第20話 悪役王子はリストラを言い渡す②~sideエディアルド~

「ジョルジュ=レーミオ、誰の許可を得てエディアルド殿下に魔術を指導しているんだっっ!?」


 怒り心頭と言わんばかりにジョルジュに向かって怒鳴りつける人物に、ジョルジュは指で耳栓をした。

 宮廷魔術師 ベリオース=ゲイン

 上級魔術師であり、貴族や王族を相手に魔術の家庭教師をしている。一応、俺の先生でもあったけれど、俺は彼から一度も魔術を教わっていない。

 ジョルジュに代わって、俺が冷めた口調で答えた。


「俺が許可した。部外者は去ってくれないか?」


 ベリオースはまじまじと俺の顔を見た。口には出していないが、見るからに「生意気な……」と言わんばかりに顔をゆがめている。そして顔を真っ赤にして抗議をする。


「お言葉ですが、私は王妃様の許可を得て正式にあなたの師となっております!」

「その母上の許可を得て、正式にお前を解雇したから部外者だ。あ、コレ。あんたに渡そうと思っていたんだ」


 俺はベリオースにピンク色の解雇通知を突きつけて言った。そこにはちゃんと母上のサインが書かれている。

 ベリオースは信じられぬと言わんばかりに首を横に振る。

 

「な……何を……王妃様がそのようなことをお許しになる筈が」

「ベリオースは第二王子を教えるのに手一杯で、俺の指導までしてもらうのは申し訳ない。もう解放してあげて欲しいと言ったら、母上は喜んで解雇通知にサインをしてくれたよ」


 ちなみにこの前メイド達を解雇した時も「俺は完全に自立する為にメイドたちを敢えて遠ざけたい。紹介してくださったテレス妃には申し訳ないが、メイドがそばにいる限り甘えてしまいそうになる自分がいる」と訴えたら、あっさり解雇通知にサインをしてくれた。

 あの人が騙されやすいことは、時に助かることがある。


「い、いや……アーノルド王子で手一杯というわけじゃない。それは誤解で」


 なんとか言い訳をしようとするベリオースだけど、聞くだけ無駄なので台詞が終わらないうちに俺は冷ややかに言った。


「事情はどうあれここ半年、あんたは俺の所に魔術の指導に来ていないだろう? 給料を貰った分仕事をしないのは、職務怠慢なんだよ。第二王子の指導に手一杯なら、俺のことはかまわずに、そっちに集中して欲しいんだ」

「わ、私が指導しなかったのは、あなたがそこまでの実力じゃなかったから」

「うん。でもジョルジュは俺がそこまでの実力じゃなくても、ちゃんと教えられるから」

「……っっっ」

 

 ばっさりと切り捨てる俺にベリオースは顔を蒼白にする。まさか馬鹿王子だと見下していた人間の口からそんな反論が返って来るとは思わなかったのだろう。

 ましてや代わりの魔術師を自分で連れてくるなど思いもしなかったに違いない。


「あ、あなたはご存じないかもしれませんが、その男は身寄りの無い平民ですよ? あなたが見下していたあの平民なのですよ!?」

「俺は平民を見下した覚えはない」


 記憶が蘇る前は思いっきり平民を見下していたんだけど、俺はすっとぼけることにした。

 ベリオースはますます信じがたいものを見る目でこちらを見詰める。


「こ、この男は普段から素行が悪く」

「知ってる」

「宮廷魔術師長様を始め、目上の人間にも態度が悪く」

「良く知っている」


 さらにジョルジュを批判しようとするが、何も思いつかないのか、口をパクパクさせる姿はまるで金魚のようだ

 俺はさらにトドメを刺すことにした。

 

「あんたは無能な俺を教える能力がないんだよな? 能力に見合わない仕事をさせて悪かったな。というわけで、今までご苦労様。まぁ、ご苦労という程、教わってもいないけど」


 俺はベリオースに満面の笑顔を向け、親指で首を切るジェスチャーをしながら告げたのだった。

 


「ベリオース=ゲイン、あんたはクビだよ」




 ベリオースは通知書をぐしゃっと握りしめ、「こんなことがあってはならない! 王室に抗議をするっっ!!」と言って出て行った。

 王室に抗議って、どう言い訳するんだろうね。

 例え不当に解雇されたとしても、文句が言える立場じゃないんだけどな。どうせ第二側妃のテレスに泣きつくのだろう。

 ま、テレス側が抗議してきたら、こっちはベリオースの職務怠慢ぶりを抗議し返してやるけどな。



 ……ところでさっきからジョルジュが喜劇でも見たかのように腹を抱えて笑っている。俺は彼を笑わせた覚えはないんだけど?  


「くく……あははは……あのベリオースが小僧に解雇されてやんの。かっこ悪ぃ」

「小僧って言わないでくれる? もう十七歳なんだけど」



 ま、確かに嫌な奴が、一回りも年下の人間に解雇される光景を目の当たりにしたら、滑稽だよね。

 ベリオースもさぞ屈辱だったことだろう。だけど仕事をしない自分が悪いのだから自業自得という奴だ。

 ジョルジュは休憩時間が終わるまでずっと笑い続けていた。

 

 ◇◆◇


「さて。次は課外授業に行きますか」

「ああ、そうだな」


 課外授業とは城から出て帝都に繰り出すことだ。

 基本、王族も護衛付きだったら、お忍びで外出できることになっている。護衛はもちろんジョルジュだ。彼は上級魔術師であり、剣の腕も立つのでその資格は十分にある。

 しかし王城を出たら俺たちは別行動をとる。

 ジョルジュは飲み屋へ。

 俺は街の散策へ。

 ジョルジュに頼んで平民の服も手に入れた。魔術師のローブをかぶっておくと、犯罪に巻き込まれる可能性はぐんと下がるらしい。

 犯罪者も出来る事なら魔術が使える人間を相手にしたくないのだとか。


 

 小説“運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~”によると、ジョルジュが行きつけのよろず屋を弟子であるミミリアに紹介するシーンがあるんだよな。

 小人族が営んでいるお店で、普通のよろず屋では手に入らないレアなアイテムがたくさん売っている。

 ヒロインには申し訳ないが、俺が先に紹介してもらった。今回はそのよろず屋に行ってみようと思う。

 

 白煉瓦造りのおんぼろの建物の中にあるその店は、普段はあまり客が寄りつかないが、普通の店には置いていないレアなアイテムが置いてある知る人ぞ知る店だ。

 特に欲しいのはミールの泉の水だ。


 この水は生命の危険を脅かす毒に対し、敏感に反応する不思議な水で、例えば料理にその水を一滴たらし、毒を感知するとその料理はたちまち青く変色してしまう。

 今の所身体の不調もないし、食事に毒を盛られていることはないとは思うが、少しずつ毒が料理に混入されている可能性も否定しきれない。小説にも登場するような、蓄積されるタイプの毒だったら、例え少量でも毎日摂取すれば致死量になるからな。

 既に毒を飲まされていることも想定して、あらゆる毒に対応する薬も買っておきたい。

  

「ようこそ、よろず屋ペコリンへ」


 冗談みたいな店名だが、店主の名前からとっているらしい。

 店主は一見丸っこい体型の子供に見えるが、小人族の女性だ。赤いとんがり帽子を被っていて、童話に出てくる小人そのもの。まん丸の顔に丸っこい目は人形みたいだ。

 俺はさっそくミールの泉の水を売って貰うようお願いした。


「お客さん、ミールの水の存在を知っているなんて通だね!」

  

 片目を閉じて親指を立てて、快く売ってくれる店主ペコリン。

 うん、店はぼろくて薄暗い反面、店主は底抜けに明るいな。

 カウンターの上に透明な液体が入った小瓶が置かれる。

 俺が代金を支払って、ミールの泉の水が入った小瓶を手持ち鞄に入れた時。


「久しぶりね、ペコリン。今日はミールの水を貰いに来たの」

「あ、ヴィネ姉さん、お久しぶり。あれ? 一緒に来ている娘は妹?」

「違うわよ、私の弟子よ」


 後から来た客の姿を見ようと俺が振り返った時、そこには二人の女性が立っていた。

 一人はなかなかきわどいワンピースをまとった妖艶な美女だ。ここに来るということは、薬師か魔術師なのだろう。

 もう一人の女性は……なんと知っている顔だった。

 何で彼女がここに?

 一瞬見間違いかと思ったが、フードの下に見えるのは、綺麗な紅い髪の毛とピンクゴールドの目。俺が一目惚れした、気の強さと可愛さを兼ね備えた、この美しい顔は見間違えようがない。


 そこに立っていたのは魔術師の服に身を包んだクラリス=シャーレットだった。




「く、クラリス……?」

「え、エディアルド……殿下」


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