第8話 悪役王子はお茶会に参加する~sideエディアルド~

 今回のお茶会は、俺の母上である王妃メリア=ハーディンが主催で、俺やアーノルドの婚約者候補になる令嬢たちをはじめ、その令嬢との出会いを求める貴族子弟たちも参加する。

 まぁ前世で言えば婚活パーティーのようなものか。


 クラリス=シャーレットは、王室が決めたアーノルドの婚約者候補の一人だ。身分、血筋から最有力候補と言われている。

 広大な領地を持つシャーレット侯爵家、その上クラリスの母親は大公家出身。

 王室は既にアーノルドを王太子に据えることを考えているようで、婚約者選びにも余念が無い。


 俺は今の時点では弟の影に隠れた可哀想な兄王子なので、婚約者選びにも気合いが入っていない。まぁ、王室がそのつもりなら、俺は俺で勝手に有力な人材を選ばせてもらいますけどね。

 王位には興味ないが、王族に生まれ変わってしまった以上、将来の伴侶はやっぱり優秀な人材の方がいい。

 しかし、せっかく王室がお膳立てしても肝心なアーノルドはここに来ていない。俺はそれとなくカーティスに尋ねる。


「アーノルドは参加していないのか」

「アーノルド殿下は腹痛で欠席だそうです」

「……ふうん、腹痛ね」


 原作通りアーノルドは、クラリスに会うのを避けるため、腹痛を理由にお茶会を欠席しているみたいだな。

 王城内の東側にある白薔薇園には既にお茶会の準備が完璧に整えられていて、招待客も集まってきている。


「あら、思ったよりも早くきたのね。エディー」


 ころころと鈴を転がすように笑うのは、俺の母上である王妃メリア=ハーディンだ。色鮮やかな金色の髪は盛り髪に結い上げ、菫色の目はくっきりとした二重だ。

 天真爛漫な性格でお人好し。今回のお茶会も、婚約者になる者同士、最初の出会いが堅苦しい謁見の間での顔合わせでは可哀想だから、まずはお茶会で顔合わせしましょうという、母上の案によるものだ。 


「すいません、寝過ごしてしまいました」

「うふふふ、間に合ったからいいわよ。それにしてもいつになくお洒落に仕上げてくれたのね。今日のあなたはいつも以上に素敵だわ」

「……」


 身支度はメイドに手伝って貰ったわけじゃないのだが、敢えて黙っておいた。どうせ自分で着替えた、と言ったところで信じて貰えないような気がしたので。

 白薔薇園には既に多くの招待客が来ている……異母弟の婚約者候補も来ているのかな? と思った時、一人の少女が歩み寄ってきた。


「初めまして、エディアルドさま。私、シャーレット侯爵家次女のナタリーと申します」

「次女? 長女のクラリスはどうした」


 俺の問いかけにびくんっと肩を奮わせ、少女は涙ぐむ。

 彼女は零れそうになる涙をハンカチで押さえながら、震えた声で訴えてきた。


「私……お姉様にこのお茶会に来るなって罵られたのです……ぐすっ……でも私は、どうしても憧れていたあなたにお会いしたくて……ぐすんっ……だからお父様に頼んで、私もこのお茶会に参加させていただくことになったのです」

「――で、クラリスはどうした?」

「お姉様はお父様から叱責され、今は自分の部屋で謹慎しております。今日はお姉様の代わりに私が出席することになりましたの」


 涙を拭いていたハンカチを口元に当てて俯きがちに喋るナタリーに、俺は苦笑いを浮かべる。

 単純な男だったら、無垢そうな可愛い顔に騙されてナタリーの話を鵜呑みにしそうだ。

 しかしまだまだ詰めが甘いな。最初は苛められたと半泣きして、健気に訴えていたが、姉が謹慎していることを俺に知らせる時の嬉しそうな口調は、ハンカチを口元に覆っただけでは隠しきれていない。

 ナタリーは姉が謹慎処分を受けたことがよっぽど嬉しいのだろう。



 小説によるとこのお茶会についてはさほど詳しくは描かれていない。

 ここで重要なのはアーノルドがこのお茶会に参加しなかったことだからだ。彼がいかに親が決めた婚約者を嫌がっていたか、それを強調する為にこのお茶会の描写がさらっと描かれたのだ。

 

 しかし実際にお茶会に来たのはクラリスじゃなくて、ナタリー。

 何故か小説とは異なる展開になっている。

 

「エディアルドさまぁ、私、あなたにずっと、ずっと憧れていたんですぅ」

「……」


 甘ったるい声、そして恥ずかしそうにもじもじさせている姿は一見可愛らしく見える。しかし、礼儀がまるでなっていない。

 王族を下の名前で呼ぶ時は、敬称は必ず“殿下”でなければならない。親しい間柄でも無い限り敬称が“様”は有り得ない。


 もしアーノルドが出席していたら、ナタリーは多分俺に声を掛けてこなかっただろう。俺は第一王子で王妃の子。本来ならば正当な王太子に指名されても可笑しくないが、アーノルドの方が優秀らしいので、臣下の間では、彼を王太子にしろという声も多い。

 そして王室も父上である国王陛下以外はアーノルドを推している。

 とはいえ、俺も王子は王子。立派な王太子の候補者なので、ナタリーは一応俺にも媚びを売っている。

 

 小説によると クラリスとナタリー、二人の内どちらかが王族に嫁ぐことになっていたが、王室は男爵家の娘を母に持つナタリーよりも、王家の親戚筋にあたる大公家出身の女性が産んだクラリスを婚約者として指名した。

 クラリスが王太子の婚約者になってからは、ナタリーは小説に登場していないので、具体的にどんな人物だったのか良く分からない。今の時点で分かっていることは、とにかく無礼な奴であることは確かだ。


 そこに一人の女性が歩み寄り淑女の礼をとった。

 顔が似ているところからして、ナタリーの母親だろう。クラリスにとっては継母になる女性だな。


「恐れながら申し上げます。私はシャーレット侯爵の妻、ベルミーラと申します。既に噂でお聞きかと存じますが、上の娘は礼儀をわきまえない態度が目立つので、今回のお茶会には相応しくないと判断しました。代理として次女であるナタリーをここに連れてくることにしたのです」

「まぁ、そうだったの」


 ベルミーラの言葉を真に受けて、同情めいた相槌を打つ母上に俺は思わず舌打ちをしたくなった。

 この人は、人を疑うということを知らない。よく王妃が務まるな……というくらいに。

 礼儀をわきまえないのはナタリーも同じだ。しかも、 本来ならば家の恥ともいえる娘の所業を社交界で堂々と言うことすら有り得ないのに、王室の了承も得ずに勝手に代理を立てるとはね。

 こんなことがまかり通っていたら母上が……というよりも王室が軽んじられてしまう。というか、もう既に軽んじられているよな。

 俺はひそかに溜息をついてから、冷ややかな声でベルミーラに問う。


「つまり王室からの要請には従えない、ということだな?」

「え……」


 ベルミーラの表情は驚愕に引きつる。

 まじまじとこっちの顔を見てから、何とか落ち着きを払った声で否定する。


「いえ、そういうわけでは」

「正式に招待したのはクラリス=シャーレットだ。普通のお茶会の代理ならともかく、今回は王族の婚約者候補として招待しているのに……王室からの要請もずいぶんと軽んじられたものだ」

「あ、あなたはまだ若すぎるから分からないのです! クラリスは王族の婚約者に相応しくないとこちらが判断し――」

「王室は身分、血筋、また大公家や諸貴族の強い推挙もあるなど、さまざまな理由を考慮してクラリスを選んでいる。王室の判断を蔑ろにし、自分たちで勝手に判断するとは。随分と王室のことを軽んじているようで?」

「い……いえ……あの」

「シャーレット家は王室を見くびっていることを父上には報告させてもらう」

「お、お待ちください!! 断じてそのようなことは」

「だったら今すぐ、クラリス=シャーレットを此処につれて来るんだな」

「――っっ!!」


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