第4話 悪役令嬢の知られざる実情②~sideクラリス~

 夕食の時間。

 使用人は誰も呼びに来ないので、私は頃合いを見計らって食卓の間に入った。他の家族は既に席について食事を食べているところだった。


「遅かったな……」


 じろりと私を睨む父親。

 昔は美男子だったみたいだけど、今はその面影はない。大きく突き出たお腹、ブルドックのような頬、綺麗に整ったバーコードハゲ。


 シャーレット侯爵家当主、ビルゲス=シャーレット。


「遅れて申し訳ございません、侯爵様」

「……ちっ」


 私の挨拶に対し、舌打ちで返すお父様。以前はお父様とお呼びしていたけれど、「お父様ではなく侯爵様だ。貴族の娘として、これからは一当主として私に接するように」と命じられたので、それ以来侯爵様と呼ぶようにしている。同じ貴族の娘であるナタリーはパパ呼ばわりしているんだけどね。


 席に着くとさっそく前菜のサラダが運ばれてきた。

 クスクスと義母とナタリーが笑っている。

 見て見るとあら……芋虫と泥がついているわ。ふーん、グレードアップしたものね。

 私は指で芋虫をつまんでから、隣にいるナタリーの皿にそれをのせた。

 ナタリーはさぁぁぁっと顔を蒼くし悲鳴を上げる。


「きゃぁぁぁぁ!!お姉様、何をするのっっ」

「私、コレ嫌いだからナタリー食べて」

「何言っているの!? 虫を食べろって言うの!?」

「あら、料理長が心を込めて用意してくれたものよ? 私は我が侭だから食べないけど、素直で優しいナタリーなら食べられるわよね」

「ふ、ふざけないでっっ!! 虫を入れるなんて有り得ないわっっ!! 誰かこのサラダ下げてっっ!!」

 

 虫が入ったサラダにキャーキャー騒ぐナタリーに、執事が慌てて駆け寄って皿を片付ける。

 妹が騒いでいる横で、私は密かに清浄魔術の呪文を唱え、サラダを綺麗にする。うん、うまくできたわ。サラダはピカピカになったわ。

 お父様は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「自分の食べ物を妹にやるとは何事だ!? 行儀が悪い奴め」

「ごめんなさいませ。私は侯爵様から、きちんと教育を受けていないせいか、マナーがなっていないようです」


 まさか開き直られるとは思っていなかったようで、お父様やお義母さま、ナタリーは呆気にとられていた。

 今までのクラリスはお父様に怒鳴られたら、大人しくしていたものね。言っておくけれど、私は大人しくするつもりはございませんので。

 私がどう礼儀正しく振る舞おうとしたって、この人たちは私を悪者にするのだし、今更反抗したって同じでしょ? 

 社交界の間では既に、クラリス=シャーレットは、我が侭で手が付けられない娘として通っている。 

 だったらその通りにしてあげないとね。

 家族に虐げられ、少しでも家族のひんしゅくを買わないように大人しく生きているなんて、本当に馬鹿らしい。

 

「ぐぬ……っっ……の、残ったサラダはきちんと食べろっ!! 勝手に立ち上がって洗うことは許さんっっ!!」

 

 泥がついたサラダだと分かっていながら、洗うことも許さずに食べさせるって、完全に虐待じゃない? ま、綺麗にしたから問題ないけどね。

 その後、メインディッシュが来たけれど、私のは泥臭い淡水魚のムニエル、他の人たちは牛ヒレのステーキ、デザートは私はただの氷がお皿にのったもの。他の人たちはジェラートと、わざわざご丁寧に私用のメニューまで用意してくれたわ。

 泥臭い魚は念のため清浄魔術をかけてから食べることにした。食事の度に魔術をかけなきゃいけないなんて疲れるわね。無駄に魔術のスキルが上がりそうだわ。


 私はちらりと壁際に立つ料理長の方を見る。

 もの凄く異様な目で私のこと見ている。平然と料理食べているのがそんなに信じられない? 

 まぁ、明日もせいぜい頑張って私用の特別メニュー作って頂戴。



 三日後――

 私は妹に暴言を吐き、妹のお皿に虫を入れた罰として、自室に軟禁されていた。まぁ、普段から本ばかり読んでいて、あまり部屋から出ないので、いつもと変わらないんだけど。

 ドアの外では慌ただしい足音。

 多分、ナタリーがお茶会に着ていくドレスをアレでもないコレでもない言うたびに、メイドたちが新しいドレスを衣装部屋から取りに行っているのだろう。

 あの子、買っておいて着ていないドレスのストックが山ほどあるものね。

 確か昨日は金糸の刺繍が派手な赤いドレスを私に見せつけて、明日はこれを着て行くって、自慢していたのにね。気まぐれだから、赤いドレスな気分じゃなくなったのだろう。

 お茶会へ行くために、気合いを入れて着飾っているみたいだけど、残念ながらアーノルド王子は来ないわよ。


 やがて三時間ほどかけて身支度を済ませたナタリーは、ショッキングピンクのドレープドレスを身に纏い、お父様とベルミーラお義母さまと共に馬車に乗っていった。

 ふう、やっと静かになったわね。

 あーあ、だけど部屋の中にいるだけじゃ退屈だわ。魔術書ばっかり読んでいても目が疲れるし。

 何か、小腹もすいてきたわ。

 厨房に行ってあの料理長に「おやつ頂戴」って言っても、素直にくれるとは思えない。それどころか何を食べさせられるか分かったものじゃないもの。

 私はなにげなく窓を見る。

 広大な庭園の向こうには、白と蒼い屋根を基調とした街並みが見渡せる。

 

 ――そうだ、街に出掛けたらいいじゃない? 


 街の中だったら美味しい食べ物が売っているはず。それを買って食べたらいいじゃない? 

 実はお母様が残してくれたお金があるの。

 お母様は亡くなる前に自分の服や宝石を全てお金に換えて銀行に預けていた。大公家出身のお母様は、それはそれは大切に育てられてきたらしく、シャーレット家に嫁いだ後も、誕生日のたびに、実家のお祖父様やお祖母様から高額のアクセサリーや美術品が贈られていた。

 お祖父様とお祖母様が存命中だった時は、孫である私にも人形や縫いぐるみを贈ってくれた……ま、ぬいぐるみもおもちゃもナタリーに取られたけどね。


 お祖父様とお祖母様が亡くなってからは、叔父様が後を継いだらしい。それからはパッタリと大公家との交流がなくなってしまった。

 聞くところによるとお父様と叔父様の間で金銭トラブルがあったらしく、叔父が当主になった時点で、大公家とシャーレット家は絶縁状態になってしまったのだ。

 

 それでもお母様の宝石や美術品は、お金に換えたらかなりのものになったみたい。そのお金は銀行に預けられ、私以外使えないように手続きされていた。

 ベルミーラお義母様は、お母様の部屋をいくら探しても宝石や装飾品が見つからなかったから地団駄踏んでいたっけ。


 お父様は何度か銀行に行って、お母様が貯金していたお金を引き出そうとしたけれど、銀行側はそれを許可しなかった。国内の法律で定められているの。所有者以外のお金は例え身内でも勝手に引き出すことは許されない。

 銀行からお母様のお金をおろすことができるのは私だけなのよ。

 お父様は私にお金を出金させて、自分のものにしようと考えたけれど、未成年の内は大金を引き出すことができないので一旦は諦めた。私が成人してから、お母様のお金に手を自分のものにしてやろうと目論んでいるみたい。

 悪いけどお父様の思い通りにはさせないわよ。


 幸い私の衣装ダンスには平民が着るような服がいっぱい。ベルミーラお義母様が私の嫌がらせのために用意してくれた服。

 一応社交界の服もあるけれど、古びた地味なドレスなのよね。

 記憶を思い出す前は、こんなボロ服着られないって思っていたけれど、今は全然そんなこと思わないわ。

 平民に化けて、街中を散策するのよ!!

 そうとなればさっそく実行、実行。

 普段着用のドレスを脱いで、簡素なワンピースに着替える。

 髪の毛も簡単なポニーテールにしたらいいわよね。

 一番幸いなのは私の部屋が一階にあること。抜け出そうと思えば、すぐに抜け出せたのに、何で今までしてこなかったんだろ?


 ……まぁ、前世の記憶がなかったら無理かもね。


 街中は怖いところだって思っていたし。実際私のようなお嬢様が一人街中をふらついていたら間違いなく誘拐の対象になるわ。

 だけどこの古びたワンピース着ていたら、少なくともお金目当てで誘拐されることはないわね。もし人身売買目的で私を誘拐するよう人間がいても、炎の攻撃魔術で追い払ってやるわ。


 使用人が簡単に部屋に入ることができないように鍵を閉めてっと。

 カーテンもしっかり閉めてから窓を開けて外に出る。

 最初は小一時間ぐらいの散策がいいよね。

 必要なものを買ったら、すぐに帰って来ることにしましょ。

 誰もいないのを見計らい、使用人が使う小さな出入り口から私は外へ出る。

 生まれ変わってから初めて、自分の足で屋敷の外へ出た瞬間だった。

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