第9話 悪役王子は悪役令嬢と出会う~sideエディアルド~
「王室は身分、血筋、また大公家や諸貴族の強い推挙もあるなど、さまざまな理由を考慮してクラリスを選んでいる。王室の判断を蔑ろにし、自分たちで勝手に判断するとは。随分と王室のことを軽んじているようで?」
「い……いえ……あの」
「シャーレット家は王室を見くびっていることを父上には報告させてもらう」
「お、お待ちください!! 断じてそのようなことは」
「だったら今すぐ、クラリス=シャーレットを此処につれて来るんだな」
「――っっ!!」
語気を強めた俺に、ナタリーとベルミーラは顔を真っ青にして、口をあわあわとさせる。
貴族達はそんな俺たちのやりとりに、ヒソヒソと何か囁きあっていた。
俺が言っていることは至極真っ当なこと。中にはベルミーラに冷ややかな視線を送る貴族たちもいた。
ベルミーラはその視線に耐えられなかったのか、ナタリーを連れてそそくさとその場から離れた。
母上がおろおろとした口調で俺に問いかける。
「え、エディー。あなたいつからそんな怖い子になったの? ベルミーラは私のお友達なのよ?後妻としてシャーレット家に入ったものの、先妻の娘であるクラリスの我が侭に振り回され苦労をしていると嘆いていたのに」
「は……? たかだか十七歳の女の子の我が侭に振り回され、嘆くようならば、侯爵夫人には相応しくないかと思われますけどね」
「な、何を言っているの!? そんなことを言ったら可哀想じゃない」
「事実を申し上げたまでですよ。母上こそ友達だからと言って、ベルミーラ侯爵夫人に甘過ぎです」
俺は戸惑う母上に対して、きっぱりと言っておいた。
王妃メリア=ハーディンは語学も堪能でとても社交家だが、いかんせん天然で騙されやすい所があった。
王妃であるメリアと、側妃テレスは世間では親友同士と言われている。しかし、その裏でテレスは自分の味方になる貴族達を確実に増やしていた。
まぁあくまで小説の中の話だが、恐らく現実でもテレスは裏で母を裏切っているのではないかと思う。
多くの貴族が第一王子である俺を差し置いて、アーノルドを支持しているこの現状は、はっきりいって異常だ。母上が暢気にかまえている間に、テレス、もしくはテレス側の貴族が金や利権をちらつかせ、他の貴族達を取り込んだからだろう。
小説の展開だと、最終的にメリア=ハーディンは、魔物の軍勢を先導し、異母弟を殺そうとした愚かな息子、エディアルドの行動に悲観し自殺をしてしまう。
母親の死を回避するためにも、俺は愚か者として生きていくわけにはいかない。
それにしてもさっきからカーティスの視線が痛い。
何だか異様なものを見る目で俺のことを見ているな……まぁ、今までの俺だったら親ぐらいの年代の侯爵夫人に対して叱責するなど有り得ないよな。
俺だって普通の十七歳らしく振る舞いたいよ。極力目立つ行動はしたくないが、ベルミーラやナタリーの言動や態度があまりにも目に余るものだったから、黙って見ているわけにはいかなかった。
とりあえず母上の向かいの席に座り、お茶を飲むことにした。本物のクラリスが来るまで俺は待つつもりだ。
彼女が本当に悪女なのかこの目で見極めておきたい。
彼女は黒炎の魔女と呼ばれる恐ろしい魔女になるわけだが、元々優れた魔術師だった。
それにアーノルドに対しては一途だったようだし、将来王妃になるべく王妃教育も熱心に励んでいたという。
小説を読む限り、俺だったら絶対にミミリアを王妃にしようとは思わない。いつ発動するか分からない聖女の力よりも確実に相手を攻撃できる魔女を味方にした方がいいに決まっている。
シャーレット侯爵が慌てた様子で俺の元に駆けつけたのは、小一時間ほど経ってからだ。
彼はへこへこと頭をさげながら、つらつらと言い訳をしはじめた。
「この度は我が妻の勝手な判断で殿下に不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。しかし、妻はこの王室の為良かれと思い、我が家にとって最上の娘を代役として連れて来たのでございます」
アレが最上の娘ね……笑わせてくれるな。
親馬鹿にしても程がある。あんな礼儀知らずが最上の娘ならば、シャーレット侯爵家も先は長くないな。
俺は射るような視線をシャーレット侯爵に向け、厳しい声で問いかける。
「言い訳は聞きたくない。クラリスは連れてきたのだろうな?」
「つ、連れて参りました。し、しかし、殿下に相応しい娘とは……おい、クラリス、こっちへ来るんだ」
クラリスに対してはやたらに横柄な口調で呼び寄せた。
色褪せた地味なドレスをまとい、紅の髪はポニーテール、子供だから化粧は必要ないものの肌の手入れをした様子はない。
着の身着のままここに来たという印象だ。
「ご覧の通り地味な娘で……しかも先ほども妹に暴言を吐くような手に負えぬ娘なのです。王室が我が娘を指名していただけるのは有り難いことなのですが、王太子妃に相応しい娘ではございませぬ故、私、ビルゲス=シャーレットは次女のナタリー=シャーレットを王子の婚約者候補に推挙したいと思っております」
妹に暴言を吐いたことが仮に事実だったとしても、自分の子を貶めるようなことを公然と言い放つとは、どうやらこの男はクラリスを家族として認識していないようだな。
俺は冷ややかな声で侯爵に尋ねた。
「ところで侯爵家は財政に逼迫している状況なのか?」
「は?」
「娘に社交界に相応しいドレスを用意することも出来ないとはね……しかもアクセサリーや髪飾りもないとは」
「え……あ……いや……その衣装のことはメイドに任せておりまして」
「ほう? メイドが選んだ服を着ているのか?」
「ええ……まぁ……」
「シャーレット夫人は、上の娘の我が侭に振り回されて苦労している筈なのに。よくそんな地味で薄汚れたドレスを着せることができたな。手に負えぬ我が侭な娘であれば、もっと華美な衣装を要求するのでは?」
「あ……いや……メイドはこの場に相応しいドレスが良いとクラリスに勧めていたのですが、この娘はこのドレスがいいと言って聞かないので」
「たった今、この質素なドレスはメイドが選んだものと言ったではないか。話にならないな。自分が言ったことをすぐに忘れているような人間の言葉は信用に値しない」
「――」
俺は侯爵をばっさりと斬り捨ててやった。ビルゲス=シャーレットという人物は認知能力というものに欠けているようだな。
さっきのナタリーのドレスはいかにもお金がかかっていそうな、派手なドレスだったのに対して、クラリスの格好は平民のお出掛け着のようだ。
もうこの時点でクラリスは家族から冷遇されていることは分かった……彼女が悪役になったのも、それなりの事情があったのではないだろうか。
俺は席から立ち上がると、クラリスの元に歩み寄った。
彼女は不思議そうにこちらを見上げている。
ふむ、長めの前髪から見え隠れしている、ピンクゴールドのつり目は猫っぽくて、勝ち気そうだな。
色白の肌、紅の髪の毛はポニーテールをはずせば、背中までの長さはあるのではないだろうか。
キュン、と胸が締め付けられる感覚がした。
格好こそは地味かもしれないが、近くで見たら綺麗な娘じゃないか。目はややつり目だけど、人形のように可愛らしい。
前世の俺はいわゆるフツメン。どこにでもあるような顔だった。男子校だったから女の子にはあんまり縁がなく、大学生になっても存在感がなかったせいか、女子からは見向きもされなかった。
俺は三十代前半だった前世の記憶はあるけれど、やっぱり一七歳の少年の感情もある。初めて会った同世代の美少女には年齢相応にドキドキしてしまった。
しかし、顔だけで王室の一員を採用するわけにはいかないからな。
「お初にお目にかかります。シャーレット侯爵家長女、クラリス=シャーレットでございます」
彼女は淑女の礼を取り、こちらの顔を極力見ないよう俯いている。
……小説のクラリスとはイメージが違うな。
悪役令嬢であるクラリスはお馬鹿なエディアルド=ハーディンのことを内心見下していて、彼の嫉妬心や劣等感を利用するような人物だった。
しかし今、ここにいるクラリスは、俺に対して恭しく挨拶をしていて、馬鹿にしたような目で見ていない。まぁ、本心はどうなのか分からないけどね。初対面だから殊勝な演技ぐらいはするかもしれない。
「はじめまして。顔を上げてくれるかな?」
俺の言葉に彼女はゆっくりと顔を上げる。
うん、いい目をしているな。揺るぎのない目の輝きは意志の強さを感じる。決して野心溢れるギラギラした目つきとかじゃなくて、芯の強さを感じさせる目の輝きだ。
「俺はエディアルド=ハーディン。今日は気楽にお茶会を楽しんでくれたらいいから」
俺は一応そう言うが、それを鵜呑みにして気楽にお茶会を楽しむ貴族はいないんだけどね。クラリスはそれを心得ているのか、もう一度頭垂れ、意外なことを言ってきた。
「恐れながら申し上げます。先ほど殿下は私を指名したとうかがっております。本当に私のような者で良いのでしょうか? 私は父の言うとおり我が侭を言っては使用人を困らせていました。妹に暴言を吐いたことも事実です」
彼女が本当に傲慢で暴言を吐くようなどうしようもない人間だったら、この場で粛々と懺悔するような言葉を言ったりはしない。
小説のクラリスは王太子の婚約者になる為に、必死になって自分の長所をアピールしていたけれど、彼女は正反対の言葉を発している。
先ほどの言動からしても、彼女は積極的にアーノルドの婚約者になろうとは思っていないみたいだ。小説のクラリスとこの娘は別物と考えた方がよさそうだ。
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