、冷めてもおいしいのですよ」
そう言ってにっこり笑うクラリスに、俺はドキッとしてしまう。
フォークを口に咥えたまま、思わず彼女の笑顔に見入ってしまう。
やばい……一目惚れした自覚はあったけど、更に好きになってしまいそうだ。
俺とクラリスはあくまで政略結婚だ。こんなに浮かれていていいのだろうか?
いやいや、王子である前に俺はまだ十七歳男子だ。ちょっとは浮かれてもいいじゃないか。
クラリスも小説のような野心があるわけじゃなさそうだし、俺はとっとと王太子の座を放棄して、いっそのこと貴族の座も捨ててしまって、平屋に二人で住むのもいいよなぁ―――思わず非現実的なことを妄想してしまったが、今こうやってクラリスの手作りケーキを食べて、紅茶を飲んでまったり過ごす時間が居心地良すぎて、そんなことも夢見てしまう。
小説とは違う展開に進むことで、俺は今どんどん幸せになっている。どんな未来が待ち受けているのか不安ではあるものの、全員がこのまま幸せな方向へ向かってくれたらな、と思わずにはいられない。
◇◆◇
時は瞬く間に一ヶ月が過ぎ、俺とクラリスはハーディン学園へ入学することになった。
十七歳になると王族、貴族の子弟は、学校へ行くようになる。王族や貴族としての社会性や教養を身につけるために。
前世では十五歳までが義務教育だったけれど、この世界では十六歳までは家庭教師。十七歳から学校へ行くというシステムなのだ。
あと日本だと入学が四月なのに対し、こっちは入学が六月。社交界シーズンが終わってから学校が始まる。
王立ハーディン学園に入学した俺は、Aクラスになった。
教室に入るとクラリスも同じクラスで、しかも席が隣。これはもう、学校側の計らいとしか言いようがないだろう。
それにしてもこの世界でも、クラス名がアルファベットなのか。冒険者のクラスも確かアルファベットだったよな。まぁ、異世界というよりは小説の世界だからな。読み手にとって分かりやすい設定にしたのだろう。
クラスは成績順に振り分けられ、一番良いのがSクラス。次がAクラスで、次がBクラスといった具合に入学の時点で優等生と劣等生に振り分けられてしまう。
学校の試験を受けたのは記憶が戻る前だったから、エディアルドの成績がどんなものかは分からないが、初期魔術もろくに出来なかったみたいだから、本当はもっと下のクラスだったんじゃないか、と思う。
しかし王室の人間がCクラスやEクラスだと体裁が悪いので、Aクラスにしてくれたのだろう。
小説の設定ではクラリスはSクラスだった。恐らく現実でも本来ならばSクラスなのだろうが、第一王子の婚約者として劣等生である俺の面倒を見て欲しいが為にAクラスに入れたのではないかと思う――まぁ、あくまで俺の憶測だけど。
勉学については学校へ行く前までに教科書を全て頭に叩き込むくらいのことはしたが、それくらいは他の生徒もしているだろう。
せいぜい遅れないよう囓りつくしかないな。
「第二王子はSクラスなのに第一王子はAクラスか……」
「まぁ、Aクラスかどうかもあやしいけどな」
聞こえよがしに言ってくる二人の男子生徒。名前は知らんが、アーノルドの腰巾着だったように思える。
恐らくテレス側の貴族の子弟たちで、俺にそれとなく重圧をかけるように言い含められているのかもしれない。
俺が何か言い返したら、すかさずアーノルドに助けを求めるんだろうな。
ま、相手にするだけ馬鹿らしいので無視しておく。
一方隣の席に座るクラリスもまた多くの視線を集めている。
特に多いのは憧憬と羨望の眼差し。
そりゃそうだろう。クラリスはこの場にいるどの生徒よりも綺麗だった。
これまで社交界に出たことがなかったクラリス。噂だけは広まっているけれど、その顔を見たのは前回のお茶会に参加した面子だけだと思う。
そのお茶会でも野暮ったい髪型と、地味な平服だったから、彼女の美しさは隠れてしまっていた。しかし学校へ行くことになって指定された制服、前髪もちゃんと切るよう校則で決められていたので、クラリスはレニーの街の美容師に頼み、髪を整えてもらった。
前髪もカットされたので、今まで俺しか知らなかったクラリスの美貌が露わになり、教室に入った時にはクラス中の人間が彼女に注目をした。
「誰だよ、クラリス=シャーレットが不細工だとか言っていたのは」
「性格が不細工なんじゃないのか?」
「いや、俺だったら性格悪くてもいいな。あんな美人、奥さんに出来るのなら」
そうだろう、そうだろう。
俺の婚約者は美人だろう。言っておくが性格も不細工じゃないからな。
「ふん、顔だけは良いようだな。第一王子とお似合いだ」
吐き捨てるように言うのは、さっき俺の陰口をたたいていた奴らだ。
そんな悔しそうな声で言われてもね。顔がいいというのは、この世に生きて行く上で自分の人生を有利に動かす武器となる。
それは前世でも、現世でも同じことだ。
有り難いことに、俺は前世と違って今世は容姿に恵まれた。
絶世の美女といっても過言じゃないクラリスとお似合いだ、という言葉は、向こうは皮肉のつもりだろうが、俺自身にとっては最大の褒め言葉だ。
クラリスが美人であることが皆にも分かって貰えて嬉しい反面、誰にも知られたくなかったという独占欲みたいな気持ちもあって、複雑な気持ちではあるのだけどね。
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