悪役達は青春を謳歌する
第21話 思いがけない再会~sideクラリス~
「く、クラリス……?」
「え、エディアルド……殿下」
思わぬ再会にお互い鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
師匠であるヴィネの付き添いで、帝都のよろず屋ペコリンに行くことになったのだけど、そこには何とエディアルド殿下が来ていたのだ。
しかも私と同じような魔術師の服に身を包んで。
こ、このシーンは小説の描写にはなかったはず。そもそも小説に登場するクラリスだって、この店には来ていない。
私はヴィネが万能薬の調合にはミールの泉の水がいるって言うからというのを聞いて、買い物に付いてきたのだ。
だってよろず屋ペコリンといえば、小説にも出てきたレアイテムの宝庫。この際だから色んなアイテムを手に入れたいと思うじゃない。
「あら、二人とも知り合い?」
私とエディアルド殿下を交互に見てから、にやーっと笑うヴィネ。
い、いや、そんな期待に満ちた笑みを浮かべられても、少女漫画のような甘い展開とかないですから!!
うわ、店主さんまでニヤニヤしてこっちを見ているし。
そ、そんな甘い展開なんてない――
「俺はクラリスの婚約者、エディアルド=ハーディンだ」
「エディアルド=ハーディン第一王子殿下!? ……幼い貴方を遠くからお見かけしたことはありましたが、ご立派になられて」
そっか、ヴィネは元宮廷薬師だから、城内で幼い頃のエディアルド殿下を見たことがあるのね。
ヴィネは私の方を見てから、何を思ったのかニヤつく唇を手で隠す。そして深々と頭を下げエディアルド殿下にご挨拶をする。
「エディアルド殿下、お初におめにかかります。私はとーってもしがない薬師でございますが、彼女に薬学を教えているヴィネ=アリアナと申します」
「ヴィネ=アリアナ……!?」
エディアルド殿下はその名前を聞いてぎょっとした様子だ。ヴィネのことを知っているのかな? 元宮廷薬師だし、かなりの実力者みたいだったから、知っていてもおかしくはなさそうだけど。
エディアルド殿下は、すぐに何事もなかったかのように笑顔を浮かべてヴィネに尋ねる。
「薬学? クラリスには一体どんなことを教えているんだ?」
エディアルド殿下の質問に、ヴィネは悪戯っぽい笑みを浮かべてから、ドヤ顔で説明をする。
「もちろん惚れ薬とか精○増強剤とか」
「嘘言わないでください!!」
私はすかさず猛抗議をした。
な、何てこと言うのよぉぉぉ!!
そんなもん作っているって思われたら、とんだ変態女に思われるでしょうがぁぁぁ。
「基本的な薬の作り方を教わっているんです!! 風邪に効く薬とか、腹痛に効く薬とか」
「うふふふ、あの子に溺愛されるような強力な媚薬の作り方も教えてあげよっか?」
色っぽい声で耳打ちしてくるヴィネに、私の頭は瞬間湯沸かし器のごとく熱くなった。
うううう、エディアルド殿下に後ろから抱きしめられるシチュエーションを妄想してしまう自分が呪わしい。
去れ、去るのだ、煩悩!!
「そ、そんな事教えてもらわなくてもいいです!! と、とにかく早く用事を済ませて帰りましょう!!」
「あら、せっかく会えたのだから、婚約者とデートしたらいいじゃない」
「な、な、何を余計なことを……っっ!!」
ますます顔を真っ赤にする私を見て、エディアルド殿下は可笑しそうに笑いながら、こちらに手を差し伸べた。
「クラリス、君の先生もせっかくそう言ってくれているのだし、一緒に街を歩かないか?」
「……!?」
前世で見た西洋美術で、大天使ミカエルの絵があったけど、あの絵が実写化したら、こんな感じの笑顔なんじゃないだろうか。
そんな綺麗な笑顔を前に、きっぱりと断ることが出来ますか? いいえ、できません。
私は釣り込まれるように、頷いてから彼の手をとったのだった。
前世の記憶では彼氏もいたし、手を繋いで街を歩くなんてこと、慣れたものだった。でも、あくまでそれは遠い昔の記憶に過ぎない。
今は、恋愛に不慣れな十七歳の乙女な自分もいるわけで、胸のドキドキが止まらない。
「あそこが帝都で一番大きい公園、メルン広場だ」
エディアルド殿下は帝都をしょっちゅう歩き回っているのか、勝手知ったる様子で案内してくれる。
メルン広場の中央には円形の大きな噴水。その中央には女神像が建っている。
広場の至る所には花が植えられていて、今は青系統の花が沢山植えられている。青薔薇のアーチなんかインスタ映えしそうだ。
それにしてもエディアルド殿下は花を背景にしたら一際美しい。
もう非現実的な美しさだ。ずっと愛でていたい。
私の視線に気づいたのか、エディアルド殿下がこっちを見て首を傾げた。
「どうした? クラリス」
「い、いえ。何でも」
「もしかして俺に見惚れた?」
「え……あ……はい」
向こうは冗談交じりな口調で尋ねてきたのだろうけど、私は思わず正直に頷いていた。
まさか私が正直に答えるとは思っていなかったようで、エディアルド殿下は目をまん丸にしてから、顔を真っ赤にした。
うわ、耳まで真っ赤になって……可愛い反応に私の胸はキュンキュンしてしまう。
ここは冷たい飲み物でも飲んで落ち着かなきゃ。
「あ、あの……何か飲みません?」
公園の屋台には果実の飲み物が売っている店もある。火照った顔を冷やすのと、歩いて喉が渇いたのもあるから。
エディアルド殿下は頷いて、私の手を引いて屋台の方へ歩いて行く。
なんか本当に恋人同士みたい。
あんまり期待しちゃ駄目だけど……彼だっていずれは聖女様に恋をするかもしれない。
でも今だけは、このドキドキ気分を楽しみたい。
飲み物を買った私たちは公園のベンチに座った。
「ところで君は何故、ヴィネ=アリアナに薬学を習おうと思ったんだい?」
「……っ」
一瞬、飲んでいたジュースが詰まりそうになった。
そ、そうよね。貴族令嬢が何故、街の片隅に住んでいる薬師に教えを請うか、不思議に思うのも無理はない。
「私は治癒魔術が得意なのですが、中にはどうしても魔術だけでは治らない病もありますし、解毒魔術が効かない特殊な毒もあります。それがもどかしく感じていた時、病床だった母の薬を処方してくれた人のことを思い出したのです」
「なるほど、それがヴィネだったわけだ」
「はい。若いけれど凄く優秀な薬師だったので」
エディアルド殿下は納得したみたいだった。
本当は何かあった時のために、独り立ちできるよう、色んなスキルを得たいという本音は伏せておくけどね。
「薬学の勉強は面白い?」
「はい、とても奥が深くて面白いです」
「俺も時間があったらやりたいな」
「殿下も薬学の勉強に興味があるのですか?」
「ああ、今、魔術を勉強しているんだが、上級魔術は魔力消費が激しくてな。いざ魔力が切れた時のために、回復薬を作ることが出来た方がいいと思って、宮廷薬師に教えを請おうと思っていた所だ」
私は内心ぎょっとした。
小説では魔術がろくに習えていなかったという設定だった筈。確か師匠であるベリオースが、第一王子のあまりの馬鹿さ加減にさじを投げていたって設定だったのよね。
悪役王子は、闇黒の勇者に目覚めてから、初めて魔術が使えるようになったのだ。
お茶会の時から、小説のエディアルドとは違うな、と思っていたけれど、きちんと魔術の勉強もしているのね。それに薬学も学びたいって、かなり勉強熱心じゃない?
このまま正しい道を歩めば、彼も闇黒の勇者にならないのでは?
私がそんなことをぐるぐると考えていた時。
「おいおい、師匠が寂しく一人で酒を飲んでいる時に、弟子のお前は可愛い娘とおデートですかぁ?」
ベンチの背後、なんだかおどろおどろしい声が聞こえてくる。
振り返ると……わ、かなりのイケメン。でも、ちょっとチャラそう。
白いフードマントには青と銀の糸で翼と剣の紋章が描かれている……宮廷魔術師、しかも上級魔術師の人だ。
師匠、ということは、この人がベリオース? ?
ベリオースってこんなにイケメンでチャラ男だったっけ? ?
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