第10話 悪役王子は侯爵を問い詰める~sideエディアルド~

 俺の言葉にその場に居たシャーレット侯爵はすっかり縮こまっていた。

 その場にいる貴族たちもざわざわとしているな。

クラリスは目を真ん丸くしてこちらの顔を見詰めている。そんなにじっと見られると照れるじゃないか。

 彼女もハッと我に返り、慌てたように話題を変えた。


「と、ところでアーノルド殿下は?」

「腹痛で欠席だそうだ。大事をとって今日のお茶会は欠席している」

「(やはり)そうなのですね。時節柄体調を崩しやすい時季ですから、お大事にしてくださいませ」


 アーノルドが不参加であることに対して、あまりがっかりしている様子はないな。

 むしろホッとした顔をしている。アーノルドの婚約者の最有力候補と言われている彼女だが、それが重荷に感じていたのかもしれないな。

 クラリスは母上の方へ歩み寄り、一礼をする。


「ハーディン王国栄華の象徴であらせられるメリア妃殿下にご挨拶申し上げます」


 国王、王妃や側妃に対しては、この手のご挨拶がお約束となっている。

 強制ではないが、礼儀を重んじる貴族であれば最初にこの挨拶を告げる。

 気難しい妃だと、この挨拶がなかったら、相手の貴族に一言も話さないこともある。

 母上は、まぁ、そこまで気難しいことはないが。


 

「王妃様、本日は、素敵なお茶会にお招きいただき、本当にありがとうございます」

「うふふふ、あまり我が侭を言ってベルミーラを困らせないでね。彼女は私のお友達なの」

「肝に銘じておきます」


 俺はベルミーラの言葉を鵜呑みにしている母上に少し苛っときたが、クラリスは深々と頭をさげる。

 反論をせずに畏まる彼女の方が母上より大人に見える。 

 クラリスに席を勧め、その隣に腰を掛けた俺は、クラリスの後ろに控えるようにして立っているシャーレット侯爵の方を見た。


「クラリスは具体的にはどのような我が侭を?」


 俺の問いかけに、びくんっと肩を上下させるシャーレット侯爵。

 実際のクラリスは大した我が侭など言っていないのだろう。むしろ真っ当な抗議をしたら、それを我が侭と捉えていた可能性もある。

 シャーレット侯爵は今、社交界でも同情を買うようなクラリスの我が侭振りを、頭の中で懸命に考えているんじゃないだろうか。

 しばらく経ってからシャーレット侯爵は額に流れる汗をハンカチで拭きながら、ペラペラとしゃべり出した。


「た、例えば……料理長が用意したお菓子を食べられないと騒いだり、妻がせっかく用意した服を着られないとか喚いたり、部屋が汚い、気に入らないと怒鳴るわ、料理人が心を込めて用意した料理を食べられないと皿を割るわで」

「ほう、そうなのか」


 同情するかのように俺が相づちを打ってやると、気を良くしたシャーレット侯爵は、憎々しげにクラリスの背中を睨みながら話をしはじめた。


「そうなのです。この娘はあげくのはてに、サラダに付いていた虫を、妹のナタリーに押しつけたのでございます。サラダにもケチを付けるような野菜嫌いで」

「ふうん?サラダに虫がついていたんだ。ずいぶんと優秀な料理人なんだね」


 調子に乗ってしゃべっていたシャーレット侯爵は、俺の嫌味を交えた言葉を聞いて、凍り付いたように動作が止まった。


「サラダに虫がついていたら、俺だって文句いうけど? それって我が侭なの?」

「あ、あの料理人は故意で虫をつけたわけでは……」 

「当たり前だ。故意だったらそれこそ不敬だよ。母上はサラダに虫がついていたら大人しく召し上がるのですか?」


俺は母上の方を見て問いかける。彼女は虫付きのサラダを想像したのか、顔を真っ青にして首を横に振る。

 

「そ、そんなわけがないわ……それこそびっくりして、騒いでしまうかもしれないわ」

「で、でもその虫を妹に押しつけたのですよ!! そうだろ!? クラリス!!」


 母上の言葉にシャーレット侯爵は慌てて訴える。そして脅すような口調でクラリスに肯定するように促す。


「……お父様の言う通りです」


 クラリスは無表情で一つ頷いて肯定するが、その光景を見た貴族たちの視線は冷ややかになる。

 さすがの母上も不快そうに眉をひそめている。

 あれじゃ親が強制的に子供にやってもいない悪事を認めさせているようにしか見えないもんな。

 

「その虫をついたサラダに文句を言ったクラリスに、あんたは我が侭だって激怒したんだろ? クラリスは自分がどんな状況であるか訴える為に、あえて隣席の妹に虫をつけたんじゃないのかな?」

「いえ、違います! クラリスは妹を苛めるために虫をつけたのです! それを私が叱責しただけで」

「ふーん、でもクラリスを怒る前に料理人怒った方がいいんじゃないの?」

「それはクラリスが……」

「まさか今度はクラリスがわざと虫を持ってきたとか言わないよね?」


 俺の言葉にシャーレット侯爵の顔が引きつる。何で自分が言おうとしていたことが分かったんだ? と言わんばかりの顔。

 そりゃクラリスを悪者に仕立てるつもりなのであれば、今度はそういう言い訳をすることぐらい予想できるからな。

 俺は紅茶を一口飲んでから、シャーレット侯爵に言った。


「ああ、それと、まっとうな貴族の娘だったら、そんな色褪せた地味なドレスを用意されたら文句の一つも言いたくなるよね」

「――――」


 シャーレット侯爵は何も言い返せず、顔を青くして俯くことしかできなかった。

 一連のやり取りを聞いて「確かにそうね……」と納得したように呟いてから、母上は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、シャーレット侯爵の方を見た。

 

「シャーレット侯爵、あなたクラリスに厳しすぎるのではなくて?」

「いや……しかし」

 

 母上に対し、何とか言い訳しようとするが、良い言い訳が思いつかず、しどろもどろになる侯爵に、俺は追い討ちをかけるようさらなる苦言を呈した。


「それよりもナタリーには、もう少し社交のルールをちゃんと教えるように。初対面で、王族の人間に対して、気安く下の名前で呼ぶのは無礼極まりない振る舞いだ。下の名前で呼ぶときは殿下という敬称を忘れずに」

「まぁ!! ナタリーは、あなたのことそんな風に呼んでいたの!?」


 流石の母上もここで初めて、ナタリーは常識が無い人間であること知り、愕然としていた。そしてクラリスが我が侭で、手が付けられない娘と訴えるシャーレット侯爵の言葉にも疑問が生まれたのか、複雑な表情を浮かべる。

 他の貴族も同様だ。


『……状況からしても、苛められているのはクラリスの方では?』

『地味なドレスといい、髪もまともにセットされていませんものね』

『まともな親だったら気合いを入れて娘を着飾る筈なのに』

『でもナタリー嬢はこれでもかというくらいに気合いを入れて着飾っていたわよね。いくらなんでも差がありすぎですわ』

『うーん、継母とその娘が前妻の娘を虐げる構図の方がしっくりとくるな』

『まぁ、ベルミーラは昔から人を丸め込むのが得意でしたから。あの女の口車にのって、義娘を悪人に仕立てることなんて造作でもないこと』


 シャーレット侯爵やベルミーラのことを快く思っていない貴族たちが、ここぞとばかりに陰口をたたき合う。さっきまで持ち上げていた連中がいたかと思えば、状況が変わるとこういった連中も出てくるんだよな。

 シャーレット侯爵は顔を真っ赤にして俯いている。

 そんな今の状況をクラリスは戸惑っている様子だった。

 無理もない、親にも、社交界にも我が侭というレッテルを貼られてきて、そんな自分の状況が逆転してしまっているのだがら。


「クラリス、焼き菓子をどうぞ」


 俺はそんな彼女にお茶菓子を勧める。

 彼女は俺の顔をまじまじと見てから、思わず我に返ったように俯いて、おずおずとクッキーを一枚手に取った。

 そしてそれを一口食べた瞬間、彼女は頬を薔薇色に染めて目を潤ませた。

 クッキーの食感や味を噛みしめるように味わっている。そこまで嬉しそうに食べてくれたら、職人も本望だろうな。それくらいに嬉しそうな顔をしているのだ。

 クラリスは、俺と目があった瞬間、かぁぁぁっと顔を真っ赤にして頭を下げた。


「あ……っっ、く、クッキーがとっても美味しくて感激しました。お菓子元はどちらですか?」

「よっぽどクッキーが気に入ったんだね」

「は、はい……こんな美味しいクッキー食べるの初めてで」

「……」



 このクッキーは数年前に王室専属だったパティシエが洋菓子屋を開き、販売するようになった代表的な商品で、貴族の間ではスタンダードになっている茶菓子だ。

 そんなに珍しいものではない。

 それを生まれて初めて食べた? 今まで何を食べさせられていたんだ?

 メイドが出すお菓子にケチをつけていた、と言っていたけれど、今までの流れから見て、メイドが出すお菓子に問題があったんじゃないのか? 

 さっきの虫が付いたサラダのことといい、その可能性が高い。

 小説には書かれていなかったが、クラリス=シャーレットは実家に住んでいた頃、かなり苦労をしていたのではないだろうか。

 貴族たちも囁いていたが、継母が我が侭な継子に振り回されているのではなく、継母が継子を虐げている可能性の方が高い。

 小説の中のクラリスがアーノルドの婚約者の座に固執したのも、実家を見返したい思いと、あんな生活には戻りたくないという思いもあったのかもしれない。


 恐らく不遇な環境の中で生活しているであろうクラリスだけど、逆境の中でも彼女は目の輝きを失っていない。

 生まれて初めての社交の場、少し緊張はしているものの、物怖じしている様子がない。冷静に周囲の状況を読んで決して前には出ず、行儀良く振る舞っている。さっきのナタリーと同じ姉妹とは思えない。

 母上も紅茶を飲む所作や、なにげない仕草に気品を感じているようで感心したようにクラリスを見ている。

 相手の問いかけにもそつなく答え、新参者という立場を弁え決して前に出ることはない。

 クラリスのことを礼儀をわきまえず、傲慢で我が侭……と言ったのは、どこの誰だったか?

 本当にとんでもない嘘つきだな。

 少なくとも今目の前にいるクラリスは、社交界に出ても恥ずかしくない、むしろ立派な淑女と言える。

 

 ……決めた。


 俺はクラリス=シャーレットを婚約者に指名する。

 彼女は王族の婚約者として申し分ない女性だ。

 どうせアーノルドは彼女のことを拒否しているのだから問題ないだろう。むしろ我が侭で傲慢な婚約者候補が兄のものになったことを大歓迎するに違いない。

 敢えて悪役令嬢を婚約者にしたことで、小説とは全く違う展開になることが期待出来るしな。


 ……まぁ、他にも理由は色々あるんだけど、彼女を婚約者にしたいという一番の理由は、一目惚れだ。

 クラリス=シャーレットは可愛すぎる。見ればみるほど俺の好みなのだ。


 悪役令嬢? 我が侭? 傲慢 ?

 上等だ。もし本性がそうなのであれば、俺が前世のスキルを総動員して、一から教育しなおすので全くといって問題ない。

 

 俺の婚約者はクラリス=シャーレットだ。


 

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