第19話 悪役王子はリストラを言い渡す①~sideエディアルド~
ハーディン王国は春真っ只中。日中は夏日になることもある。
城内の庭の緑も鮮やかになり、色とりどりの花が咲いている。
生まれ変わって良かったことはスギ花粉やPM2.5に悩まなくて済むこと。あの頃は花壇の花を愛でる余裕すらないくらい花粉症に悩まされていた。
今は快適な春ライフを送っている。
俺はエディアルド=ハーディン。訳あって悪役王子の人生を歩むことになってしまった、アラサーの記憶を持つ多感な十七歳だ。
ややこしい感じだが、まぁ、軸は十七歳の少年だ。前世の記憶も異世界じゃ役に立たないことが多いし、まだまだ世間を知らない部分もある。
だから俺には師匠が必要なのだ。
ジョルジュを先生に迎えて以来、様々な魔術のやり方やコツ、歴史や雑学も教わるようになり、俺は充実した毎日を送っていた。
マニュアル通りにやれば何とかなる中級魔術とは違い、魔力を引き出すコツがいる上級魔術はやはり教わらないと分からない。
「そう、魔力を手の平に集中させて……まだだぞ、まだまだ溜めとけよ」
上級魔術はいかに魔力を一点に集中させるかによって、威力が異なる。
ジョルジュは魔力を放つタイミングを身体で覚えるように、と俺に言う。
実戦の授業では魔力がなくなるまで、呪文を唱えては魔術を放つことをくりかえす。
呪文を唱えるタイミング、魔力の集中させる加減によって威力は大きく変わってしまう。
「ギガ・フレム!」
宮廷魔術師の技術を磨く道場でもある、魔術修練所にて俺は炎系の上級魔術を唱える。おおよそ野球場のドームほどの広さはあるその場に紅蓮の炎が広がる。
しかし修練所内は外側も内側も強力な防御魔術が何重にも張り巡らされているので、建物が燃えることはない。
「ジョルジュ、どうだ?」
俺はちょっとドヤ顔で、師匠であるジョルジュの方を見た。
最初は中級魔術程度の威力しかなかった炎も、次第に威力を増して、今のが一番うまくいったのだ。
ジョルジュは軽く肩をすくめると、手を正面に差し出し呪文を唱えた。
「ギガ・フレム」
落ち着いた口調……と言うよりクールな声で呪文を唱えた瞬間、先ほどよりも大きな爆発音が響き渡り激しい炎がその場を覆い尽くした。
強力な防御魔術が施されている筈の壁は所々焦げ付いて、爆撃の衝撃で壁に罅がはいっている。
うわ……これが宮廷魔術師トップクラスの実力か。さっき俺が放った炎とは威力が段違いだ。
「すごいな。ジョルジュ、どうしたらそんな炎が出せる?」
目を爛々とさせて、俺はジョルジュを食い入るように見た。あまりに喰い気味な態度に、少し引かれたけどな。
ジョルジュは何とも言えない表情を浮かべ苦笑した。
「ちょっと魔術を見せただけで、そんなに感激されるとは思わなかったぜ」
「何を言う。素晴らしい魔術を見れば俺だって素直に感激ぐらいはする」
ジョルジュは俺と二人きりの時には、完全にタメ口をきいている。彼はハッキリ言って王族のことなど屁とも思っていない。
ジョルジュはその気になれば、いつでも城を出るだろうし、余所の国へ行くことも出来る。彼ほどの実力がある魔術師だったら、他国の王族にも重宝されるだろうし、宮廷に仕えることが出来なくても、冒険者として食べていけるだろう。
ジョルジュ自身は元々平民だし、身寄りもないらしいので、この国には何のしがらみもないのだ。しかも名誉欲もないのだから、もはや最強だ。
でもまぁ、公の場では王族として敬意を払った態度をとっているので問題ない。むしろ、二人きりの時はフランクに接してくれた方がこっちも気が楽だ。
「殿下のような反応してくれるような奴とは出会ったことなかったけどな。大抵、平民に相応しくない力を持って……とか、平民には過ぎた力だとか」
「……」
宮廷魔術師や宮廷薬師は、実力が認められれば平民でもなることができる。けれども、大半はやはり貴族たちが幅を利かせていて、平民の実力者は嫉妬の的となる。
「そいつらはジョルジュを平民と罵ることで、才能が乏しい自分を慰めているんだな」
「……」
ジョルジュは意外そうな顔で俺のことを見ていた。貴族階級の上位である王子様が言う台詞じゃなかったかもしれないな。
日本人だった頃の前世の記憶が、俺にそう言わせているのだけど、俺は今の自分の身分をひけらかしたり、身分が低い人間を見下すような真似はしたくない。
前世の記憶が蘇る前の自分はそういう意味では、かなり恥ずかしい人間だった。
身分を傘に着て横暴な態度を取っていたし、身分が低い人間は同じ人間だと思っていなかったのだから。ジョルジュを師として仰ごうだなんて、思いつきもしなかっただろうな。
うーむ、今までの俺を完全リセットしたい。コレがゲームだったら簡単にリセットできるのにな。
過ぎたことを嘆いても仕方がない。
これからは万が一王子という身分を失っても、一人で快適に生きていけるように魔術や剣術を始め、あらゆるスキルを極めていかないとな。
実技の授業が終わったら、次は上級魔術の術式や歴史を学ぶ授業だ。
学びの場は第一王子専用の執務室。
王族として少しずつ公務を任されるようになるので、こういった部屋も与えられるのだけど、ハーディン学園入学を控えた学生である今は主に勉強部屋として使っている。
一時間半ほど授業をしてから、十五分ほど休憩時間を取る。
俺はデスクの席に座ったまま紅茶を飲み、ジョルジュは窓辺に腰を掛けて、クッキーを食べていた。
「ハーディン学園に行くんだったら、魔道新聞は読んでおけよ。魔術史(魔術の歴史)を教えるジジイは必ず、魔道新聞のネタから問題を出してきやがるからな」
「魔道新聞?」
「主に魔術師が好んで読む新聞だ。だけど魔術を学ぶ以上、目を通しておいた方がいい。魔術の最新情報や、アイテム情報も豊富だからな」
ハーディン学園の魔術史を教えるトールマン先生は、魔術師専門学校の講師もしているらしく、ジョルジュは昔、その教師と質疑応答のラリーをしていたのだとか。
ジョルジュは俺に魔道新聞と書かれた新聞を渡してくれた。そういや、前世の魔法使いの映画では、新聞の写真が動いていたりしていたけど……うん、こっちの世界の魔術師の新聞は普通の新聞だ。まだ写真もないので、可愛らしいイラストが描かれている。
確かに新聞の内容は地の魔術に関する新説についてや、捕縛魔術で上手く魔物を捕らえるコツとか、アイテムの効果的な使い方とか興味深いことが沢山書かれている。
魔術師だけじゃなくて、一般の人も読めばいいのに。この新聞はどうもマニア受けしかしないらしい。
その新聞の片隅に上級魔術師受験者募集の項目に目が止まる。
「ふーむ、上級魔術師の資格を取るべきか否か」
「風の魔術と氷の魔術を仕上げれば受かると思うぞ。あと魔術史と術式のペーパーテストがあるから、そこも完璧に覚えておくようにすればいいだろう。余裕を見て次の来年に行われる試験を目指すのも手だ」
「まだジョルジュに習い始めたばっかりだから、その方が無難かな」
俺はそう呟きながら紅茶を一口飲んだ。
最近、メイドが紅茶を入れてくれないので、俺は厨房からポットと茶葉、ティーカップを持って自分で紅茶を入れている。
しかも部屋の掃除もしないし、食事も持って来ない。
じゃあ何をしているかというと、廊下でくっちゃべったり、庭掃除をすると言いつつ木陰で昼寝をしていたり、とにかく何もしやしない。
テレスが母上に紹介したメイドたちは、ふてぶてしいことこの上ない。
仕事をしないメイドたちを咎めてみると、彼女たちは馬鹿にしたように笑い。
「殿下の自立を促す為に、私たちは最低限の仕事をしているのです」
「アーノルド殿下を見習って早く自立してくださいませ」
とぬかしている。
あのな、百歩譲って俺の自立を促すとしても、仕事もせずに井戸端会議に興じたり、木陰で昼寝をしていて良い理由にはならねぇよ。
俺が馬鹿だと思ってなめた口を聞いているな。
「そうか。それなら俺は君たちから完全自立するから。明日からここに来なくていいよ?」
「え――――」
「短い間、ごくろうさま」
そうして新しい専属メイドは、配属されて二日で解雇通知を突きつけることになった。
メイドたちは呆気に取られていたけど、翌日からは来なくなった。
代わりに新しく配属されたばかりのメイドが気に入らず、問答無用で叩き出したという悪評が広まったけどな。
俺は手元にあるピンク色の紙を見て溜息をつく。
あともう一人、解雇通知を送らないといけない奴がいるんだけどな。
しばらくの間は、気に入らない人間をやたらにクビにする我が侭な奴という噂が横行しそうだ。
ジョルジュは外の景色を眺めながら、クスクスと笑い混じりに言った。
「天才児である第二王子の影に隠れた第一王子が、宮廷魔術師長顔負けの魔術の才能があるって言ったら、皆ビビるだろうなぁ」
「あんまり吹聴するなよ? 下手に俺に才能があるってバレたら、怒り狂うおばさんがいるからさ」
「怒り狂うおばさんって、第二側妃のことか?」
「そ。あの人、俺の才能潰そうとやっきになっているからな」
「成る程、表では王妃の親友面をしている傍ら、自分の子供が天才であることを城内に知らしめ、王太子の最有力候補に仕立てようと必死なわけか」
「俺に魔術の才能があるって知られたら、俺のこと殺すかもね」
「うわ……怖っ……」
物騒な話を世間話でもするようなノリでジョルジュと話していた所、ばたばたと足音を立てて修練所に入って来た人物がいた。
宮廷魔術師のベリオースだ。
やや痩せぎすの男で、ぎょろっとした大きな目は上目遣いでこっちを見ている。
「ジョルジュ=レーミオ、誰の許可を得てエディアルド殿下に魔術を指導しているんだっっ!?」
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